第158話 援軍

「俺様が来たんだ、逃がさないさ」

 シェルダムの視界に赤髪の男が映るが、すぐに姿が消える。


「悪いが孫の危機だ、手短に済まさせてもらうぞ」

 今度は別な男が現れた。


 白髪交じりの金髪をした壮年の男―シグルドが剣を振るい、空中にいるシェルダムの首に迫る。


 こんな不安定な状態でも素早い剣捌きだ、シェルダムは焦った。


(こいつら、一体何なんだ?)

 かろうじて間に合った転移魔法にて地面に降り立つが、立て続けの転移に目が回る。結界に弾かれた事も原因で、体力の消耗が早い。


 熱い衝撃が首に走った。


 視界がぐるりと回り、栗色の髪と赤い目が見える。


「お前……」

 キールの刃により、シェルダムの首は無残にも地を転がった。






「すみませんグウィエン様。邪魔をしてしまいまして」

 キールは剣を振り、鞘に収める。


「いや、助かった、それよりも何かあったのか?」

 先程シグルドは孫の危機だと言っていた。そしてキールはともかく、ロキがここに居るのはおかしい。


 彼は王城の守りに徹すると言っていたはずだ。

 何かがあったと察する他ない。


「ミューズが敵に奪われ、その影響でティタン王子も操られている。叔父としてそのような状況を手をこまねいてみているわけにはいかないからな」

 ロキは口元に笑みを浮かべているが、顔とは裏腹に声には怒りが満ちていた。


「だからヴァルファルに乗り込む。ティタン王子を抑えられるとしたら、親父殿かキールだけだろうと思ってな。帝国に行く前に皇子達を仕留めておけば、多少は王城の結界も保てるだろう。フェンもシフもいるしな。すまないが後は任せたぞ、グウィエン王子」


「待ってください、ロキ殿。皇子達って……」

「先程の火柱は見えなかったか? アシュバン皇子ももう消し炭だ」

 そう伝えるとロキはキールとシグルドを伴い、姿を消す。


「嵐のような人だな」

 急に現れたと思ったら、あっという間に消えていく。


「キール様、凄い……」

 ユーリはうっとりとした目でシェルダムを仕留めたキールのいたところを見つめていた。


 グウィエンも剣を一度収め、セトに目配せをする。


「彼らのおかげで余裕が出来た。まだまだ帝国兵はいるから油断はするなよ、それにこの捕虜たちを何とかせねばな」

 転がっているシェルダムの首を持ち上げ、どうするべきか悩む。


「重いな……」

 帝国の皇子を殺したとあれば、ますます戦は激化するだろう。


 一時的に統率が乱れたとしても、皇帝が生きていれば何度でも攻め入って来る事は想像に難くない。


「そのままエリック様へ手柄として渡せば、親友として認められるかもしれませんよ?」


「そんな事したら、ますます嫌われるのはわかっているだろ。キール殿の功績としてきちんと報告するさ」

 セトに首を渡し、グウィエンはユーリの周囲で怯えた顔をしている亡命者たちに目を配る。


(落ち着いたらこの者達を母国へ戻せるように尽力せねばな)

 曲がりなりにもロキに後始末を頼まれたし、このまま見捨てるわけにも行かない。

 アルフレッドの許可を得て、しばし安全な場所に置いて上げねば。


 だが、その前に。


「本当にあなた達が帝国を見限ったのか、本心を知りたい。だからこのまま俺と共にアドガルムを守るために来て欲しい」

 シェルダムとの交戦でグウィエンも少なからず疲弊している。


 増え続けている帝国兵をこの街から除外するためには、一人でも多くの味方が欲しい。


 ロキ達がいないならば尚更だ。


「もしも手を貸してもらえるならば、帝国を倒し母国へ帰る際に手助けすると約束しよう。故郷に帰りたいならば一緒に来てくれ」

 グウィエンの言葉にざわめきが酷くなる。


 契約魔法の為に戦いを強要されていたが、けして戦うのが好きなもの達ではない。


 どうしたらいいか決心がつかないようだ。


「何を悩むというのですか!」

 ユーリが群衆を見据える。


「自分達の信じる道、そして未来の為にも力を尽くすのが通りでしょう。国に帰る為、矜持を守る為、そして誇りを保つ為にも自分達の力で勝利を掴みなさい」

 ユーリの凛としてはっきりとした声は、皆の耳にすっと入っていく。


 命の恩人であるユーリの言葉を素直に聞いてくれているようだ。


「それにこのままアドガルムが負けてしまったら、あなた方はまた帝国の犬に戻るのよ? いいえ、裏切り者だもの。どのような目に合うか、わからないわ」

 裏切者の末路がどうなるのかなんて、すぐに想像できるはずだ。


「恐ろしいわよね? ならば少しでも生き残れる道に賭けなさい。人に自分の命を預けるの何て、余程信頼している人しか駄目よ」

 王族らしく、決意のある言葉で発破をかける。


 ユーリの言葉で皆も覚悟を決め、武器を手に取った。


「……お前、何でそんな立派な事を言えるのに、ティタン様に阿呆みたいな手紙を送っていたんだ」


「そうね、盲目だったからかしら」

 強いティタンに本当に憧れていた。しかし、彼は何の返事も言葉もくれなかった。


 当然だ、彼は自分なんか、目に入っていなかったのだから。


 ここに来てキールと話し、彼が本当はどんな人物なのか分かった。


 何を欲して、何がしたくてあのような強さを持ったのか。


 それらはアドガルムの皆が抱いた強き信念に基づく想いだった。自分勝手なユーリでは用いえない強さ。


「自分の為、家族の為、愛する人の為に得られる強さがあるって、ここの人たちを見て何となくわかったわ」

 シェスタにいた頃には他の者を蹴り落として上にいく事しか頭になかった。


 生まれ持っての地位と力を持つ自分は勝ち組で、何でも出来ると勘違いをしてしまっていたのだ。


「お兄様に殺される前に気づけて良かったわ……」

 もしもあのまま国に帰ろうとしたら、始末されていたという事実に後から気づかされた。それだけ自分の行動は過ちで、国を破滅に向かわせていたのだと理解した。


(罪滅ぼしも兼ねてこうして助力に来たのだけど、許される日は来るかしら)

 今はまだ言えないが、いつか落ち着いたら兄に謝ろうと思っている。


 優しい兄に、妹を殺す決断をさせてしまった事を後悔していた。

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