第152話 皇帝の秘密

「……」

 エリックは静かに声も出さずに目を開ける。


 体は痛くないが動かせない。手枷と足枷を付けられ、椅子に座らされていた。


 ぼんやりとした頭がはっきりしてくる。


「起きたか」


「バルトロス……!」

 睨みつけ、怒りのままにエリックは暴れた。硬い枷はびくともしないが、腕や足が擦られ、血が滲んでいく。


「レナンをどうした! 彼女に何かをしたら許さない!」

 外れることはないが、暴れる度に傷が増える。だがエリックにとっては痛みなどどうでもいい。手が千切れようが足がもげようがこの拘束から解放されればいいのだ。


 レナンに何かをしたらただでは済まさない。


「落ち着け、折角傷を治したのにまた傷だらけではないか。お前は氷の王太子なのだろ?」

 感情のまま行動するエリックをバルトロスは見下ろす。


「煩い!」

 そんな肩書など知ったことか。


「落ち着いてください、エリック様」

 そっと傷ついた腕に温かな温もりを感じた。

 聞き覚えのある女性の声だが、ここで聞くはずがない人物だ。


「ミューズ?」

 何故ここにいる? ティタンはどうした?


 その言葉はバルトロスの後ろに控えるティタンを見て飲み込まれる。

 虚ろな弟の目と、微笑むミューズを見て、エリックは冷静さを取り戻した。


「俺の弟と義妹をも取り込んだか」

 エリックは歯を食いしばり、抵抗を止める。


 操られているだろう二人を見て、早急に算段をつけなければいけない。


(皇帝が俺を生かしているのは操るためであろう。だが死んでもルビアなら操られる。今自害するのは得策ではない)

 体を動かせないならば会話をして時間を稼ぐしかない。


「これからどうするつもりだ。俺を人質にアドガルムを墜とすのか?」


「墜としたりはしない。できれば平和的解決を望んでいる」


「戦を仕掛けてきて何を言う。沢山の人が死んだんだ、これではもう平和的に解決など出来やしまい」


「やり様次第だ。それにアドガルムとて無闇に犠牲を払いたくはないだろう?」


「無用な戦いは避けたいが、今アドガルムにいる皇子達もそう思っているのか? 彼らは平気で民も兵も犠牲にしている。戦を止める気はないのではないか」

 皇宮に入る前に皇子たちの凶行は聞いている。しかし引き返すよりも大元である皇帝を討ち倒すべきだと判断した。


「俺が言えば即座にやめるさ。俺の言う事は絶対だ」


「そんな事を信じられるか」


「逆らえば死ぬのにそんな事をするか?」


「……」

 皇帝の力を実際に受けたエリックは口を噤む。


「家族すらも粛清対象なのか?」


「どうかな。対応次第だ」

 ふふっと笑い、エリックにそっと手を伸ばす。


「いい身体だ」

 バルトロスに触れられ、怖気が走った。


 ミューズの身体に入ったルビアもうっとりとエリックの顔を見つめていた。


「触るな、俺に男色の気はない」

 押さえつけられた体では抵抗もろくに出来ない。


「そのような意味ではない。器として使うのに最高だと言っているんだ」


「器だと?」

 余計に鳥肌が立つ。この体をいいように使われるというのか。


「その体をバルトロス様の為に貰い受けるわ。魔力も豊富で、まだまだ若い。これからの帝国の為に役立つわ」

 ルビアがエリックの頬に触れると、その背後からティタンが殺気を放つのを感じられた。


 いくら操られているとはいえ、許せない事らしい。


(随分溺愛してるのね。魔法が解けそう)

 ティタンの魔力は低いとはいえ、何をきっかけに破られるかわからない。


 あまり刺激をしないほうが良さそうだ。


「バルトロスの魂を移すということか? だが、それではその身体は死ぬんじゃないか?」


「いいえ、そんな事はないわよ。バルトロス様の身体にはもう一つの魂があるもの」

 一つの体に二つの魂。それがバルトロスが甚大なる魔力を持つ理由で、帝国最高の秘密であった。



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