第八話

 帝国軍の王都強襲から一時間。

 ローゼルディア王国の象徴、ウィスデニア宮殿が建つ丘一帯の風景は一変していた。

 辺りには硝煙が霧のように漂い、短く刈り込まれた芝生は帝国軍将兵の亡骸から流れ出た血潮によって赤黒く染められていく。


「撃てぇーッ!」


 アレクシアの号令一下、近衛兵たちの構える歩兵銃が一斉に火を吹く。

 帝国軍の襲撃直後、近衛軍主力は宮殿を取り囲む城壁に兵を展開させると、王都を制圧し勢いづく帝国軍部隊と激しい銃撃戦を繰り広げていた。


「グアッ!?」

「クソッ。一名負傷! 担架兵は早く負傷兵を救護所へ運べ!」

「弾薬が足りない! 弾薬の補給はまだか!?」


 城壁の歩廊では銃声や砲声、兵士たちの怒号が飛び、弾薬箱を抱えた補給兵や負傷兵を担ぐ担架兵が慌ただしく行き交っていた。


「さすがに厳しくなってきたか……」


 胸壁に身を隠したアレクシアは周囲を見回し、搬送が追い付かなくなり至る所に寝かされている負傷兵の姿に危機感を積もらせる。

 近衛軍は城壁という有利を活かし帝国軍の度重なる攻撃を退けていたが、次第に敵の圧倒的な火力を前に押され始めていた。


「伝令! 南西側城壁の被害甚大。第二大隊長から至急援軍を請うとのことです」

「援軍……?」


 伝令兵の報告を聞き、アレクシアの顔苦い絶望の影が差す。

 近衛軍は投入可能な兵力を全て城壁の守備に投じており、援軍として動かせる予備兵力はどこにも残っていなかった。

 アレクシアは考えた末、応急救護所となっている宮殿を指差す。


「――救護所から動ける人間を連れて行きなさい。ある程度は揃った数になるでしょう」

「ふ、負傷兵をですか……?」


 命令された伝令兵は、愕然とした表情でアレクシアを見返す。


「我が軍に余裕はもうない。戦える者なら負傷者であろうと使いなさい」

「り、了解しました」


 伝令兵は蒼白な顔で頷くと、重い足取りで宮殿に入る。

 数十分後、宮殿からは頭部や四肢に血が滲む包帯を巻いた兵士たちが伝令兵を先頭に南西側城壁に向かった。


「軍長、武器の性能が違いすぎます。 このままでは城壁を突破されるのも時間の問題ですよ」


 小隊の指揮を執る小隊長の言葉に、アレクシアは近衛兵の持つ歩兵銃を見遣る。

 一年前から配備の始まった新型歩兵銃は銃口内にライフリングと呼ばれる溝と一体型薬莢により命中率は格段に向上しているはずだったが、帝国兵が使用する歩兵銃は連射性能、命中率どれをとってもこちらを遥かに凌駕するものだった。


