本編
プロローグ
夕食を終えて自室のベッドに寝そべり読書に耽っていた青年――
「ここは……どこだ?」
上半身を起こし辺りを見回す蔵人だったが、やはり見覚えのない空間に首を傾げる。
彼がいるのは見慣れた自分の部屋ではなく、見渡す限り延々と真っ白な空間が広がる不思議な場所だった。
「さっきまでベッドで本を読んでいたよな……」
蔵人はここに至るまでの自分の行動を振り返るが、どんなに記憶を手繰ってみてもこんな場所を訪れた覚えなどなかった。
「家、なわけないか……どこかの倉庫でもないようだし」
今いる場所について整理しようとする蔵人だが、納得できるような結論は出ず困惑が増すばかりだった。
「とりあえず、誰かいないか探してみるか……」
「篠宮蔵人様、お待たせいたしました」
「ひッ!?」
背後からいきなり鈴の音のような声がかけられ、蔵人は思わず短い悲鳴を上げる。
慌てて振り返ると、ほんの数秒前まで誰もいなかったはずの場所に古代ギリシアのペプロスに似た長衣を身に纏った女性が立っていた。
「だ、誰ですか?」
「驚かせてしまい申し訳ありません。私は主から篠宮様の対応を任された者です。そうですね……あなた方の世界で言えば天使と呼ばれる存在と考えていただければいいでしょうか」
「天使……?」
突拍子もない返答に蔵人は胡乱げな眼差しを向けるが、女性は気にすることもなく無表情な顔でこちらを見つめていた。
「……それで、天使がなんで俺の前に?」
「率直に申しますと、篠宮様は主の不手際により定められた寿命よりも早くお亡くなりになったため、この空間にお呼びいたしました」
「――は?」
女性から告げられた衝撃的な内容に、蔵人は間抜けな声を漏らす。
しばらく呆気にとられていた蔵人だったが、ふと我に返ると顔を赤くし目の前の女性に対し怒声を上げた。
「悪い冗談はよせ! そんな話を誰が信じると思う!?」
「信じられないと思いますが、本当のことです」
「ふざけるな! くだらない嘘をつく暇があれば、早く家に帰してくれ!」
「……お見せするのは心苦しいのですが、こちらをご覧ください」
女性はそう言うと、タブレット端末のような水晶板を蔵人に差し出す。
乱暴に受け取った蔵人が水晶板に視線を落とすと、ベッドで横になっている自分を泣きながら揺する母親の姿が映っていた。
「ほ、本当に死んでる……?」
呆然となる蔵人の手から水晶板が滑り落ち、甲高い音が空間に響き渡る。
女性はそれを優美な動作で拾い上げると、顔を青褪めさせ体を震わせている蔵人に向き直り深々と頭を下げた。
「この度は本当に申し訳ありませんでした。謝罪してすむ問題ではありませんが、主に代わり深くお詫び申し上げます」
「お、俺はこれからどうなるんですか?」
悲痛な表情を浮かべた蔵人は、声を震わせながら女性に尋ねる。
「今回の件は主も深く受け止めており、篠宮様には特例が適用されることになりました」
「特例……?」
「はい。残念ながら篠宮様を元の世界に戻すことは規則により禁止されていますので、別の世界へ転生していただくことになります」
「はあ……」
話の内容が頭に入ってこない蔵人は気の抜けた返事をするが、女性は特に気にすることなく淡々と説明を続ける。
「――加えて今回は特例となりますので、いくつかの能力が付与されることになります」
「能力?」
「我々が篠宮様に付与する特殊な力のことです。死なせてしまったことに対するお詫びだと思ってください」
「そうですか……」
「付与する能力ですが、あなたの趣味に可能な限り合わせてあります。変更や追加があれば遠慮なくお申し付けください」
そう言って再び女性から差し出された水晶板には、付与を予定している能力が三つ箇条書きで表示されていた。
・日本及びアメリカが計画、開発、保有する兵器を召喚する能力
・施設や物資等を召喚する能力
・召喚した兵器や施設等を運用、維持するために人員を召喚する能力
「――第二次世界大戦時の日本とアメリカ軍の艦艇を召喚する能力と召喚した兵器を扱える能力を追加してください」
「かしこまりました。ご自身も兵器を扱うのなら体力の底上げもしておきましょう」
軽く頷き水晶板に触れた女性は、フリック入力のような動作で蔵人から言われた能力を水晶板に加えていく。
数分後、操作を終えた女性は手持ち無沙汰な様子の蔵人に向き直った。
「お待たせいたしました。能力の付与が終了いたしました。それと――」
女性は言葉を区切ると、蔵人の目の前にスマートフォン状の水晶板を差し出した。
「これは……?」
「付与した能力を使用するための端末です。使い方は転生後、端末の起動と同時に理解できるようになっています」
「わかりました」
「それでは転生を始めますが、なにかご質問はございますでしょうか?」
女性からの問いかけに、蔵人は頭にふと浮かんだ疑問を口にした。
「あの、異世界で使われている言語とかは?」
「ご安心ください。言語も端末の使い方と同様、起動後に理解できるようになっています」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
「では、始めます。新たな人生をお楽しみください」
そう言って女性が手をかざすと、光の粒子が蔵人の全身を包み始める。
粒子に包まれていくにつれて遠のいていく意識の中で蔵人が最後に見たものは、柔和な笑みを浮かべる女性の姿だった。
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