10 異世界の金をゲット

 アダルトの服は破かれてボロボロだったので、車に積んでおいた俺の着替えを貸してやった。

 暴走族を撃退し、ようやく着替え終えることができた彼女は後部座席から顔を出し、四つん這いになって這い出てくる。


 芳香とともに、むっちりした感触が通り過ぎていく。

 助手席に座り直すために無防備に俺にお尻を向けていたので、あやうく別のものまで丸見えになりそうだった。

 俺はとっさに目をそらす。


「ん? どったのナイトさん?」


「な……なんでもない」


 もう大丈夫かと助手席に視線を移すと、そこには俺のワイシャツを着たアダルトがいた。

 サイズが大きすぎるのかぶかぶかで、袖からは手が出ていない。

 ミニスカワンピースにつもりで着ているのかスカートは穿いておらず、そのせいで太ももがより露わになっている。

 しかも胸元にリボンをしているせいで、ますますギャル女子高生っぽさが上がっていた。

 自分がどれほど蠱惑的な魅力を放っているとも知らず、無邪気な笑顔を浮かべている。


「ああ、面白かったぁ。こっちに来てこんなに笑ったの久しぶりだし」


「そうなのか?」


「うん。どこ行ってもへんなことしてくる男に絡まれてばっかだったし。ほんと、ナイトさんに拾ってもらえてよかったし!」


 アダルトはアイシャドウの引かれた瞼を閉じ、星の出るようなウインクを飛ばしてくる。


「あ、ナイトさんだったら、少しくらいだったらへんなことしてもいいよ!」


「マスターの心拍数が急上昇したため、レベルアップしました」


 割り込んできたキッズの声は、いつもより鋭く冷たかった。


「不要にマスターに触れないでください。これは警告です」


「ええっ、なんで触っちゃダメだし!?」


「マスターの身体に被害が及ぶ可能性があるからです」


「被害って、そんなことしねーし!」


「ミッドナイトのオーナーはマスターですが、施設管理権はわたしにあります。わたしには、あなたをいつでも施設外に破棄できる権限があります」


「破棄って、ゴミみたいに言うなし!」


 わーわー言い合いをはじめるキッズとアダルト。

 俺は長いことひとりぼっちで生きてきたから、この賑やかさはなんだか懐かしかった。

 ダッシュボードの液晶モニターでは昼のワイドショーが始まっていて、室内はさらに騒がしくなる。

 その光景はまるでガキの頃、日曜の昼にテレビを観ながら家族と食卓を囲んでいる時のようだった。


「そういえば、腹が減ったな」


 長いこと病院で寝てたうえに、朝起きてからなにも食ってなかったから胃がカラッポだ。

 俺のつぶやきに、アダルトが好物の缶詰が開く音を耳にしたネコみたいに反応した。


「うん、あたしもハラペコだし! なんか食おうよ!」


「じゃあ昼飯にするか。つっても、金が無ぇんだよな……」


 俺は病院から抜け出すときも、家から出るときもサイフの存在をすっかり忘れてた。

 しかしキッズは「ありますよ」とあっさり言ってのける。


「さきほど『オートストリップ』して剥ぎ取ったアイテムのサイフの中に、現金が含まれておりました」


「完全に追い剥ぎだな。まあいいか、いくらあるんだ?」


「9万2千867円と、2万とんで64エンダーです」


エンダー? なんだそりゃ?」


「あたしらの世界のかねだし」


 アダルトの話によると、異世界は統一通貨らしい。

 異世界が入ってきたいまとなっては、チンピラたちが異世界の通貨を持っていてもなんら不思議はないだろう。


「なんにしても、それだけありゃメシが食えそうだな。せっかく月島に来たんだから、もんじゃでも食いに行くか」


 月島駅は見たところ勝どき駅ほどは荒廃しておらず、清澄通りから見える『月島もんじゃストリート』には多くの人の姿があった。

 アダルトは小首をかしげる。


「もんじゃ? それってなんじゃ?」


「俺のガキの頃のソウルフードだ。まあ、食ってみりゃわかるよ」


 道路には他の車の姿もなく、また駐禁も取られそうにないので、比較的人通りのある駅のそばにミッドナイトを停める。


「盗まれたりしないかな?」


「ミッドナイトのことでしたら心配はいりません。『セキュリティ』のスキルがありますので」


「そっか、それなら留守番を頼んだぞ」


 と外に出ようとしたのだが、ドアが開かなかった。

 キッズの仕業かと思って声をかけると、


「外に出られるのでしたら、『ギルドバンド』と『スマートウォッチ』のスキルを覚醒させてください」


「なんだそりゃ?」


「『ギルドバンド』は腕輪型の魔装置マギアです。さらに『スマートウォッチ』のスキルを付加することにより、ミッドナイトを離れてもわたしとの対話が可能となります。また、わたしがマスターの現在位置を把握できるようになります」


「なるほど、なにかあった時のためってわけか。よし、そいつを頼む」


 すると、運転席と助手席の間にあるコンソールボックスがひとりで跳ね上がる。

 中を覗いてみると、金属製の腕輪のようなものがあった。

 それは現代のものというよりも、ファンタジーRPGに出てきそうなデザインをしている。

 どうやらコイツが『ギルドバンド』らしい。腕にはめてみたらピッタリだった。


「これで準備オッケーか?」


「はい。いってらっしゃいませ、マスター」


 キッズのその声は腕輪から聴こえてきていた。

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