17 魔法少女カナリア
山を駆け下りると晴海通りに出たので、俺はラストの直線だとばかりにアクセルをさらに踏み込む。
『るるぽーと』のエントランスの広場には、有象無象のゾンビたちの背中が見えた。
ゾンビなんて非現実的すぎる存在が、あんなにもたくさん。まるでゾンビパニック映画のような光景。
正直恐ろしかったが、いまさら後には引けない。
『マスター、ゾンビたちはなにかを取り囲んでいるようです。「ビジョンセンサー」のスキルでモニターに拡大します』
ダッシュボードの液晶パネルに視線を落とすと、広場の中心にはローブ姿の少女の姿があった。
おそらく魔法なのだろう、杖を振りかざして火の鳥を操り、包囲網を狭めてくるゾンビたちを追い払っていた。
しかし彼女は見るからに満身創痍。魔力も残りわずかなのだろう、小鳥サイズの火の鳥もみるみるうちに小さくなっている。
俺は叫んだ。
「……これからゾンビの群れに突っ込む! 揺れるからしっかり掴まってろ!」
俺の声はミッドナイトの車内だけでなく、トレーラーハウスの中にも響く仕組みになっていた。
少女の火の鳥が消えさり、ゾンビたちは一斉に襲い掛かる。
俺は広場に突入すると同時にハンドルを切り、ミッドナイトをドリフトさせる。
運転席のドアを開け、間一髪のところで少女の身体をさらう。
「だっ……誰か、助けてっ! パパ……! パパぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
少女の魂の叫びは俺の膝の上で響いていた。
その間にもミッドナイトはスピンを続け、まるで巨人のラリアートのように広場のゾンビたちをまとめて轢き潰す。
広場は一瞬にして屍肉の海と化した。
少女は俺の膝の上でハリネズミのように身体を縮こませたまま、光のない瞳で俺を見つめている。
「ぱ……パパ……? ここは、天国……なの……?」
「悪いが俺はパパじゃねぇし、ましてや天国でもねぇよ。大丈夫か?」
しかし少女は身体じゅう血まみれのうえに深手だらけで、もう自力で身体を起こすだけの力も残っていないようだった。
どうやら、精根尽き果てるギリギリまでゾンビ立ちに抵抗していたのだろう。
『ゾンビを倒し、部外者を救出したことにより2レベルアップしました』
こんな状況でも相変わらずのキッズ。
そしてアダルトはドリフトしている最中、洗濯機にもまれる洗濯物のように車内をあちこち飛ばされまくっていた。
助手席で後ろでんぐり返しの途中みたいなポーズで固まっている。
「うぅ……死ぬかと思ったし……」
息も絶え絶えのアダルト。
体勢のせいで、なんだかパンツがしゃべってるみたいだった。
「だからシートベルトをしろってあれほど言っただろ」
「いいから……あたしを助けるし……」
「お前はたいしたことないだろ。それより、この子を助けるのが先だ」
「その子はあたしがなんとかするから……その前に、あたしを助けるし……」
「お前になんとかできるのか?」
助け起こしてやると、アダルトは少女の身体に手を当てる。
すると少女の身体が光に包まれ、みるみるうちにキズが塞がっていく。
「すげぇ……!? お前、こんな力があったのかよ……!?」
「へへっ、すごい? すごい? なら、もっとほめるし!」
『妖精族には癒しの力があります。それは普遍的なもので、珍しいものではありません』
キッズによると、ゾンビに噛まれたり引っかかれたりしても、癒しの力を受ければゾンビ化することはないという。
なんにしても、アダルトのおかげで少女は一命を取り留める。
しかし肉体的には回復したものの、魔力を使い果たしたせいでかなり疲弊しているようだった。
「た……助けてくれて、ありがとう……私は、カナリア……」
カナリアは黄色いローブをまとっていて、深く被ったフードは鳥の顔みたいなデザインになっていた。
年の頃は小学校低学年くらいだろうか、フードの奥には三つ編みのあどけない顔が覗いている。
「俺はナイト、こっちはアダルト。しゃべる車はキッズっていうんだ。冒険者ギルドの緊急クエストでここまで来たんだ。カナリアはこんな所でなにをしてたんだ?」
俺の膝の上にちょこんと座っているカナリアは、小鳥のように軽い。
彼女は窓ごしに『るるぽーと』の看板を指さしていた。
「いなくなったパパを探しにこっちの世界に来たの。あの建物の中から、パパの魔力を感じて……。パパはきっと、あの中にいると思って……」
「その途中で、ゾンビに襲われちまったってわけか」
「ナイトさんもこれから、あの中に入るんだよね? お願い、私もいっしょに連れてって!」
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