第二話

 蔵人がこの世界に転生して一ヶ月。

 基地周辺一帯の偵察を終えた蔵人と第一歩兵大隊は、基地から数十キロ離れた複数の地点に簡易拠点を設営し偵察範囲を拡大を図っていた。


「それでは定刻となりましたので、第八次深部偵察活動について報告いたします」


 今回で八回目となる報告会の開始を、大型モニター横の演台に立つ情報幕僚が告げた。

 報告会には蔵人やシルヴィアを始めとして第一歩兵大隊の主だった幕僚が参加し、事前に配布された資料や大型モニターに表示されている情報に目を通している。


「――以上の深部偵察の結果より、我々のいるこの島が無人島であると判明しました。航空測量の結果、島の面積は約二万五千平方キロメートルになります」

「シチリア島と同程度の面積か……前々回の航空偵察で周辺にも島が見つかったと言っていたが、その後の調査は?」

「UAVを使用した調査を継続しており、島の周辺に十五の小島嶼の存在が確認されました。現在、航空偵察及び一個中隊を投入し実地調査を行っています」


 モニターには航空写真から起こされた島周辺の地図が表示されており、各小島嶼は調査済みと未調査で色分けされていた。


「これらの島も無人島なのか?」

「調査が完了した二島については、無人島であることが確認されています。おそらく残りの島も同様でしょう」

「わかった。引き続き調査を頼む」

「了解しました」


 予定されていた全ての報告が終わり情報幕僚が席に戻ると、シルヴィアとなにか小声で話していた蔵人が全員を見回す。


「まだ未調査の島も存在するが、我々のいる本島の段階を次に進めたいと思う。このことについてなにか意見のある者はいるか?」


 蔵人の問いかけに、幕僚たちは反対することなく同意の意を示す。


「よろしい。では、現時刻をもって次の段階へ進めるものとする」


 蔵人が厳かに告げると、シルヴィアが幕僚たちに指示を与え慌ただしく準備が始められた。


「主様、お車のご用意ができました」


 シルヴィアから呼ばれ、蔵人は机に置いていた端末を手に取り天幕を出る。

 天幕前には三輌のJLTV-GPが停車しており、一輌目と三輌目には完全武装した護衛兵たちが乗車していた。


「主様は二輌目の車輌にどうぞ」


 促されるまま蔵人は二輌目の後部座席に乗り込み、リアドアを閉めたシルヴィアは助手席に腰を下ろした。


「行き先は予定どおりの場所でよろしいですか?」

「ああ。昨日、打ち合わせた場所で頼む」

「かしこまりました。一号車、到着地に変更なし。出発しろ」


 エンジンを始動させた三輌のJLTV-GPは基地のゲートを出ると、列を組んで草原を走り抜けていく。

 車列は北へ十キロほど走ったところで停車し、護衛兵たちが周囲に散り安全を確認してから蔵人とシルヴィアは車外に出た。


「さてと、始めるとしますか」


 ポケットから端末を取り出した蔵人は、「空軍基地」と表示されている欄をタップすると召喚に必要な情報を入力し始める。


「これでよし、と」


 入力を終えて召喚ボタンをタップすると、大隊や拠点を召喚したとき以上の光の粒子が降り注ぐ。

 粒子が収まり蔵人の目の前には八本の滑走路と管制塔、大小各種の格納庫、宿舎などを備えた巨大な基地が出現した。


「基地の中に入る」


 蔵人は短くそう告げると、車輌に乗り込み基地内へ進ませる。

 車輌を走らせ駐機エプロンまで行くと、戦闘機や戦闘爆撃機といった作戦機と基地や機体の運用に必要な人員が整列して待っていた。


「篠宮総司令官に敬礼ッ!」


 前列中央に立つアメリカ空軍の制服を着た女性将官が一歩前に進み出て声を張り上げると、整列する兵士たちが一糸乱れぬ動きで敬礼を行う。


「主様、答礼を」

「あ、ああ。そうだったな」


 数千人が敬礼する迫力に圧倒される蔵人だったが、背後に控えるシルヴィアから耳打ちされ慌てて答礼する。


「空軍司令長官を務めるミレーナ・ウィンスレット空軍大将です。現時刻より篠宮総司令官の指揮下に入ります」


 女性将官の言葉に、蔵人は応用に頷いて見せた。


「ご苦労だった。今日のところは航空機の格納作業を終えたらゆっくり身体を休めてくれ。明日から

しっかり働いてもらうぞ」

「はい。ご期待に沿えるよう努力いたします」


