12 最高の昼メシ
アダルトはブツクサ文句を言いながら、身体に付いたもんじゃをつまんで食べている。
「まったく、食いものを粗末にすんなし」
「怒るポイントが違わねぇか? っていうかそれ、俺が吐きかけたやつだぞ」
「それがどうかしたし?」
アダルトは平然とした様子で、俺の飲みかけのラムネにも手を伸ばしていた。
ひと口飲んだ瞬間、「ブフォーーーッ!?」と俺に向かって思いっきり吐き出してしまう。
今度は俺がラムネまみれになる番だった。
「な、なにすんだよ!?」
「……げほっ!? がはっ!? な、なに、これっ!? 口の中で爆発したし!?」
「お前、ラムネ飲んだことなかったのかよ!?」
髪にもんじゃのカケラが残るアダルトと、髪からラムネの雫がしたたる俺。
気づくと俺たちは注目の的で、まわりの客たちはどっと一斉に笑った。
アダルトも「あっはっはっはっは!」とお腹を抱えて大爆笑、つられて俺も笑ってしまう。
メシを食っていてこんなに笑ったのは、ガキの頃以来だった。
久々のメシは夢の中にいるみたいに楽しかったが、食べ終わってすぐに現実が襲ってくる。
「ふたりで1万2千円だね。支払いは
俺もアダルトも調子に乗って食べ過ぎてしまい、もんじゃなのに1万オーバー。
そして俺は、金を持たずに出てきてしまったことにいまさら気付いていた。
「あ……しまった! 金、忘れてた……!」
おかみさんの顔が急に険しくなる。
「なんだって? あんたら、タダ食いするつもりだったのかい?」
「いや、違うんだ。ミッドナイト……車のなかにあるから、取りに行かせてくれ」
慌てて弁明する俺に、手首から助け船が来た。
『マスター。「スマートウォッチ」の機能により、「ギルドバンド」での
レジにはクレジットカードやタッチ決済の端末、水晶球を掲げる古風な装置があった。
キッズの言われたとおりにやってみると、
『エンダァァァァアアアアイヤァァアァァアアアアア!!!!』
賑やかな歌声が響き、支払い完了。
俺たちへの無銭飲食の疑いは晴れたので、店を出てミッドナイトまで戻る。
アダルトはラムネがすっかり気に入ったようで、店から空瓶までもらってきていた。
瓶に指を突っ込み、ネコのようにつんつんとビー玉を突いている。
「なにやってんだ?」
「いや、この玉みたいなのが欲しいんだけど、どうしても取れなくって……」
子供か。
「そんなんで取れるわけないだろ。割ればいいじゃねぇか。っていうか、ビー玉ならオモチャ屋で買えば……」
「あたしはこれがいいの! それに、割ったりしたら中の玉も傷付いちゃうっしょ!?」
アダルトはへんなこだわりを見せていた。
「しょうがないな、貸してみろよ」
ミッドナイトにはたくさんの工具が積んである。
ボトルカッターがあったので、ラムネの瓶を切断してビー玉を取りだしてやった。
長いネイルに彩られた両手にぽとんとビー玉を落としてやると、「うわぁ……!」と大感激。
「あ……ありがとう、ナイトさん! これ、一生大事にするし!」
まるでダイヤの指輪でももらったみたいに、感激に潤んだ瞳で俺を見上げてくるアダルト。
女性から蔑みの視線しかもらったことのない俺は、リアルに心臓が跳ね上がるのを感じていた。
「お……おおげさだな……!」
ちょっと恥ずかしくなって目をそらすと、地下鉄の駅のすぐそばにある建物が目に入る。
俺は思わず、掲げられた看板を読み上げていた。
「月島冒険者ギルド……?」
「ナイトさん、冒険者ギルド知んないの?」
「ゲームとかで出てくるから、なんとなくは知ってるよ。でもリアルで見るのは初めてだな」
「ギルドバンドがあるならギルドに登録できるし。せっかくだから登録して、冒険者になってみたら?」
『冒険者』……。『モンスター』と並ぶほどの異世界感のある単語だ。
世界が異世界になったのなら、冒険者にならない手はないだろう。
俺は明かりに吸い寄せられる蛾のごとく『月島冒険者ギルド』のスイングドアをくぐっていた。
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