第151話 帝国の企み

「こんな事をして、バルトロス様きっとお怒りだわ」

 イシスが心配そうな様子でそう言うと、カミュの背に背負われているリオンは力なく笑う。


「こっちだって滅茶苦茶怒ってるよ。兄様達と義姉様達を連れて行かれたんだから。それに身内にこんな契約魔法を使って従わせるなんて、信じられない」

 イシスはちらりと二コラを見る。


「二コラは良いの、変人だから」


「リオン様?」

 自覚はあるが、面と向かって言われると傷つく。


「でもこう見えて義兄になるわけだし、エリック兄様の忠実な従者だから、頼りにしている。いつもありがとね」


「……その言葉はずるいです、そう言われるとなにも言えないではないですか」

 二コラは口元を隠し、照れる。


 兄弟だけあってリオンはエリックに似ている、そんな人に褒められるとは満更でもない。


「それに二コラが生きているならば、エリック兄様も生きているという事だ」

 契約主が生きている限り、従属の魔法を掛けられたものは死なない。


(さっきは勢いでイシスの契約魔法を解いたけど。もしかしてそういう意図もあった?)

 その割には矛盾する。


 生かしておきたいのか、捨て置きたいのか。


 皇帝の本心がどうにもわからない。


「そこは大丈夫よ。エリック様が殺されることは絶対にないわ」


「どういう事?」

 人質にでもするという事かと思ったが、事実はもっと酷かった。






 イシスから帝国の計画を聞き、悍ましさに身震いする。


「いっそ殺される方だマシだね」

 いや、死んでも体があるならば駄目か。ルビアに操られるだけだろう。


 二コラなど怒りで正気を保てていない。


「あの女……パルスで息の根を止めておくべきだった」

 頭をガシガシと掻き、苛立たし気に地面を踏み鳴らしている。


「落ち着きなさい二コラ。まだ間に合うわよ、急ぎましょ」

 キュアも気が気ではない。


 レナンの身も心配だ。


 汚らわしい皇帝に触られていないか、悪い方への想像が尽きない。


「手遅れになる前に急ぐですよ」

 マオも焦る。


 どうして心優しい人がそのような事に利用されなくてはならないのか。

 自分を妹のように可愛がってくれたあの二人には幸せになってもらわなくては。


「私の話を嘘だとは思わないの?」

 ぽつりと漏らしたイシスの言葉に注目が集まる。


「時間稼ぎをしているかもしれない。嘘をついて動揺を誘い、撹乱しようとしているかもしれない。そもそも私は敵よ」


「今更そんな事は思わないよ」

 皇帝に切り捨てられ、絶望していたイシスが今更帝国につくとは思わない。


「兄様が生かせと言った、だから僕は君の事も守る。アドガルムの名において」


「軽々しくそういう事を言うものではないわ!」

 驚いたイシスが身を引いたが、拘束されているし、オスカーが捕まえているので動くことが出来ない。


「少なくとも今は手助けをしてくれる仲間だと思っている。皇帝の思惑も知れたし、あの矛盾した行動も強さもわかった。そして対策も」

 真っ向からイシスの事を見る。


「君には感謝している。もしも生きて国へと戻れたら恩赦を貰えるようにと、アルフレッド陛下に進言するよ、約束する」


「馬鹿な。我々は大勢のアドガルム兵を殺したのだぞ?」


「戦争だ。それを言えば僕だってたくさん帝国兵を殺した。家族がいるだろうに多くの人の命を奪った。仕方ないとはいえ、罪は背負っていくし、出来る限りの賠償はしていく。それが務めだと思っているよ」

 決意あるまっすぐな瞳にのまれそうだ。


(この王子は本当に純粋な人ね……)

 初めてあった時から嫌いだった。


 ひねくれているのにこういう時だけ真摯で誠実であろうとする。


 そして自分の事から逃げ出したりもしない。


「……あなたも充分王に相応しい素質を持っているわ」


「そんな事ないよ、兄様達に比べたらまだまだだ」

 ふと見せる劣等感。


 いつまでも兄という呪縛にこの人も捕らわれている。

 僅かな親しみを感じた。


「アドガルムには私の兄達も攻め入っている、アドガルムが無事な保証はない。恩赦どころか帰る国もなくなっているかもよ?」

 胸に去来した想いを振り払うように、少々皮肉めいた事をいうと、サミュエルが口を尖らせて反論する。


「アドガルムには偉大な魔術師がいるので、けして敗れることはありません。それに剣聖と呼ばれる強い騎士とそのご令孫様がおります。けして負けません」


「あなた、誰?」

 急にサミュエルに詰められ、イシスは思わず驚いた。


 初めて話すサミュエルに目を細める。


「僕の部下だ。悪い奴ではないよ」

 興奮するように前に出たサミュエルを宥め、リオンはイシスに言う。


「君のお兄さんもなかなか強いようだけど、アドガルムにも手練れはいるから心配ない。それに援軍も来たようだし」

 先程ティタン達の状況を教えてくれたもの達から、追加の情報を聞いていた。


「有難いことにね、パルスやシェスタ、そしてセラフィムからも応援が来たんだ」

 彼らはとても目覚ましい活躍をしてくれているらしい。


「そんな敗戦国からの者達に、兄が負けるはずがない」


「前回と今回では状況が違う。今の彼らは明確に守りたいものがあるから強いよ、絶対に負けないさ」

 嫌々参加した戦とは違う。


 アドガルムを墜とさせないことは、自国と民を守るのに繋がる。


 家族と、そして自分達の平和を守るためならば、やる気も気力も気迫も違うだろう。


「ではイシス、皇帝のところに案内して。皆でくそ野郎をぶっ飛ばそう」

 人の好さそうな顔でおおよそ王族らしくない事を堂々という。


 こういう所に親しみを感じ、人心を掴んでいくのだと思われた。


 イシスが惹かれるものを感じているとマオがそっとリオンの腕にしがみつく。


「あげませんよ」

 猫のような吊り目を更に吊り上げ、マオは威嚇するように口を尖らせた。


「そ、そんなつもりはない」

 イシスは若干どもりながら顔を逸らす。


 リオンの人たらしには困ったものだとカミュは内心でため息をついた。




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