03 社畜よさらば、俺は旅に出る

「だ……誰だ?」


 俺は車内を見回し、声の主を探る。

 すると、ダッシュボードが動いて小型の液晶パネルがポップアップした。


「わたしはここです」


 液晶パネルの下にあるダッシュボードが七色の光を放つ。女の声に合わせてレベルインジケーターのように上下していた。


「初めまして、ナイトさん。そして異世界へようこそ、わたしのマスター。初めてのレベルアップ、おめでとうございます」


 いきなり名前で呼ばれたので俺は二度びっくり。戸惑いながらも尋ね返す。


「お……俺の名前を知ってるのか? お前は誰だ?」


「申し遅れました。わたしの名前は『キッズ』。『Kight Incubator Drive System』の略です」


 この車、『ミッドナイト』のオーナーは俺だ。

 しかしご先祖様たちの手が数多く入っているせいか、いまだに全容を把握しきれていなかったりする。


「まさか、しゃべる機能まであったなんて……」


「わたしはマスターの一族によって構成され、ミッドナイトに組み込まれた、ナビゲーション用の魔装置マギアです。要するに、電力のかわりに魔力で動く機械のようなものですね」


「魔力だと?」


「はい。ハイパーブリッドは電気とガソリンの他に、魔力でも動作します。異世界の魔力があって初めて、このミッドナイトは100パーセントの力を発揮できるのです」


「それでお前も起動できたってわけか」


「その通りです。またハイパーブリッドは、レベルアップシステムを提供します。経験を積むことによりレベルアップし、新しいスキルが覚醒……すなわち新機能を獲得することができます」


「なんだかよくわからんが、ロールプレイングゲームで技を覚えるみたいなもんか?」


「そう思っていただいて差し支えありません。さきほどマスターは敵を轢いたので、レベルアップした次第です」


「敵って……。まあ、もう敵みたいなもんか。そんなことより、そろそろ出発しよう。詳しい話は走りながらでも……」


 と、ミッドナイトを表通りに出したところで、歩道にある茂みから敵の顔が飛び出してくる。

 その表情は、長いこと部下をやっていた俺でも初めて見るほどの苦悶に満ちていた。


「チーフ、気がつきましたか。その様子だと、車に轢かれるのは初めてみたいっすね。どうっすか、感想は?」


「あちこちメチャクチャ痛ぇ……って、ふざけんな! いきなり轢きやがって、訴えてやるぞ! 訴えられなくなかったら、大人しく……!」


「どうぞご自由に。いままでテストコースで俺にさせてきたことを、バラされてもいいならね」


「ふん、お前みたいな底辺の言うことなんか誰が信じるか! それに、お前の代わりなんていくらでもいるんだぞ!? いまならクビだけは許してやるから、さっさと仕度しろ! 今日の接待は、俺の係長出世がかかってるんだからな!」


 異世界が来たってのに、この人はまだ社畜をやるつもりなのか。

 チーフのその声はいつにも増して耳障りだったが、ふと俺のなかに天啓をもたらしていた。


「チーフ! たったいま、異世界での目的ができました!」


「なに?」


「取引先を、全員轢き殺します!」


 カッと目を見開いたまま告げると、チーフは豆鉄砲をくらったニワトリみたいな顔になる。


「なんだと……!? 貴様、気でも狂ったかぁ!?」


「ヤツらには、いままでさんざん轢かれてきましたからね。それに医者には毎回、とっくに死んでるはずなのにって言われてきました。だからお返しにヤツらを轢き殺したっていいっすよね」


「ふ……ふざけるのもいい加減にしろっ! そんなことをしたら、俺の出世が……! いや、政界や財界の大物に危害を加えたら、タダじゃすまないぞっ!」


「じゃあかわりに、お前が轢かれるか?」


 アクセルをふかすと、ミッドナイトは威嚇する獣のように吠える。

 敵は「ひいっ!?」と茂みのなかに引っ込んでしまい、目だけ出して訴えていた。


「ほ……本当に、本当にいいんだな!? 底辺のお前が会社を辞めたところで、ホームレスになるのがオチだ! 俺は親心で言ってるんだ! 仏の顔も三度までだぞ!」


 かつて俺の上司だった男は茂みのなかでまだなにか喚いていたが、その姿は哀れとしか言いようがなかった。


「そうやって一生、上司と親会社、そして上級国民にヘコヘコしてろ。……じゃあな!」

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