第157話 アドガルムの剣士

 グウィエンの剣はシェルダムの体を捕えたはずだった。


「?!」

 切り離した体からは赤い花びらが舞い、虚空へと消えていく。


「ひひひっ、幻影相手に命がけで頑張るなんてね」

 笑いをこらえ切れず、シェルダムが腹を抱えて笑っていた。


「皇子たる俺がお前みたいなのと真っ向から斬り合うわけないだろ? まともにやりあうだけ損するからな」

 遠く離れた場所でシェルダムは命令を下していた。


「あの愚かな王太子を殺せ」

 シェルダムは高笑いをしながら、姿を消した。


「一騎打ちに応じる様な男ではなかったか」

 最初から遊ぶためだけに姿を現していたのか。


 将自ら姿を見せたのは、騎士道精神の為かと思ったが、そう言うわけではないらしい。


「部下の犠牲など何とも思わないのだろうな」

 確かに将が生きていれば立て直しを図ることは出来る。

 だがこのように戦闘経験の少ないものを前線に出すという事は、捨て駒を意味するに他ならない。


 彼らは明らかに怯えた目をしていたが、退くことも出来ずに剣を向け、迫ってくる。


 逃げようとしたものが声もなく倒れていく様子を見るに、以前に話を聞いた帝国の契約魔法だろう。


(俺の体力を削ぐためにこのようにけしかけるか)


「帝国というのは、実につまらん国だ!」

 アドガルムとは違い、人情を感じられない。


 アドガルムは王子たち自ら前線に出る様な国だ。


 もっと自分達の命を顧みてもいいはずなのに、共に戦う道を選ぶ彼らは、自国の者を守るために命を張るのを厭わない。


 グウィエンも帝国には屈しないという思いがますます強くなる。


 しかし、操られているものを殺すのには抵抗も生まれていた。


「何とかならないものか……」

 グウィエンの力では峰打ちでも殺してしまう可能性も高い。


「お兄様、何を迷っているのです!」

 優雅な足取りで場違いなドレスを着て現れたのはユーリだ。


 華美なドレスにはキラキラとした宝石も付いている。


「キール様に言われてこれば何と情けない。お兄様は何も考えずにその剣を振るえばいいのです!」

 そう言うとユーリは両手を上に翳し、魔法を唱える。


のアドガルムの敵に躊躇いなく力を揮ってくださいませ」

 柔らかな光が辺り一帯を包む。


「さすがの魔力だな。しかしこんな魔法をいつの間に?」

 ユーリが放ったのは契約魔法を断ち切るものだ。


「戦いたくないものは今すぐ投降をなさい! 今ならまだ許してあげてもいいわ」

 契約魔法が解け、自由になった元帝国兵が、剣を捨て、ユーリの元へと集まる。


「おーほっほっほ! わたくしにひれ伏しなさい。お情けで助けてあげるわ!」

 縋りついてきたもの達は、肌の色や髪色が違う事から、様々な人種の者だとわかる。


「でかしたユーリ」

 これで切るのは正真正銘帝国の為に動くというものだけ。


 躊躇いなくグウィエンが疾走る。


「この日の為にロキ様に教え込まれましたもの。必ずキール様の為になると言われて」

 そういって頬を赤らめるユーリは年相応の反応だ。


(その思いが報われることを願うな)

 妹の新しい恋を応援してあげたい。キールがどう思っているのか、今度改めてきいてみようと思った。


「まずはシェルダムの始末だな!」

 枷が外れたように動きが軽くなったグウィエンの快進撃は続いた。


「グウィエン様、一人で行かないでください!」

 従者のセトが建物から降り、懸命に走って追いついてくる。


「お前らごときが俺を倒せると思うなよ!」

 シェルダムの周囲にいるのは精鋭隊だ、そうやすやすと倒せるものではない。


 グウィエンの方にも分散していた兵が集まり、両軍が死闘を繰り広げていると、別なところで火柱が上がった。


 突然の轟音に思わず手が止まる。


「なんだ?」

 皆が足を止める中で例外なくグウィエンも足を止める。


(あっちには確かルアネド殿やフロイド殿がいた方ではないか?)

 まさかという思いが過ぎる。


 同じ属国の王太子たちだ、エリック同様親交を深められたらと思っており、二言三言話を交わしたくらいだが、それでも情がわく人柄であった。


「一体何が……」

 戸惑ったのはシェルダムも同じようだ。


 そしてグウィエンの横を二つの風が走り抜ける。


「き、貴様らは?!」

 あっという間に距離を詰められたシェルダムは、周囲を見るが皆既に切り伏せられていた。


「急いでいるんだ、雑魚に構っている暇はない」

 キールの刃がシェルダムの首に食い込んだが、赤い花びらが散るばかりだ。


「嘘だろ? この人数を一瞬で切り捨てたのか?」

 少し離れた場所で自分の首を抑えてシェルダムは呻いた。


 幻影と転移の魔法で生き永らえることが出来たが、周囲に転がる兵が全て一刀のもとに切り捨てられているのが信じられない。


(防御壁も張っていた、腕の立つ剣士も多かった、なのに何故?)

 シェルダムも魔力を増幅させる魔石を持っているし、惜しみなくそれを使っている。


 でもそれを用いた防御壁でも防げないと本能が知らせてくれたおかげで、こうして生きている。


「剣聖が来たからにはそうなるさ」

 未だキールは足を止めず追いかけてきている。


「剣聖? お前がか?」

 勝ち目がないと見て、シェルダムはヴァルファル帝国への退却を決める。


(ここで奴に殺されるよりは、逃げ帰った方がまだ生き延びられる可能性は高いはずだ!)

 シェルダムの姿が一瞬にしてかき消えるが、その体が上空で何かに弾かれ、落ちていく。


「結界だと?!」

 この王都にあった結界の魔道具は破壊したはずだ、つまり誰かが新たに張り直したのである。


「俺様が来たんだ、逃がさないさ」

 シェルダムの視界に赤髪の男が映るが、すぐに姿が消える。


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