第72話 嫉妬と決心

「戦の後、アドガルムには他の国の捕虜が多くいた」

 詰め寄られたティタンが話し出したのは、結婚直前の話だ。


「シェスタ国の事は知っているか? 騎士と聖女の国なんだか」


「確か男性は騎士として剣の腕を磨き、女性は聖女として治癒師の腕を磨くという国ですよね」

 魔力の特性上、性別で決まることは少ないものなのだが、あの国では高い確率でそう分かれる。


「必ずではないがその傾向が強かった。初代とされる国王と王妃がそのような力に長けていたかららしいが。だから力が強く剣の腕に長けた男性や、回復に優れた女性が偉いとされ、尊敬される」

 攻守のバランスが良く、国の繁栄にも良い影響を与えていた。


「他国の文化を悪しくは言いたくないが、その傾向から外れるものは除外しようとしたり、力の弱いものを見下す事がある。アドガルムではそのような事はしないが、シェスタでは平気で弱者を見捨てる、あり得ない」

 マオへの対応が良い見本だ。


 道を外れたものを認めることはせず、蔑んでしまう狭量な国。


「人の価値はそんな事では測れないわ」

 正直シェスタ国の考えに好意は持てない。


「そんな国が俺みたいなのを知ったらどう思う?」

 剣の達人で、多くの武勲を立て、シェスタの騎士達も打ち負かした。


 強く逞しく、そして王族である、理想とも言える男性だ。


「ぜひ自国に来てくれ、とかでしょうか?」


「まぁそのような事を言われた。俺の妻になりたいと」

 むぅっとミューズは口を尖らせる。


「それで、なんと答えたのですか」

 過去にヤキモチを妬いてもしょうがないけど、感情は止まらない。


「もちろん断った。あまり知らない者を妻になんてしたくなくてな」

 やけに今日は感情を露わにするのだなと、責められてるのに嬉しくなる。


 あのような口論をして、また少し距離が縮まった、もっと近づいていきたいものだ。


「私とだって政略結婚だし、一日で決めたじゃないですか」


「あまりにも可愛らしかったから連れて帰りたくなったんだ、後悔はしていないぞ」

 面と向かって言われると、分かってても照れてしまう。


「その妻になりたいと言った人に、少しは惹かれたりすることはなかったのですか」


「ないな。我儘で自分の力を自慢するような女は好かん。それに俺にはもうミューズがいるし、君しか見えない。愛のない結婚なんてしなくてよかった」

 おいで、と促されてミューズはティタンの膝の上にちょこんと乗る。


 最早見慣れた光景なので、ルドもチェルシーも同じ部屋にいるが何も言わない。


「求婚してきたものはシェスタ国のユーリ王女だ」

 会ったこともない相手で、どのような人かもミューズは知らない。


 マオが外遊から帰ってきたら聞いてみようかな。


「彼女は治癒師として戦に参加していた、確かに魔法は凄かったが」

 リオンの身体異常を引き起こす魔法に惑わされて他の回復に回ることが出来ず、捕虜としてアドガルムへと来た。


「驚いた。あんなにも高飛車な女性は初めてだ」

 もとよりティタンは他国への外交などほぼほぼ行かないし、他の国の王族とも女性との交流も少ない。


 そんな中で、

「結婚してあげてもいいわよ」

 などと言われて、したいなんて思うわけもない。


「いくら美人でもお断りだ。何より俺はシェスタに良い印象を持っていない」

 直属の部下の出身がシェスタ国だ。


 彼らが受けた傷を思えば、どうしてもその国から娶りたいとは思えなかった。


 それより何よりミューズが気になったのは、その一言。


「美人なのですか、その人は」


「客観的に見ての話で、俺の好みではない。ミューズの方が綺麗だ」

 慌ててミューズを抱きしめる。


「俺にとっての一番の美人はミューズだ、愛している」

 落ち着いてくれればと抱きしめる腕に力を込める。


 温もりと温かな言葉に、少し激情が収まってきた。


「……もやもやするのです」

 ミューズの声がしおらしくなる。


「過去は変えられないし、その場にいなかった私には言う資格もないのに、それでももやもやが止まらないのです。この気持ちはどうしたらいいのでしょうか」

 こんな事は初めてだ。


「本当はわかってます。どうしようもないってことを。でも寂しくて悔しい、私の知らないティタン様を知っている方が羨ましい」

 ティタンと会って、初めて知る自分の醜い部分にずっと戸惑っている。


 激しく感情が昂ることも羞恥で動けなくなることも、こうして嫉妬が収まらないことも全てが未知なるものだ。


 そしてそれを押さえられないなんて。


 今まで受けてきた教育に真っ向から逆らっている。


 いけない事なのに、全然抑えが効かない。


「何でも俺に言ってぶつけてくれ。知らないところで悩まれるよりも断然いい。本音を聞けば聞くほど、信頼されているというのがわかって嬉しい」


「嫌ではないですか? これこそ我儘なのでは?」


「好きな人の我儘なら、いくらでも聞いてあげたくなる。それにミューズの我儘は俺を好き故だろ? 君は肩書きや地位に目も眩まずに俺を見てくれているんだ。そんな大事な人に甘えてもらうなんて、嬉しいに決まっているだろう。俺もミューズの周囲に男を寄せないようにしている、嫉妬深くて我儘なのは俺の方だ」

 ルドやライカ、それにセシルなど信頼しているものしか寄せ付けない。


「俺以外と結婚していたらどうなっていたか、もっと幸せになっていたのではないかとあり得ない未来を想像して、一人落ち込むこともあった。だが、それらは考えても詮無い事だ。今目の前の幸せにしっかりと向き合う事が大事だと思っている」


「目の前の幸せ……」

 居もしない者の事を考えるのではなく、目前の人を信じる事だ。


「その幸せを戦で無くすわけにはいかないから、残って欲しかったのだが、それも難しいよな」

 何を言ってもついてくる気ならば、せめて近くにいて欲しい。


「体力づくりと、魔法の腕をもう少し磨いてくれ。これからだって何が起こるかわからない、身を守る術をもっと身につけておけば、多少リスクも減らせるだろう」

 体力づくりについては師のシグルドに相談をしてみよう、魔法については防御魔法に長けた、サミュエルにお願いするのがいいかもしれない。


「そうすれば私も一緒に行けますね」

 ミューズはぐっとやる気に満ちた顔をする。


 先の戦はセラフィムが攻める立場となったが、今度は防衛線だ。


 やむを得ない事だし、次こそただ見てるだけなんて嫌だ。


 被害を少しでも少なくできるよう、ミューズも自身の魔力を有効活用したい。


 人を助ける為、その為にこの力はあるのだろうから。


 そして大好きな人の役に立てるなら、いくらでも頑張るつもりだ。


「無理だけはしてはいけない、そうなればまたセシルと共に後方待機だ」

 もう連れていかないとは言われなかった。


「絶対に役に立って見せます!」

 やる気に満ち溢れたミューズの顔を見て、静かに見守っていた従者たちもホッとする。


 ようやく仲直りだ。










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