第129話 イシスの戦法

 エリックの攻撃で訓練場の地面が大きく隆起し、地形が変わる。


 差し迫る氷の刃は二人を貫くことは出来なかったが、分断することは出来た。


「お相手をお願いしますね」


 二コラが風を纏い、ギルナスに向かっていく。


 目で追える速さではない、しかし途中で二コラは急に方向転換をし、ギルナスを避けた。


 キラキラとしたものが目の端に映ったので、咄嗟に風を纏い、周囲を切り刻みつつ上に飛んだのだ。


「そのような攻撃もあるんですね」


 空中に浮かびながら、二コラは己が斬ったものをパラパラと落とす。


「さすがね、あちこちに張っていたのに気づかれるなんて」


 イシスはふぅっとため息をつくと二コラを睨みつける。


「自滅してくれたら早かったのに。さすがにこの人数を相手にしたら疲れてしまうもの、さっさと死んでくれないかしら」


 そう言ってイシスはエリック達に向かって手を翳す。


「もう終わりよ。全て整っているわ」


 無数の糸が訓練場に張り巡らされていた。それらがイシスの合図で迫ってくる。


「下がれ! 死ぬぞ!」


 オスカーとキュアが兵達を守るために魔法を繰り出した。


 ニコラは自力で糸を切るが、目に見えない程の細い糸に兵たちはついていけない。


「クソが!」


 助けきれなかった周囲のアドガルム兵が細切れにされていく。


 手助けに奔走するが、隣の仲間があっという間にバラバラにされるという恐怖に恐慌状態だ。


 逃げ惑う兵達はそれぞれ動くので助けきれない。


 エリックが手を翳し、アドガルム兵ごと周囲の糸を凍らせていく。


 新たな糸も氷に阻まれて兵を切れない。


「硬度を強めた。その糸ではもはや切れないだろう」


 傷口の止血も兼ね、腕や足などを切り落とされた兵も一部凍らせる。


「治癒師、急げ! 助かるもの達はまだいるはずだ!」


 エリックは冷気を生み出すと自ら前に出る。


 被害を悔い留めなくてはならない、それならば最大の囮は自分だ。


「俺と遊ぼう、なぁ皇女殿」


 エリックは氷の矢をイシスに向かって撃ち出していく。


 イシスは防御壁を張り、それらを弾くが余裕の表情だ。


「嬉しいわ」


 エリックが迫っているのにも関わらず、不敵な笑みだ


 その時地面が揺れる。


「こういう攻撃はどうかしら?」


 イシスが合図をすると、エリックの体を捕まえようと下から黒い影が伸びてきた。


 それらを避けるためにエリックは横に跳躍するが、執拗に影は追いかけてくる。


「カミュの魔法と似たようなものか?」


 そこまで強いようには見えない、キュアの光魔法を当てればすぐに消えるだろうな。


(だが……)


 キュアには回復とそしてレナンの護衛を任せてある。


 オスカーも共に来てくれているが、草魔法での対抗は難しいようだ。


「どうしましょうーエリック様ー?!」


 オスカーはキャアキャア言いながら逃げ惑っている。


「うるさいですね」


 遠くでギルナスと斬り合う二コラの声が聞こえた。


 オスカーの甲高い声はとても響く。


「情けない護衛騎士ね。どうしたらこんな男のなれの果てのようなものを、連れて歩く気になるのかしら」


 イシスも呆れたような声を出した。


「……そうだな」


 エリックもつい苦笑してしまう。


「皆酷いわ!」


 泣き真似をしながらもオスカーは訓練場を駆けまわっている。


 やけになっているようにも見えるが、気づかれないようにあちこちに種を蒔いている。


 この場を自分のフィールドにしようとしているのだろう。


 だいぶ余裕はあるように見える。


 糸も影もオスカーを傷つけることも捕らえることも出来てはいない。


 そして自ら囮を買ってくれている、あまりの煩さに、ギルナスもイシスもその存在を気にしているようだ。


「前面に出た俺を慮ったか」


 オスカーとてエリックだけを戦わせるわけには行かないと、考えたのだろう。


 見た目もそして性格も煩いオスカーは二コラの方にまで足を伸ばす。


「邪魔をするな!」


 ギルナスの一撃を軽く避け、しなやかな動きですぐさま飛び退る。


「ごめん遊ばせ」


 オスカーはそう言うとようやくイシスの方に向き直る。


 あれだけ動き回ってもまだ息は切れていない。


「エリック様、お待たせしました」


 準備が出来たことを知らせる。


 影による攻撃を避けながら、エリックもイシスの方に近づいていた。


 近づくにつれ攻撃は激しくなるが、お互い決定打はない。


「大口を叩いた割にはこれで終わりか?」


「まさか。まだまだこれからよ」


 イシスの姿がかき消える、気づけばギルナスもだ。


 そして雷鳴が轟き、訓練場内は凄まじい音と光と熱に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る