11 月島の新名物、異世界もんじゃ

 『月島もんじゃストリート』はその名のとおり、多くのもんじゃ焼き屋が軒を連ねている。

 そのため和風なイメージの通りだったのだが、いまは大きく様変わりしていた。


 店はもんじゃ焼き屋だけでなく、ゲームからそのまま抜け出してきたような武器屋や道具屋がある。

 行き交う人々も、戦士みたいに鎧を着たヤツや、魔法使いのローブに身をまとったヤツらが目に付く。


 ようはファンタジーRPGの世界観がところどころに入り込んでいるという、かなり奇妙な有様。

 ところどころに次元の裂け目ができて、その間に異世界が入り込んできたとしか考えられないような、ふたつの世界のまだら模様がそこにはあった。


「想像してたのとは、だいぶ違うけど……これが異世界の街なのか……!」


「ねーねー、そんなことよりさぁ、早くなんじゃもんじゃ食うし!」


 アダルトに腕を引っぱられ、俺は近くのもんじゃ焼き屋に引きずり込まれる。

 店内はもんじゃ焼き屋というよりも、異世界の酒場のようだった。


 人間だけでなく、エルフやドワーフやホビットたちがジョッキをあおり、もんじゃ焼きを頬張っている。

 それはなんだか脳がバグりそうな光景だった。


 目を見張りながらも案内された席につくと、店のおかみさんが教えてくれる。


「ここいらは異世界化がすごいうえに、あとはどこも物騒になっちまっただろ? だから普通の客がほとんど来なくなって、異世界の人だらけになっちゃったんだよねぇ」


 下町のおかみさんから『異世界』って言葉が聞けるとは思わなかった。

 なにはともあれ俺たちは、店のオススメとラムネとオレンジジュースを注文する。


 しばらくして運ばれてきたもんじゃは、俺が知っているもんじゃと微妙に違っていた。

 具はイカやホタテやカキなんだが、生地がほんのり緑がかっている。


「これ、どうやって食うし?」


「まずは具だけを炒めるんだ」


 興味津々のアダルトの前で、俺はもんじゃ作りのテクニックを披露する。

 異世界では自分で作りながら食べる料理というのが珍しいのだろう、アダルトは「あたしもやるし!」と大きな瞳を輝かせ、親のマネをする子供みたいに土手作りを手伝ってくれた。

 生地が鉄板の上でじゅうじゅうと、食欲をそそる湯気と匂いを立ち上らせはじめる。

 アダルトは待ちきれない様子で、「まだ!? まだ!?」と両手にヘラを持ってせかしてきた。


「もういいかな。こうやって、はじっこから食べていくんだ」


 焦げ目の付いた生地をヘラですくってみせると、アダルトはカレーを前にしたハラペコの子供みたいに、鉄板にカツカツとヘラを走らせた。

 アツアツの生地を、あーんと開けた大口に運ぼうとしていたので「熱いから気をつけろよ」注意する。

 すると、「わ……わかってるし」とちょっと照れた様子を見せる。

 彼女は耳にかかった長い髪をかきあげ、桜色の唇をすぼめてふーふーしていた。

 その仕草はなんだか色っぽく、数秒前まで子供みたいだったギャップと相まって、俺は不意討ち気味にドキリとさせられる。

 パクッとひと口食べた瞬間、


「うっ……うんまぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!? なにこれなにこれ、超うまいんですけどぉーーーーっ!?」


 妖精ギャルは、はじめてのもんじゃに背中の羽根をパタパタさせるほどに大興奮。

 もう何日も食べていなかったかのように、バリバリ剥がしてガッつきはじめる。

 俺は半ば呆れながら、反対側をヘラでつっついていた。


「おおげさだな。もんじゃはうまいと思うけど、そこまで……うんまぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」


 それはたしかにもんじゃだったけど、もんじゃのチープさに加えて深い味わいのようなものがあった。

 食感もパリパリの中に弾力があって、不思議な噛み応えがある。

 大騒ぎしている俺たちを見て、おかみさんが言った。


「うまいだろ? 月島の新しい名物『異世界もんじゃ』だよ」


 アダルトは叫ぶ「異世界なんじゃもんじゃ!?」と。

 俺は尋ねずにはいられなかった。


「おかみさん、これは普通のもんじゃとなにが違うんだ?」


「生地にスライムが練り込んであるんだよ」


 俺は「ブフォッ!?」と吐き出してしまい、アダルトをもんじゃまみれにしてしまった。


「ちょ、なにするし!?」


「わ、悪ぃ! す……スライムって、まさかあのモンスターのスライムか!?」


「それ以外になにがあるし!? っていうか、あたしらの世界じゃモンスターを食うなんて普通のことなんですけどぉーっ!」


「そ……そうなのか?」


 むせる俺のリストバンドが鳴る。


『スライムを食したことにより、レベルアップしました』

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