 細かなことをウィンスレットに任せ空軍基地を後にした蔵人は、再び車輌に乗り次の目的地である南東に向かわせる。


「――ここでいい」

「はい。各車、停車しろ」


 蔵人が車列を停車させたのは、湾を一望することのできる高台だった。


「やはり、ここが一番いい場所だな」


 湾を眺めていた蔵人の呟きに、傍らに控えるシルヴィアも頷く。

 眼下に広がる湾は三方をなだらかな山々に囲まれ強風や荒天だけではなく外敵からの攻撃にも備えることができ、水深も深く外海との出入口も一ヶ所と軍港にするには最高の条件が揃った天然の良港だった。


「これは……召喚するのに骨が折れそうだな」


 端末に打ち込む必要のある情報の多さに、蔵人は思わず溜息を吐いた。

 二十分かけて端末に打ち込んだ内容を召喚すると、コンクリートやアスファルトで舗装された海岸には真新しい司令部施設や海軍工廠などの施設が建ち並ぶ。


「主様、あちらもご覧ください」


 シルヴィアが指差す湾中央に視線を移すと、戦艦や航空母艦がそれぞれ威容を誇示するかのように停泊していた。


「絶景だな……」

「はい。付け加えて言うならば、これらの艦艇は全て主様の艦です」

「あの全てが俺の艦か……」


 アメリカ海軍や海上自衛隊の保有するミサイル巡洋艦やミサイル駆逐艦だけではなく、今では本でしか見ることのできない艦艇――大和型戦艦一番艦「大和」や二番艦「武蔵」の艦影に蔵人は目を輝かせる。


「主様、そろそろ司令部へ向かいましょう。海軍側も待っているはずです」

「そうだな。行くとするか」


 シルヴィアの言葉に頷き、蔵人は車輌に乗り込み海軍基地へと向かう。

 海軍基地内に建つ司令部庁舎の車寄せで蔵人が降車すると、アメリカ海軍のサービスドレス・ブルーを着た将官と佐官が出迎えた。


「篠宮閣下に敬礼ッ!」


 出迎えの列の端にいた少佐の階級章を付けた男性が号令をかけ、全員が目の前に立つ蔵人に敬礼を行う。

 蔵人とシルヴィアも答礼を返すと、礼を解いた列の中から大将の階級章を付けた女性が二人の前に進み出た。


「海軍司令長官のグレース・アッシュフォード海軍大将です。現時刻より篠宮閣下の指揮下に入ります」

「貴官たちの参加を歓迎する。これからよろしく頼む」

「はっ。閣下のご期待に沿えるよう努力いたします」

「できれば艦の視察もしたいところだが、それはまた今度させてもらおう」

「はい。お待ちしております」


 顔合わせを終え海軍基地を後にした蔵人は、簡易基地のゲート前に車を止めさせて降車する。

 ゲートの前には基地に残っていた第一歩兵大隊の面々が整列しており、その傍には車輌や物資が積み上げられていた。


「雅楽代少佐」

「お帰りなさいませ。仮設基地からの物資の搬出及び人員の退避は完了しております」

「ご苦労だった。さて、こっちもやるとしますか」


 そう言って蔵人は端末を操作し、もぬけの殻となった仮設基地を消す。

 更地となった仮設基地跡を前に蔵人は端末の操作を続け、フォート・フラッグ基地に匹敵する敷地面積を持つ基地を出現させた。


「篠宮総司令官に、敬礼ッ!」

「楽に」


 基地のゲート前に整列するクラスAユニフォームを着た集団から敬礼を受け、視線を一巡させた蔵人は手を下げ短くそう告げる。


「休めッ!」


 号令がかかり兵士たちが緩める中、蔵人の前にひとりの男性将官が進み出た。


「陸軍総司令官を務めますタロン・セムズワース陸軍大将です。よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく頼む。今日はゆっくり身体を休めてくれ」

「はっ。ありがとうございます」


 陸海空軍を召喚し終えた蔵人は、続けて島内の本格的な開発に取りかかる。

 各軍の基地と等距離にある本拠地と決められた場所には官邸や統合参謀本部を始めとする行政機関が建ち並び、そのほかの地域にも武器弾薬の生産を担う各工廠や島周辺の空域を監視するレーダーサイトが召喚される。

 また、軍事施設以外にも娯楽、商業施設とそこで働く従業員も召喚され自然しかなかった無人島はたった数日で最新の設備と兵器を備えた強固な要塞島へと変貌したのだった。

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