第一章

第一話

「うぅん……?」


 暖かな風に優しく頬を撫でられる感覚で蔵人は目を覚ました。

 周囲の状況を確認するため立ち上がり周囲を見回すと、なだらかな草原地帯が広がり遠くには連なる大小の山々が見えた。


「ここが、これから生きていく世界……」


 感慨深く目の前に広がる景色をしばらく眺めていた蔵人だったが、謎の空間で女性に渡された端末のことを思い出した。


「確か右ポケットに入れたはず……」


 ズボンの右ポケットを探り、スマートフォン状の水晶板を取り出す。

 どこにも損傷がないことを確認し水晶板の画面にそっと触れると、頭の中にこの世界の言語や端末の扱い方といった基本的な情報が流れ込んできた。


「なるほど、ここに召還した部隊の規模と装備品を入力すればいいのか」


 蔵人は悩むことなく端末に人員や兵器など必要な情報を入力し、「召喚」と表示されているボタンをタップする。

 三十秒ほど目の前に光の粒子が降り注ぎ、それが収まるとOCUを採用したACUび上にIOTVボディーアーマーを着用した兵士たちがSCAR-Lや分隊支援火器型のSCAR-HAMRを構え整列していた。


「これが俺の部隊、か……」


 蔵人が目の前に整列する兵士たちの姿に感極まっていると、列の先頭に立つ兵士が前に進み出て敬礼をした。


「第一歩兵大隊、総員七〇二名。主様の命に従い参上いたしました。これより主様の指揮下に入ります」

「ご苦労。君がこの大隊の指揮官ということになるのかな」


 答礼を返した蔵人は、指揮官として振舞うべく務めて冷静に尋ねた。


「はい。大隊長を務めるシルヴィア・ディドナート中佐です。主様の副官も務めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」

「ああ。よろしく頼む。それでだが……」

「主様、なにか……?」


 言い淀む蔵人に、シルヴィアは不思議そうに小首を傾げながら見つめる。


「いや、その……なんだ、主様という呼び方はどうにかならないか?どうもこそばゆくて、できれば変えてもらえるとありがたいんだが……」


 “主様”と呼ばれることに気恥ずかしくなった蔵人がそう言うと、シルヴィアは首を左右に振る。


「申し訳ありませんが、その命令だけは承服いたしかねます。主様は私たちにとって命令することができる唯一無二の存在なのですから」

「そ、そうか……それなら仕方ないな」


 熱の籠った視線で力説するシルヴィアの姿に蔵人も気圧されてしまい、呼び方を変えさせることは諦めるしかなかった。


「それから、私のことはシルヴィとお呼びください。階級も不要です」

「わかった。今からここに仮設基地を召喚する。第一歩兵大隊は、召喚後の基地の細かい仕上げを頼む」

「かしこまりました」


 蔵人からの初めての命令に、シルヴィアは満面の笑みを浮かべながら答えた。

 シルヴィアの笑顔に一瞬ドキッとした蔵人は、それを誤魔化すかのように視線をそらし端末の操作に集中する。


「こんな感じでいいだろう……」


 端末で指定した位置に光の粒子が降り注ぐと、司令部として使用する天幕や宿営用天幕などが鉄条網とヘスコ防壁で囲まれた仮設基地が出現した。


「シルヴィ」

「はい。大隊各位、分隊ごとに分かれ基地内の仕上げにかかれ」

「はっ」


 シルヴィアが命令すると、待機していた兵士たちは分隊ごとに分かれ基地内へと散らばる。

 兵士たちへの指示をシルヴィアに任せた蔵人は、基地に入りまだ一輌も車輌が止められていない駐車場へ向かった。


「車輌はこれから必要になるからな」


 そう言いながら蔵人が端末を操作すると、M1083カーゴトラックやJLTV-GP、高機動車といった車輌が駐車場に並ぶ。

 その後も基地内を散策しながら必要な物資を召喚して回っていた蔵人は、司令部天幕の周囲で作業をする兵士たちに目を向けた。


「やはり女性の兵士が多い気がするな……」

「私を含め七〇二名中五九八名が女性となっております」

「おわっ!?」


 背後からいきなり声をかけられ、蔵人は思わず情けない声を出してしまう。

 蔵人が振り返った先には、ヘルメットを脱いだことで薄く青みを帯びたミディアムヘアを出したシルヴィアがアメジストのような紫色の瞳を向けて佇んでいた。


「シ、シルヴィか……どうした?」

「驚かせてしまい申し訳ございません。基地内の作業が終わりましたのでご報告をと」

「わかった。では、行動を次の段階に移す。全員を司令部前に集めてくれ」

「かしこまりました」


 蔵人の命令に従い胸元のプレストークスイッチを押し込んだシルヴィアは、無線機を通じ基地内に散らばる兵士たちに集合を命じる。

 五分ほどで司令部前に集合した兵士たちは、召喚されたときと同じように整列した。


「大隊、傾注!」


 シルヴィアの号令に反応し、整列する兵士たちの視線が目の前に立つ蔵人に集中する。


「これより周辺偵察を実施する。担当するのは第二、第三中隊。各中隊は小隊ごとに分かれ、基地を中心に十二方位を半径十キロの範囲で偵察。原住民や人工物を発見した場合は、接触せずに司令部からの指示を待て。ここまでで質問のある者はいるか?」


