第九話
「し、静かになったぞ……」
「まさか近衛軍が敗北したのではないか……?」
防護室まで聞こえてきていた砲声が止み、中に避難している王国の閣僚たちは近衛軍の敗北を考え不安の声を漏らす。
「ウォルターズ、外の状況は?」
「我が軍の救援が間に合ったようです。王都を襲撃した帝国軍は壊滅。現在は投降した帝国兵の武装解除を進めているとのことです」
「そうか。この目で活躍を見れなかったのは残念だな」
王国側の不安とは裏腹に、蔵人は無線で外の状況を確認していたウォルターズから報告を聞き満足気な表情を浮かべる。
そのとき、防護室に通じる階段からカモフラージュの書棚を動かす音が聞こえた。
「まさか……帝国兵!?」
「ここが見つかったというのか……」
「皆様、お静かに。我々の前には絶対に出ないでください」
誰かが階段を下りてくる足音にオーフェリアたちは顔を青くし、護衛の近衛兵たちは緊張で表情を強張らせ腰に差すサーベルを抜いた。
「私だ。全員、剣を下ろせ」
そう言って現れたアレクシアの姿に、近衛兵たちは安堵のため息を吐きサーベルを鞘に戻す。
「陛下、王都を奇襲した帝国軍は討滅いたしました。ご安心ください」
「そうですか。帝国軍を相手によくやってくれました。――ところで、後ろにいるのはどなたかしら?」
アレクシアに労いの言葉をかけたオーフェリアは、彼女の後ろに見慣れない軍服を着た兵士の姿を認め尋ねた。
「彼は、イーダフェルトから駆けつけた救援部隊の指揮官です」
「お初にお目にかかります。イーダフェルト海兵隊大尉、キーラ・マクアダムスと申します。総帥閣下の命により、貴国の救援に参りました」
「イーダフェルトの……シノミヤ閣下、この話は本当でしょうか」
「ええ。本当ですよ」
オーフェリアから尋ねられた蔵人は、そう言ってマクアダムスの前に進み出る。
「総帥閣下、ご無事でなによりです」
「ご苦労だった大尉。それで、私のこれからの動きはどうなる?」
「裏庭にオスプレイを呼びます。総帥閣下はそれで洋上にいる強襲揚陸艦へお向かいください」
「宮殿前広場に駐機させているヘリは使えないのか?」
蔵人の疑問に、横に控えていたウォルターズが答える。
「警備の話では機体に損傷は見られないようですが、念のため点検しなければ安全を確保することが出来ないとのことでした」
「わかった」
納得したように蔵人は頷くと、こちらの様子を伺っていたオーフェリアに向き直る。
「オーフェリア陛下、我々は今後の対応を協議するため本国へ戻ります。クレイヴやほかの国務省職員は相互の連絡のため引き続き駐在させても構いませんか?」
「構いません。その方が我々も助かります」
「それと来援した部隊についてですが、職員保護のため残留させたいのですが」
「いいでしょう。こういう事態ですから仕方ありません」
「ご厚意に感謝いたします。では、軍事同盟締結に向けた話は後日改めてということで」
「はい。色よい返事をお待ちしております」
挨拶を済ませマクアダムスや警護官を先頭に防護室から出た蔵人は、正面ホールの惨状を見て思わず足を止めた。
「包帯だ! 包帯をもっと持ってこい!」
「こっちには水だ! 水をくれ!」
「彼に布を噛ませろ。お前はここを押さえるんだ」
臨時野戦病院となった正面ホールには負傷者が所狭しと並べられ、血と薬品の混じった臭いが鼻を刺激する。
「これが本当の戦場か……」
戦場というものを本やテレビの映像でしか見たことのなかった蔵人にとって、目の前に広がる光景は衝撃を与えるのに十分だった
「閣下、オスプレイが間もなく着陸します」
「あ、ああ」
マクアダムスの声で我に返った蔵人は、寝かされている負傷兵や治療する軍医の邪魔にならぬよう壁沿いを歩き裏庭に出た。
「――大尉、後のことは任せた」
「はい。お任せください」
そう言って敬礼するマクアダムスに蔵人も答礼すると、シルヴィアと共に用意された要人輸送仕様のオスプレイに乗り込んだ。
「――主様、どうなさいました? どこかお加減でも……」
対面の座席に座ったシルヴィアは蔵人の顔色が優れないことに気づき、心配そうな表情を浮かべながら尋ねる。
「いや、俺の選択は本当に正しかったのかと思ってな……」
そう言って蔵人の脳裏に浮かんでいたのは、自分が殺した帝国兵や正面ホールに寝かされていた負傷者や戦死者の姿だった。
「この戦争に参加するとなると、我が軍からも少なからず死傷者が出るだろう。そうなったとき、本当に俺の選択が正しかったのか自信がないんだ……」
話を聞いたシルヴィアは座席から身を乗り出すと、苦悶の表情を浮かべる蔵人を包み込むように優しく抱きしめた。
「大丈夫です。心配には及びません」
「シルヴィ……?」
突然のことで呆気にとられる蔵人だったが、柔らかい感触と女性特有の甘い香りが鼻腔をくすぐり徐々に落ち着きを取り戻していく。
「主様には私たちがいます。主様がお命じになれば、我々は喜んで盾にも剣にもなりましょう。立ち塞がる全てを撃ち滅ぼして見せます」
「でも、その命令が間違ったものだったら……」
「ご安心ください。主様が間違った道を進もうとするならば、身命を賭して正しい道へ戻して差し上げます。ですから、主様はご自分の信じた道をお進みください」
シルヴィアの心地よい声音の効果なのか、蔵人の表情はまるで憑き物が落ちたように吹っ切れたものに変わっていた。
