23 幸せの青い火の鳥

 俺は運転席のドアを開け、ミッドナイトから降りる。

 倒れた棚に向かうと、ヤツの痙攣する手だけが見えていた。


 その手はピクピク動くたびに少しずつ変形している。

 中年オヤジの手だったはずのそれは、さらに醜く膨れ上がっていき、ヘドロのような緑色になっていく。


 ヤツは爆風のような勢いとともに、棚を吹き飛ばして立ち上がる。

 そこには、ただでさえバケモノくさかったヤツが、ホンモノのバケモノになって立っていた。


 形容するなら、巨大なゴブリン。

 手首から『キングゴブリンです』と声がする。

 気づくとキングゴブリンのまわりには、黒服だった頃のネクタイを首に巻き、クロスボウで武装したゴブリンたちが集結していた。


「テメェ……! モンスターだったのかよ……!?」


 俺が問うと、五部倫太郎ことキングゴブリンは、グフッ! と顔を歪める。


「どうやらダメージのせいで、化けの皮が剥がれてしまったようだな……! せっかく気持ちよく人間ども蹂躙しておったのに……! 貧乏人は、いつもロクなことをせん……! やはりあの時、轢き殺しておくべきだったな……!」


 キングゴブリンは、手にしていた黄金の杖をかざす。

 すると黄金はメッキのように剥がれ、古びた杖が姿を現わした。


「今度は、フルアクセルどころではすまさんぞ! 肉片も残らぬほどに粉々にしてくれるわ!」


 俺の背後から、息を飲む声がする。


「そ……その杖は、パパの……!?」


「ほほう、そういうことか! この杖を持っていた魔術師なら、このワシが殺してやったわ!」


「ああっ……! うわぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」


 折れた杖を振りまわし、キングゴブリンに向かっていくカナリア。

 俺は彼女を抱き寄せて止める。


「は……離して! 離して!」


 俺の腕で身をよじらせるカナリアを見て、キングゴブリンはサディスティックな笑みを浮かべていた。


「なかなか、腕の立つ魔術師だったぞぉ……! ワシもあと少しでやられるところだったが、村娘を人質に取ったら降伏しおったわ! ちょうど、お前くらいのメスガキだったかなぁ!?」


「な……なんてことを……!」


「見ず知らずのメスガキだというのに、あやつは自らの命を捧げおったわ! もちろん、メスガキごと八つ裂きにしてやったがな! がははははっ!」


「ゆ……許さない……! ぜったいに、許さないっ……!」


「許さなければどうするというのだ!? その杖でチャンバラごっこでもするか!? なあに、ワシも慈悲深い王だ! すぐにあの世で合わせてやろう!」


 キングゴブリンが杖をひと振りすると、黒い炎の鳥が現われる。

 その鳥は地獄からの使いのような禍々しい風貌をしており、はばたきひとつで周囲を黒い炎に包んでいた。

 背後にいたヤジ馬たちは、悲鳴とともに逃げ散っていく。

 カナリアは悔しそうに唇を噛む。


「ぱ……パパの杖を、悪いことに使うなんて……! でも……いまの私じゃ、あの杖の魔力には勝てない……!」


「……大丈夫だ」


 「え?」と顔をあげるカナリア。


「カナリアは、火の鳥の魔法の使い手だったよな。その魔法を、ヤツにぶつけるんだ」


「で、でも、杖は折れちゃってるし、魔力はもう……!」


 俺はこんな時だというのに、なぜか微笑むだけの余裕があった。


「大丈夫だ、俺を信じろ。そして、パパへの想いを信じるんだ」


「う……うんっ!」


 俺の力強い一言が効いたのか、カナリアは勇ましい表情でキングゴブリンに向き直った。

 キングゴブリンは太鼓腹をパンパン叩いて爆笑している。


「がはははは! これから焼け死ぬというのに、いいツラ構えじゃないか! もしや、魔法で対抗するつもりか!? やれるもんならやってみるがいい! この伝説の杖が生み出すブラックバードに、勝てる鳥が生み出せるのならなぁ!」


 おそらく、『タクシーメーター』のスキルのおかげだろう。

 カナリアを腕に抱いたとき、彼女の記憶が俺のなかに流れ込んできていた。


 それは大きな屋敷の庭で、カナリア柄のローブをまとった少女が魔法を練習している風景だった。

 少女はがんばって魔法を使おうとしていたが、うまくいかずに失敗し、とうとう癇癪を起こして杖を投げ捨ててしまう。

 すねて芝生に座り込んだ少女の前に、暖かい青い鳥が飛んできた。


『うわぁ、きれい……!』


『青い火の鳥は、幸せの象徴といわれてるんだよ』


 背後の声に振り向くと、そこには白いローブに、キングゴブリンのものと同じ杖を持っている男が立っていた。


『あっ、パパ! この子はパパが出したの!? 私も、この子が出せるようになりたい!』


 男はしゃがみこんで、少女の頭を撫でる。


『だったら、もっと魔法の練習をしないとね。それに、人のために心の底から祈れる人間になりなさい。青い火の鳥は自分の幸せではなく、誰かの幸せを導くものだからね』


 ……俺は祈る。

 カナリアのために。


 まだ子供なのに、たったひとりで異世界に父親を探しに来た、彼女の幸せを。



 ――たとえ……パパの死を知っても……! 生きてくれ、カナリアっ……!』



 俺は手をかざし、心のままに叫んだ。


「「……フォーチュン・オブ・ブルーフェニックスっ……!!!!」」

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