 蔵人が言うと、第二中隊長が手を挙げた。


「銃火器の使用について、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「原則、銃火器の使用は正当防衛に限り認める。それ以外の状況については、面倒だが司令部に指示を仰ぐように」

「了解しました」

「最後に、この世界の人種や文化レベルといった情報はなにひとつわかっていない。偵察の際は細心の注意を払うように。――以上、解散ッ!」


 蔵人の話が終わると、第二、第三中隊の各級の隊長が集まり担当する偵察地域の割り当てなどを決める打ち合わせが開かれる。

 その間にそれ以外の兵士たちは、自分たちの装備の点検や受領してきた車輌に必要な機材を積み込んでいった。


「――深部偵察隊、各車前進よぉーい!」


 打ち合わせが終わり、各小隊はグラウンドに停めた車輌に乗り込む。

 偵察隊を代表し第二中隊長が号令をかけると、車輌は基地ゲートを出てそれぞれに割り振られた範囲へと向かった。


「これで陸は報告待ち……あとは空だな」


 深部偵察隊を見送った蔵人は、シルヴィアと数名の護衛をつれて基地の外へ出てると端末を操作し始めた。


「主様、一体なにを……?」

「ん?これを召喚しようと思ってな」


 蔵人がそう言うと、カタパルトに設置されたRQ-21ブラックジャックが目の前に召喚され技官が射出の準備にとりかかる。


「なるほど。これで空からも周辺を探ろうと」

「ああ。地上と空から偵察を行えば、より詳しく周辺の地理がわかるからな」

「お話し中、失礼します。射出準備が整いました」

「――射出しろ」

「はっ」


 蔵人が短く命じると、技官は手に持っていた発射スイッチを押し込む。

 圧縮空気の力でカタパルトから勢いよく打ち出されたRQ-21は、基地上空を一度旋回し北西へ飛び去った。


「主様、そろそろ司令部へお戻りください。この周辺もなにがあるかわかりませんから」

「そうだな」


 シルヴィアの進言に従い司令部天幕に戻った蔵人は、作戦台の前で幕僚たちに指示を出す女性士官に声をかけた。


雅楽代うたしろ少佐、偵察隊からの報告は何か入っているか?」

「南へ向かった第三中隊第二小隊から海へ出たと連絡がありました。また、南西方向を偵察中の第一小隊からも同様の報告が入っています」

「海か……UAVはどうだ」

「少々お待ちください。おい、UAVからの映像をここに」


 女性士官――副大隊長を務める雅楽代うたしろ小夜さや少佐の言葉に従い、情報幕僚が作戦台に置いたPCにRQ-21が撮影した海岸線の映像が流れる。


「確かに海だな……UAVを南西に向かわせてくれ」

「了解しました」


 蔵人の指示が司令部に隣接する地上管制ステーションでUAVを操作する兵士に伝えられると、画面に流れる映像はゆっくりと左へ旋回し始める。

 旋回を終えて南西へ向かう機体のカメラは、陸地の向こうに広がる海原を映し出す。


「反対側にも海……島の可能性が出てきたな」

「はい。半島という可能性も否定できませんが、島の可能性の方が高いでしょう」


 シルヴィアの言葉に、蔵人も同意を示した。


「空からの偵察が先だったか……シルヴィ、全偵察隊に帰還を命じろ。以降は、周辺一帯の地図ができるまで基地周辺の哨戒に専念する」

「かしこまりました」


 恭しく頷いたシルヴィアは情報と作戦の各幕僚班を集めると、今後の偵察活動や基地の警備について打ち合わせを始める。

 しばらくすると、作戦幕僚と情報幕僚を背後に従えたシルヴィアが蔵人に向き直った。


「どうした?」

「召喚していただきたい物があるのですが、よろしいでしょうか」

「もちろんだ。必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ」


 蔵人がそう言うと、シルヴィアは持っていたクリップボードを差し出す。

 書かれている内容に目を通し終えた蔵人は、天幕を出て端末に必要な情報を入力し召喚ボタンをタップした。


「機材はどうか?」

「問題ありません。すべて召喚されています」

「よし。各員、機材の設置にかかれ」

「はっ」


 兵士たちの手によって召喚された機材――地上レーダー装置2号改JTPS-P2などが運び出され、基地周辺に設置された。


「なるほど。これで基地に近づく人間がいたとしても、ある程度事前に捕捉できるな」

「はい。主様にはお手数をおかけしますが、必要な物資や機材の召喚をお願いいたします」

「ああ。任せてくれ」


 ――それから二週間後。

 無人機の撮影した画像から周辺一帯の地図が起こされ、蔵人と第一歩兵大隊は本格的に深部偵察へ乗り出すのだった。

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