「帝国は一体どんな魔法を使っているんだか……」


間断なく撃ち込まれる銃弾を胸壁でやり過ごしながら、アレクシアは恨めしげに呟く。


「軍長、本当にこのままで――ハグッ!?」


 運悪く胸壁から身を出してしまった小隊長が撃たれ、アレクシアたちの守る城門に対して四度目となる帝国軍の攻勢が始まる。


「敵の攻勢だ! 城門に絶対近づけるな!」


 アレクシアの声に呼応し近衛兵たちが応戦しようとするも、帝国兵たちの銃撃が激しく胸壁で身を隠すのが精一杯だった。


「クソッ。このままでは城門が破られてしまう……」

「――遅くなってしまい申し訳ない。我々も防衛戦に加勢します」


 背後から聞こえた声にアレクシアが振り返ると、紫紺色の軍服を着た士官の姿があった。


「お前たち、敵を絶対に城門に近づけさせるな!」

「「「応ッ!」」」


 士官の言葉に呼応し、背後にいた斑緑や紫紺色の軍服を着た兵士たちは狭間から帝国兵たちに銃撃を加え次々と絶命させていく。

 帝国兵たちはこれまでとは違う攻撃に動揺し、攻勢を中断すると城門から距離を取り始めた。


「これでしばらく時間が稼げるでしょう」

「あ、あなた方は……」

「イーダフェルトの者です。私はこの臨時小隊を率いるエディ・スティラー大尉です。一個小隊強の人数しかいませんが、我々も戦列に加えていただきたい」

「それは願ってもない申し出ですが……」


 スティラーの申し出に、アレクシアは当惑した表情を浮かべる。

 確かに今は一人でも多くの戦力を必要としているが、国交を結んだばかりの国の兵士を戦闘に参加させてもいいものかという思いがあった。

 そんなアレクシアの懸念を見透かすしたように、スティラーは言葉を続ける。


「これは総帥閣下からの命令でもあります。この戦闘で万が一、我々が命を落としたとしても貴国を非難するつもりはありません」

「――わかりました。あなた方のお力をお借りします」

「了解しました。それと、我が国から救援が向かっています。二時間持ち堪えることができれば、我々の勝利です」

「救援……それは心強い報せです」


 そう言って微笑を浮かべるアレクシアだったが、内心ではそれほど期待していなかった。

 王国とイーダフェルトの位置関係から考えて二時間で到着するとは思えず、来たとしても少数で戦局に大きな影響を与えられないと思っていた。


「では、イーダフェルト軍の方はこの城門一帯と南西側城壁の救援に回ってもらえるでしょうか」

「了解しました。すぐに部隊を向かわせましょう」


 スティラーはそう言うと部隊の中から二個分隊を抽出し、苦戦する南西側城壁に向かわせた。


「帝国軍二個小隊相当が、再度接近!」

「各個で攻撃始め! 撃ち負けるな! ここを突破されれば総帥閣下のお命も危うくなるぞ!」


 イーダフェルト軍が防衛線に加わると、戦闘は小康状態となった。

 特にイーダフェルト兵たちの持つ歩兵銃のおかげで、近衛兵たちが弾込めする間の隙がなくなり帝国軍も今までのような遮二無二突撃を行えなくなっていた。


「――これなら帝国軍を撃退できるかもしれないわね」


 攻勢が止み妙な静けさが戦場を支配する中、暫しの休息を取るアレクシアは急ごしらえの陣地に籠る帝国軍を見て呟く。

 戦闘が長期化の様相を呈し始めたことで、ヴィレンツィアの早期占領を目指していた帝国軍にも焦りの色が見え始めていた。


「増援もこっちに向かっているはず。彼らと挟撃することができれば……」


 アレクシアの頭にあったのは、フェルジナに駐留している近衛騎兵連隊の存在。

 襲撃直後に救援要請の伝令文を持たせた軍鳩をフェルジナに放っており、近衛騎兵連隊は救援のためにこちらへ向かっているはずだった。


「あとはタイミングを合わせてこちらも攻勢に出ることができれば――ッ!?」


 僅かだが希望の光が見え始めた矢先、爆発音と共に城壁が大きく揺れた。


「な、何が……?」


 アレクシアは部下から受け取った単眼鏡で帝国軍陣地を見ると、数十門の大砲が城壁に向かい並べられていた。


「敵からの砲撃が来るぞ! こちらも撃ち返せ!」


 歩廊に設置された大砲群を砲兵たちが操作し、帝国軍陣地に向かって砲撃が始まる。


「駄目です! 砲弾が帝国軍陣地まで届きません!」


 着弾地点を確認した砲兵指揮官は、悲痛な声でアレクシアに報告する。

 王国軍の大砲から放たれた砲弾は帝国軍陣地の遥か手前に落下し、帝国軍砲兵に打撃を与えることはできなかった。

 それどころか却って、帝国軍の正確な砲撃により近衛軍が歩廊に配備していた砲の大半が破壊されてしまう。


「歩兵銃だけではなく、砲の性能まで帝国の方が上か……」


 ここまでの戦闘で両軍の使用する兵器に大きな差があることを痛感し、アレクシアは悔しさで強く唇を噛む。


「ぐ、軍長、あれを……!」


 部下から言われ空を見上げたアレクシアは、絶望の表情を浮かべる。

 彼女の視線の先には、二隻の空中艦の側面や艦底部に搭載されている砲が城壁に向けられていた。


「ここまでか……」


 全てを諦め静かに最後のときを待つアレクシアだったが、誰かに肩を叩かれる。

 振り返ると、アレクシアの心境とは逆に今の状況にはおよそ相応しくない満面の笑みを浮かべたスティラーが立っていた。


「――アレクシア軍長、どうやら間に合ったようです」

「は? それはどういう――」


 訝し気な視線をスティラーに向け聞き返そうとした瞬間、二人の上空を甲高い轟音を出す何かが凄まじい速さで通り過ぎた。


「あれは……」


 噴煙を伸ばす何かは空中艦に向かって飛び、そのまま艦体にぶつかり爆発を起こした。

 その直後、同じものが何本も上空を過ぎ去ると今までその威容をみせつけるかのように飛んでいた空中艦に衝突し爆発していく。


「い、一体何が……」

「救援ですよ。我が軍の救援部隊が到着しました」

「救援……本当に間に合ったのか」


 アレクシアたちは知る由もないが、空中艦を攻撃したのは洋上に展開する強襲揚陸艦「ブーゲンビル」を発艦した海兵隊所属のF-35BライトニングⅡ六機だった。

 F-35Bから発射された十二発のAIM-120Dの一部は薄い鉄板を張っただけの空中艦の艦体を突き破ると、砲列甲板や弾薬庫に集積されていた火薬の誘爆を引き起こし被害を拡大させていく。


