第73話 ユーリ王女の求婚

 また来た書簡にうんざりした。


 いくら断ってもくるのだ。


 エリックも続く検閲にため息がでる。


「シェスタの王に苦情を入れても止まぬか……」

 ユーリ王女の何度目かもわからぬ恋文に、エリックもさすがにうんざりだ。


 戦にて治癒師として参戦していたユーリはとても回復魔法に優れていた。


 さすが騎士と聖女の国と呼ばれるシェスタの王女であるだけに、並々ならぬ魔力と高位の回復魔法の使い手だ。


 王女だし女性だしと、捕虜として捕えてもけして酷い待遇にはさせなかった。


 そこを何と勘違いしたのか。


「私は優遇されている」

 と声高に宣言していた。


 そしてあろうことかティタンに惚れ込んでしまう。


「優秀な治癒師である私と、強い騎士のティタン様なら絶対に相性がいいですわ」

 と言って聞かなかった。


 もちろんティタンは断るし、シェスタ国から娶る王女はリオンに選ばせてユーリ王女は返品したのだが、未だに納得していない。


 今からでも遅くない、自分を妻にしろ、これから帝国との戦があるから尚更必要だろう、と強気なのだ。


 戦力としては頼もしいが、この調子でこられては士気に関わる。


 ティタンを慕うものは多く、その彼の鼓舞は戦況に大いに関係する、それがこの女の邪魔で台無しにされては困るのだ。


 何よりミューズがいる、入り込む余地も力も要らない。


 ミューズの回復魔法も高位のものだし、何よりティタンの妻だ。


 ミューズがいた方が、より一層力を発揮出来るだろう。


「頭が痛くなるな」

 押しの強い女はエリックも苦手だ、若干母を彷彿とさせる


 エリックは痛む頭を揉みほぐしながら、厄介な案件に悩んでしまった。






「ユーリ、またアドガルムに勝手に書簡を送ったのか」

 普段温厚なグウィエンが妹を咎める。


「あらお兄様どこでそれを?」


「アドガルムへ向かう使者がいたからそうだと思った。いい加減にしろ」

 身長の高いグウィエンは迫力がある。


 だがユーリも負けていない。


 琥珀色の髪をした褐色の肌を持つ美丈夫グウィエンと、白に近い絹糸のような銀髪を持つ褐色の肌の美女ユーリは紛うことなき実の兄妹。


 だが、全く異なる性格をしていた。


 グウィエンにとって妹はもちろん可愛いものの、どうしても諌めなきゃならない事が多く、辟易している。


「ティタン殿に懸想するのも大概にしろ、彼はもう結婚したんだぞ」


「あら、政略じゃない。それならすぐに奪い返せるわ」


「捕虜としてアドガルムに居たときも拒否されたではないか。今更受け入れるとは思えん」


「だけど帝国との戦では私の力が必要でしょ? 彼は前線で戦う戦士、私の回復魔法で癒してあげないと」

 うっとりとするユーリに、ため息が出てしまう。


「アドガルムにも優秀な治癒師もいるだろう。ユーリじゃなくてもいいはずだ」


「私はこんなに美しいのです。あのような捕虜としてではなく、こうして着飾って会えば、必ずや虜にしますわ」

 確かに見た目はいい。


 胸もあるし、お尻も大きく、しっかりとしたくびれもあって豊満な体だ。


 身長もあってスタイルも整ってはいる。


「性格が悪いだろうが。だから帰された」

 実の妹だからこそグウィエンは言った。


 捕虜として捕らえたユーリを差し置いてマオを選び、国に返されたのだ、つまりユーリは必要とされていないということになる。


「輿入れの準備をするため帰国させてもらえたのですわ。そうでなければマオのようなハズレ王女を選ぶなんておかしいもの。返品ありきの婚姻でしょ?」

 リオンが聞いたらまた怒りそうな言葉だ。


「最初はどうあれ、彼らは仲睦まじいと聞く。王女達の母国が侵略を受けたとき、彼らは妻のためと戦いに自ら身を投じていた。愛しているのだよ」

 なぜそれがわからないのか。


 グウィエンも頭が痛くなる。


「では側室を許しますわ。そうすればその女も追い出さなくて済むから心も痛まないでしょう」


「アドガルム国はずっと側室を置いていない。それに側室を置くのは王や王太子だけだ、第二王子であるティタン殿はそんな事は出来ない」

 無作為に王族の血を蒔くからわけにはいかない、シェスタですら許可されていない事だ。


「では愛妾にすれば」


「そんな事、彼らの前で言えば殺されるぞ」

 あの時のリオンの目を思い出す。


 笑顔なのにその目は静かな怒りを讃えていた。


 他二人の逸話も聞いている。


 エリックはレナンのために城と街を氷漬けにし、ティタンは妻を助けるために結界で守られたドアを壁ごと破壊したと。


 そんな愛妻家の王子のもとへ好きでもない女が引っ掻き回しに行ったら、激怒される事は確実だ。


 下手したらシェスタ国は見放される。


 マオを大事にしてこなかったシェスタは、ただでさえ優先度が低い。


 帝国も人質取りに来なかったし。


「これ以上書簡を出したり余計な事をするならば、王家もお前との縁切りを考える」


「えっ?」

 さすがのユーリも目を見開く、


「わかってるか? それだけヤバい事なんだ。既婚者に声をかけることもいけないことだし、まして相手は王族だ。お前の地位が高くても、ティタン殿のほうが高いから従わなくてはいけない」


「そんな大袈裟な。だって私は王女で魔力もあるし、スタイルもいい。それにティタン様の配偶者よりも地位があるもの」

 ユーリはミューズが回復魔法を使えるとは知らない。


 精々小国の王女だとしか考えていなかった。


「俺は残念な美女だと思ってる。自分の立場を理解し、もっと周囲に目を向ければ幸せになれるだろうに」

 ユーリは兄の言うことが分からなかった。


 シェスタ国にはティタン程の剣の使い手はいない。


 なれば騎士と聖女の国の王女として、相応しいものを夫にと望むことの何がいけないのかと理解していないのだ。


 だが兄は王太子だ、その発言力は大いに強い。


 おそらく本当に実行されてしまうだろう。









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