しばらくして蔵人から身体を離したシルヴィアは、恭しく頭を下げた。
「差し出がましい真似をいたしました。ご気分を害されてしまいましたら申し訳ございません」
「いや、シルヴィのおかげでだいぶ気が楽になった。ありがとう」
「お役に立てて、嬉しく思います。お悩みがありましたら、またいつでもお申し付けください」
そう言って微笑するシルヴィアの顔を蔵人は恥ずかしさから直視することが出来ず、思わず窓の外に視線を逸らす。
機体は王都を見下ろせるほどの高さを飛行しており、帝国軍の砲撃により黒煙を上げる市街地の光景が広がっていた。
「これから忙しくなるな……」
蔵人の独語に、シルヴィアも小さく頷く。
「ですが、今日のところはお休みください。強襲揚陸艦に受け入れの用意を整えさせていますので」
「そうだな。今日は少し疲れた……」
窓から視線を戻した蔵人は座席の背もたれに大きく背中を預け、仰け反るように天井を見ると瞼を閉じるのだった。
* *
『第十一海兵遠征部隊第一中隊より報告。王都を奇襲した帝国軍は壊滅。総帥閣下はオスプレイにて王都を離脱したとのことです』
「「「おおっ!」」」
現場からの報せを受けたオペレーターの報告に、統合参謀本部地下に設けられた国家軍事指揮センターに詰める要員たちは安堵の胸を撫でおろした。
「議長、総帥閣下は『ブーゲンビル』で一日お休みになられてからお戻りになるとのことです」
「そう」
アッシュフォードは参謀に短い言葉を返し事後処理について思考を巡らせていると、紙片を手にした士官が近づいた。
「失礼します。総帥閣下よりご指示です。第一海兵中隊は、引き続き王都に駐在する国務省職員警護のため残すようにと」
「そのことについて王国側の了承は?」
「総帥閣下自らオーフェリア陛下に了解を取り付けたそうです」
「なら問題はなさそうね」
士官を下がらせたアッシュフォードが自分から見て右側に座る男性将官――海兵隊総司令官のラヴィス・ロックウェル大将に視線を向けると、彼は意を汲んだように頷いて見せた。
「現地にいる第一中隊への弾薬補給ですな」
「ええ。それと、再び帝国軍の奇襲がないとは言い切れない。それを考慮すると、弾薬補給に加え可能な範囲で重火器を送りたいと思うが……」
「確かにそうですな。そうなると、スティンガーやジャベリン、カールグスタフ辺りがいいでしょう。あれならば、王国側に見られても用途を悟られることはないかと」
「そうね。では、そのように手配を」
アッシュフォードの言葉に頷いたロックウェルは後席に控える幕僚を呼ぶと、「ブーゲンビル」に今の指示を伝えるよう命じた。
海兵隊以外に派遣した部隊へ撤収命令を出したアッシュフォードは、一息ついてから次の問題に取りかかる。
「現地から報告されたとおり、王国から軍事同盟締結の提案がされている」
「軍事同盟ですか……とすれば、我が軍の大陸派兵も視野に入れなければならないということでしょうか」
陸軍参謀総長タロン・セムズワース大将の言葉に、アッシュフォードは同意するように頷く。
「今回の件を受けて同盟締結はほぼ確定だろう。詳しい話は改めて調整部会を設けるが、現時点での各軍の状況を確認しておきたい」
「陸軍は緊急展開部隊である第18空挺師団から一個旅団戦闘団の派遣が可能です。残る二個旅団戦闘団も二週間以内に派遣可能ですが、それ以上は侵攻する帝国軍の戦力を分析してからにしてからになります」
セムズワースが報告を終えると、アッシュフォードの後を引き継ぎ海軍作戦総長となった衛藤楓子が口を開いた。
「海軍は今回の件で出した第一空母打撃群を引き続き展開させることが可能です。さらなる戦力が必要となると、一個水上打撃群を派遣出来るかと」
「戦術打撃群は出せないか?」
アッシュフォードの言う「戦術打撃群」とは、戦艦を中核に編制された部隊でイーダフェルト海軍の海軍総隊では第一艦隊に属していた。
「どの部隊も燃料や弾薬の積み込みに時間が必要なため即応は困難です。本格的な戦力の投入は陸軍と同様に帝国軍の水上戦力を分析してからになるかと」
「そうか」
「空軍は現地に飛行場がないため即応は困難です。派遣するとなれば、戦闘航空団を基幹に各飛行隊を組み入れた戦術航空団を出すことになるでしょう」
「わかった。地上部隊の駐屯地や飛行場の設営に係る土地の租借については、国務省にも情報を共有しておこう」
各軍の状況を聞き終えたアッシュフォードは、両手の五指を合わせ思案する。
「やはり必要なのは時間か……」
「はい。加えて言うならば、帝国軍に対する情報が少ないのも問題です。王国へ侵攻した帝国軍の情報収集にも全力を向ける必要があります」
空軍参謀総長ミレーナ・ウィンスレット大将の提言に、列席する全員が同意する。
「各軍の状況については、今日の報告を参考に総帥閣下に申し上げておく。今後は帝国軍の戦力規模と進出範囲の分析に全力を挙げろ。空軍と国防情報局は無人機と衛星を使用し、二四時間体制で帝国軍を監視することとする」
「「「了解しました」」」
「――これからは時間との勝負になる。各軍はいかなる事態にも対処できるよう準備を整えておきなさい」
そう言ってアッシュフォードが場を締めると、各軍の長と参謀たちはそれぞれに与えられた役割を果たすべく動き始めるのだった。
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