「ほ、本当にあれは貴国の救援なのか……?」

「ええ。今戦闘を行っているのは、我が国の戦闘機と呼ばれる乗り物です」

「そうか。本当に救援が……」

「――アレクシア軍長、救援は彼らだけではありませんよ」


 遠くから聞こえてくる音に気付いたスティラーがそう言うと、左右に巨大な回転翼を一基ずつ備えた航空機――「ブーゲンビル」から一個中隊の人員を胴体に乗せて飛来したMV-22オスプレイの六機編隊が頭上を通過した。

 帝国軍陣地上空に侵入したMV-22は機体下部や後部ランプドアに架設されたM134ミニガンやM270D機関銃、M2重機関銃で動く目標を掃射していく。


『大尉、また空中艦が動き始めました』

「しぶとい奴だ。まだ動けるのか」


 報告のとおり、黒煙を上げながらも砲口を動かす空中艦の姿があった。

 運悪く駆けつけたF-35Bは兵装補給のため空域から離脱しており、余裕の表情を浮かべていたスティラーの顔にも焦りの色が浮かぶ。


「各分隊は城壁から退避。退避せよ。アレクシア軍長、空中艦からの砲撃がきます。直ちに部下の方々を――『大尉ッ!』――どうした!?」


 背後にいた部下の声に反応しスティラーが振り返ると、F/A-18EスーパーホーネットやFー15CXイーグルⅡの編隊が矢継ぎ早にAIM-120Dを放ちながら空中艦に殺到する。

 飛来したのは沖合に展開する航空母艦「ドリス・ミラー」や本土の航空基地から空中給油を経て到着した救援部隊だった。

 すでに手負いだった空中艦は数十本の空対空ミサイルの直撃を受け、艦体は炎と煙に包まれながら地上へと堕ちていった。


「――各連隊に伝令。これより我々は帝国軍に対し攻勢を仕掛ける」

「はっ!」


 壊乱状態となった帝国軍に勝機を見出したアレクシアは、伝令兵を呼び寄せ命じる。


「王国軍が攻勢に出るぞ。上空のオスプレイに誤射しないよう伝えろ」

「はっ」

「我々も王国軍に追随し、これを援護する。総員、着剣!」


 スティラーが号令をかけ、兵士たちは腰につけていた銃剣を装着し次の命令を待つ。

 その間にも用意を整えた近衛軍は歩廊に最低限の守備兵を残し、戦闘可能な全将兵が城門前に集結した。


 「目標、帝国軍陣地! 全部隊、前へッ!」


 そう言ってアレクシアがサーベルを振り下ろすと、開かれた城門から一斉に兵士たちが歩兵銃を構え帝国軍陣地に突撃する。


「我々も行くぞ! 戦闘では一人にならないよう注意しろ!」


 スティラーたちも近衛軍に続いて城門から出ると、分隊ごとに帝国軍陣地へ前進し反撃の素振りを見せた帝国兵を短連射で仕留めていく。

 地上の攻勢に合わせMV-22は掃射を中断すると、2機を残し来援した本土の航空隊と共に王都や城壁外に展開する帝国軍の攻撃へ向かった。


「空からの攻撃で帝国軍は怯んでいるぞ! 一気に突き崩せッ!」

「同士討ちには十分注意しろ! イーダフェルトの兵を襲ってはならんぞ!」


 帝国軍陣地では、突撃した近衛兵と帝国兵との間で激しい白兵戦が繰り広げられる。


「退くなッ! 最後の一兵になるまで戦うのだ!」

「降伏は許さん! 栄えある帝国軍人の責務を果たせ!」


 帝国軍の士官はサーベルや回転式拳銃を振り回し勇ましいことを叫ぶが、イーダフェルト軍の攻撃による混乱から立ち直れていない帝国兵たちは次第に押され蹂躙されていく。

 攻勢に出て二時間もしないうちに、戦闘は近衛軍の勝利で幕を閉じた。

 城下では比較的無傷な近衛軍とMV-22から降下した海兵隊が共同で掃討戦を続けていたが、それも散発的な戦闘に終始していた。


「終わりましたね」


 城門前で生き残った帝国兵の武装解除が進められる様子に、スティラーは安堵したように呟く。


「ええ。帝国軍に勝てたのは、貴国の救援のおかげで。本当に感謝しています」


 アレクシアがスティラーに感謝を述べていると、ブランチャードが斑緑の服を着た兵士を伴い近づいてきた。


「軍長、来援されたイーダフェルト軍の指揮官殿です」

「わかった」


 ブランチャードが横にずれると、屈強な体躯をした男性が前に進み出る。


「イーダフェルト海兵隊、キーラ・マクアダムス大尉です」

「ローゼルディア王国近衛軍軍長、アレクシア・ディア・グランヴィル大将です。貴国の救援に感謝します」

「お気になさらず。我々は総帥閣下の命に従ったまでです。早速で申し訳ありませんが、総帥閣下の避難場所まで案内していただけますか」

「わかりました。ご案内します」


アレクシアは頷くと、この場をブランチャードに任せマクアダムスと数名のイーダフェルト兵を連れて城内へ入った。

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