第179話 国王と皇帝

 アドガルムの王、アルフレッドは一人の男に声を掛ける。


「さて、バルトロス。いや、ヴァージルか」


「あぁ?」

 魔封じの枷を付けられ、足にも鎖をつけられたヴァージルはのろのろと顔を上げた。


 簡素ながらベッドのあるこの牢は普通の場所よりも環境は良いが、けして逃げられないようにと二重三重に檻が連なっている。


 床や壁、天井にも魔封じの陣が張られ、そして物理攻撃も通さない結界が幾重にも張られていた。


 要人用の牢だからこそ、これだけ厳重だ。中からも外からもけして逃がさないようになっている。


「お前は極刑に処すことが決まっている。何か言い残すことはあるか?」


「お前はアルフレッド。国王自ら来るとはずいぶんと暇なんだな」

 はっと蔑むように笑い、檻に近づいてくる。


 アルフレッドとはだいぶ距離があるが、それでも近衛騎士は警戒し、剣を抜いた。


「言い残す言葉はないか?」

 再度アルフレッドが繰り返す。


「偉くなったものだ、たかだか小国の王の癖に。偶々息子たちが優秀だっただけでお前自体には力もない。お前が勝ったのは運が良かったからだ!」


「……」

 アルフレッドは無言だ。


「昔バルトロスは言っていた。アドガルムの連中は危機感がないと。甘々で、人にかまけすぎ、だからこそ足元を掬いやすいとな。お前の代だったら余裕で勝てただろうよ。あの息子たちは本当にお前の子か? 本当はどっか別の誰かに貰った子種なんじゃないか? 明らかにおかしいだろう!」

 ヴァージルは喚き声を上げ続ける。


「民をも凍らせ、腹心の部下に契約魔法を掛ける非道な王子や、人を塵のように切り捨てる王子、そして契約魔法を軽々と解呪する王子だと? 出来過ぎだ!!」

 周囲の近衛騎士がはらはらとしている中、アルフレッドは涼しい顔でヴァージルの戯言を聞いている。


「王女達もだ。あんなに能力に秀でた者達がいるなど、あり得ない。そうでなければ、帝国が一番で、今でも俺が皇帝だった。なのに」

 ズルズルとヴァージルは崩れ落ちる。


「信じられない、俺が負けるなんて……」


「なるほどそれが最後の言葉か」

 アルフレッドはつまらなさそうにしていた。


「確かに俺は運が良かった。息子と義娘に恵まれていたというだけで、俺自身は大したことをしていない。だがな、ヴァージル。運も実力の内だ」

 アルフレッドは近衛騎士に合図をする。


「前の戦では捕虜が多かったがな。帝国の者は性根が腐っている者が多い。だから恙なく処刑させてもらっている」


「お、お前……」

 近衛騎士が示したのは斬首された帝国兵達だ。


 宰相や国の深い部分に関わっていた貴族達のものもある。


「これから帝国を作り変えるにあたり、膿は出し切らねばならないからな」

 リオンの負担を減らしつつ、より良い国づくりに励まなければいけない。



「アシュバン、シェルダム……」

 息子たちの首も見て、ヴァージルはぼんやりとしていた。


「イシスと違い、子どもには関心がまだあったか」

 アルフレッドは鼻で笑う。


「この者達は幸せだったな。苦しまずにあの世に行けて」

 周囲の引き止めも気にせずに、アルフレッドは檻に近づいた。


「お前はそうは行かない。苦しんで苦しんで死んでいけ。それがお前が殺した者達への償いだ。そして、バルトロスのな」

 ヴァージルがバルトロスの体を乗っ取ったことから、バルトロスは狂い始めたとギルナスからは聞いた。


 昔はもっと優しく、そして帝国のやり方に疑問を抱いていたと。


 そしてレナンから聞いたバルトロスに言葉に少なからず驚いた。


 彼はアルフレッドが昔言った事を覚えていた。


 自我を著しく失いながらも、憎みながらもアルフレッドの言葉を忘れずにいてくれた。


「もっと早く俺が気づいて、そしてバルトロスと話せていたら……!」

 後悔は後から後から湧き上がる。


「いいか、ヴァージル、兄弟とは言え別な人物だ。家族とて、操って言いなりにしていい存在ではない」

 この手で殺してやりたいと思いながらも、アルフレッドは騎士達に命じる。


「決行の日までけして自死はさせるなよ。生まれてきたことを後悔させてやる」

 いつもの鷹揚な王とは思えぬゾッとする声音であった。

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