02 チーフを轢いたらレベルアップしちゃいました
「俺はもう、自由だっ! なにものにも縛られず、好き勝手に生きてくぞっ! ひゃっほーっ!!」
両手を翼のようにはためかせながら、さっそうと病院を出る。
病院前はバリケードが敷かれていたが、もう俺は誰にも止められない。
ヒラリと乗り越えていくと、がらんとした大通りの真ん中で、白い仔犬がコンビニの袋とジャレていた。
ちょうどトラックが突っ込んできたので、俺は反射的に飛び込んで仔犬を抱きかかえる。
横薙ぎの衝撃を受け、俺は数十メートルほど吹っ飛ばされた。
トラックの運ちゃんは「やっちまった!」みたいな表情で、青ざめながら停車。
俺の追ってきたのだろう、新人看護婦の「きゃーっ!?」という悲鳴が通りに響き渡る。
しかし俺がヘッドスプリングで起き上がったので、ふたりとも目を点にしていた。
「と……トラックに……轢かれたのに……」「な……なんとも、ないんですか……?」
「俺は轢かれるのに慣れてる。でも、お前は気をつけろよ」
俺は、ガラス玉のように虹色に輝く瞳をぱちくりさせている仔犬を足元に下ろし、ふたたび走り出す。
トラックの運転手と看護婦はポカーンと、仔犬はしっぽをパタパタさせながら見送ってくれた。
俺は実家にひとりで住んでいるのだが、その場所は勝どきの清澄通りの先、倉庫街のなか。
病院からは目と鼻の距離なのだが、いまは異世界が来て地形が変わっており、アスファルトが山道になってたりしたので着くまではかなりの時間がかかってしまう。
地形が激変しているというのに、倉庫街は普段と変わらない様子でトラックが行き交っていた。
俺はトラックを避けながら家に飛び込み、タンスからとっておきのレーシングスーツを引っ張り出して着込んだ。
そして、お茶の間に併設されたガレージへと向かう。
そこにはオフロード車とスポーツカー、そして装甲車を合わせたようなデザインの黒い車があった。
ブラックマチェットのごとく幅広で鋭いエッジ、禍々しさすら感じさせるその存在の名を、俺は万感の思いを込めて呼んだ。
「『ミッドナイト』……! 来たるべき日に備え、先祖代々から受け継がれてきた、異世界用車両……!」
俺が自動車整備工になったのも、最新の技術でこの車を改良するためだった。
思えばこの車のために、給料やボーナスはおろか、貯金や遺産まですべてつぎ込んだ。
それどころか、青春や人生までも捧げてきた。
こみあげてきた数々の苦い思い出を噛みしめていると、胸が熱くなって瞳が潤んだ。
もしかしたら異世界は無いんじゃないかと思ったこともあったけど……。
ひいひいひいばあちゃんの言葉を、信じてよかった……!
運転席に乗り込み、シートに身を沈める。
イグニッションスイッチに触れると、メーターパネルにワイヤーフレームが走った。
それは蒼き瞳を持つ獣のめざめ。長き眠りから覚めたことを知らせる遠吠えのように、エンジンが唸りがあげた。
「いよいよ、旅立ちの時……! 俺はコイツとともに、異世界を駆けるっ……!」
ゆっくりとギアをドライブに入れる。
シャッターが勝手に開いたので見やると、そこには鳥顔の、いかにも神経質そうな男がガレージに入ってくるところだった。
1時間ほど前に辞表を叩きつけた上司。チーフは俺を見つけると、シャッターに掛けていた両手を腕組みに変えて睨んできた。
「おい、ダミー4号! 病院に行ったら退院したっていうから家に来てみたら、どこへ行くつもりだ!? お前は車に轢かれる以外、なんの取り柄もないんだからな! 俺が本気で怒らないうちに、さっさと……!」
かまわずアクセルをふかすと、フロントのカンガルーバーにわずかな抵抗感。
ドムッという鈍い音とともに、目の前にいたチーフは身体をくの字に曲げて吹っ飛んでいた。
さっきまでの仁王立ちはどこへやら、蹴飛ばされた石ころのように軽々と。
そのまま放物線を描きなら道路を横断し、歩道の茂みに突っ込んでいく。
ハンドルを握る俺の背筋には、いままで感じたことのない甘やかな痺れが駆け巡っていた。
「ひ……人を轢くのって、こんな感じなのか……!」
ゾクゾク震えていると、どこからともなく女の声がする。
「ミッドナイトがレベルアップしました。レベルアップにより、ハイパーブリッドエネルギーが覚醒しました」
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