異世界がやってきたので、会社の上司と取引先を轢き殺したいと思います
佐藤謙羊
01 異世界が来たので、会社辞めます
「異世界は、あります」
飛行機の翼のように尖った耳を揺らしながら、ひいひいひいばあちゃんは風になった。
その遺伝の耳は一族の象徴だったけど、じょじょに短くなっていって、俺の代でふつうの耳となる。
俺は、大手自動車メーカーの子会社である工場に、整備工として就職。
しかし親会社の接待の日になると、新木場のほうにあるテストコースに駆り出されていた。
そこでの俺は人間ではなく『ダミー4号』と呼ばれ、取引先の重役連中が乗る車に轢かれる。
車の耐久性の証明と、上級国民どものストレスのはけ口として使われていた。
『先生方、あれはダミー人形ですから轢き殺してしまっても構いませんよ! テスト中の事故として処理できますし、ヤツには労災を受け取る遺族もおりませんから、誰も損をいたしません!』
『損どころか、むしろ得ではないか! ワシらが作り上げた社会に寄生するダニを、こうやって楽しく駆除できるのだからな!』
『気に入ったぞ! ワシはいちど、貧乏人をフルアクセルで轢いてみたいと思ってたんだ!』
『がはははは! 逃げろ逃げろ! 誰がいちばん最初にスクラップにできるか競争だ!』
今回は3台の車に追い回され、轢かれまくったのでかなりハードだったな……。
……なんてどうでもいいことを思い浮かべているうちに、俺は意識を取り戻す。
実家ばりに見慣れた天井が、そこにはあった。
いつもの病院。接待のあとは、いつも必ずここで目を覚ます。
身体を起こし、大きく伸びをした。
「ふぁ~あ。接待はキツいが、しばらく出社しなくてよくなるのが唯一の救いだな。せいぜいのんびりして……」
ひとりごちながらそばにあった窓を見やると、思わずミイラかよと突っ込みたくなるような俺がいた。
グルグル巻きの包帯ごしの目を、これでもかと見開いてしまう。
いや、俺の大ケガっぷりに驚いていたわけじゃない。これはいつものことだからな。
窓の向こうに、いつもとは明らかに違う風景が広がっていたんだ。
この病院は晴海埠頭にある。
隣にはベイエリアに建ち並ぶタワーマンションがあるはずなのだが、窓からの視界は開けていて、うっそうとした森が広がっていた。
それはまるで緑の海原のようで、遠方には航路標識のように、ぽつんぽつんとした建物が見える。
「なんだ、こりゃ……!?」
一瞬、違う病院にいるのかと思ったのだが、病室は見慣れたものだった。
この病院は接待のたびに入院しているので、見間違うはずがない。
あたりを見回していると、病室の隅に設置されたテレビが目に入る。
『世界中で異変がおきてから、今日でちょうど半年が経過しました。ですが原因はまだわかっておりません。インターネットや電話回線などの通信は国内でしか通じなくなり……』
ニュースでは、日本の都市部での中継が映し出されていた。
大阪城の上をドラゴンが飛びまわり、札幌時計台にスライムがへばりついている。
それは、常人であれば思わず目をこすりたくなるような光景。
しかし俺は、布団を蹴り飛ばす勢いでベッドの上に立ち上がっていた。
「きっ……きたぁぁぁぁーーーーーーーっ!! ついにきた! ついにきたんだ、異世界が!! この時を、どれほど待ったことか……! やっ……やったぁぁぁぁーーーーーーーっ!!」
快哉を叫んでいると、病室に看護婦が入ってくる。
俺の記憶にないので新人なのだろう彼女は、俺を見るなり「キャッ!?」とちいさな悲鳴をあげていた。
「き……気づかれたんですね!? あの、お名前はわかりますか!?」
「
「ええっ!? そ、そんな!? 水戸さんは意識不明の重体だったんですよ!? 暴走族に轢かれたそうで、全身タイヤの跡だらけでした! 本来であれば生きてるのも不思議なくらいだったんですよ!? 10年は寝たきりでもおかしくないのに、退院だなんて……!?」
「ああ、看護婦さんは俺を看るのが初めてだから知らないんだな。俺は生まれつき異常にタフなんで!」
……しゅばっ! とベッドから飛び降り、全身にまとわりついていた包帯をマントを脱ぎ捨てるようにほどく。
「きゃっ!?」と目を覆う看護婦を残し、パンイチの素足で病室を飛び出す。
しかし忘れ物に気づいていったん戻り、枕元にあったスマホを回収。
廊下を走りながら、チャットアプリで会社に連絡した。
『チーフ、ちわーっす!』
『なんだその口のききかたは。頭打っておかしくなったのか? まあいい、いまちょうど病院に迎えに行ってるところだ。今夜は大口の取引先への接待があるから、退院の準備しとけ』
『異世界が来たので会社辞めます!』
『はぁ、やっぱりおかしくなったみたいだな。うちで続かないようじゃ、どこにいっても……』
ちょっと前の俺なら、その言葉に心動かされていただろうが……異世界が来たいまとなっては詭弁にしか映らない。
っていうか、もうこれもいらねぇな。
通知音が鳴り止まないスマホを、待合室のゴミ箱に投げ込んだ。
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