第74話 素直になろう
アドガルムにはまだ帰国をせずに、諸外国を回っているのだが、リオンはあまりマオの元に訪れなくなった。
来ないとなれば、逆に気になって仕方がないのが人間だ。
「会いに行ったらいいんじゃないですか?」
護衛騎士ウィグルの言葉にマオはぶんぶんと首を横に振る。
「何だか負けたみたいで嫌なのです」
夜は一緒の部屋で眠るが深夜だし、へとへとで帰ってきて、すぐに休んでいる。
しょっちゅうサミュエルの薬湯を飲んでいることからも疲労が伺えた。
ただでさえ異国の地で体力と精神を削られており、移動の馬車内でもリオンはマオの隣に座るもののすぐに寝入っていた。
とても頑張っているのだ。
(全く何をしてるんでしょうか)
帝国への対策で、リオンは必死で自分に出来ることを考え実行し、この少ない時間をフルで使っているのだ。
頑張り屋過ぎて見ていられない。
これは意地を捨てて一言言わなければいけないだろう。
「カミュ、少しは主を休ませることは出来ないですか?」
呼び出したのはリオンに一番近い従者だ。
「リオン様の仕事を俺が邪魔することは出来ません」
気遣うでもない、平坦な声。
リオンが働くのを止める気はないという雰囲気だ。
「役に立たない従者ですね。それでリオン様が倒れたらどうするですか?」
「それでもリオン様がお望みならば止めません」
カミュの言葉にマオは顔を歪める。
「それが忠臣の言う言葉ですか? 信じられないのです」
マオの言葉にカミュは表情すら変えない。
「お言葉ですが、マオ様。本来ならばあなた様がリオン様を諫める立場ですよ。あなたは配偶者兼仕事上のパートナーなのですから」
「うっ」
痛いところを突かれる。
「俺達はリオン様を支える立場ではありますが、対等ではない。対等に言える立場なのは今のこの場ではあなただけです。そしてこの話も俺を通さず、直接リオン様に進言すれば事足りるはずですが」
カミュは静かに話す。
「リオン様の事を本当にお嫌いなのではないでしょう。何故自ら話をしにか行かないのですか?」
話もしない、顔も見に行こうとしないマオにカミュは問いかけた。
「嫌いではないです、でもぼくには荷が重すぎるです。何もかも」
隣に立つにはマオは自分では実力不足なのを感じていた。
知識も経験も、技術もない。
だからこうして、距離をとり、現実から目を背け続けている。
真っ直ぐにリオンの側に立つには、自分では足りない。
「あの二コラの妹なのに、ずいぶん覚悟が出来ていないのだな」
カミュがあざ笑う。
「いつまでそうやって逃げてるつもりだ。穏やかな日々を得たいならばさっさと動け。そうでなければ俺が排除するぞ」
向けられた殺気にマオは剣を取り出した。
「縋りつくだけならばどこぞの女でも出来る。そうでありたくなければ、いい加減現実から目を逸らさずに、為すべきことを為せ」
カミュは変わらぬ淡々として口調だ。
「恩を仇で返すなど、二コラはしなかった。その妹であるお前がその体たらくとは……兄の評判すらも貶めるつもりか?」
マオの頬が朱に染まる。
「兄は関係ないです!」
「そうはいかん。あいつも同罪だ。お前の生活費、いくらかかっているか知ってるか?」
「はうっ!」
痛すぎる一言。
泊まっているところから衣類費、食費など、当たり前だが、かなりかかっている。
「全てはリオン様の善意。これが本物の猫なら可愛いが、お前は人間だ。真面目に働け」
それはリオンの手助けをもっとしろという事か。
「まずはリオン様を休ませるように誘導する事だ。その後は適宜やる気を引き出させれば充分恩に報いる、ちなみにこれらの話を告げ口しても構わん。俺の代わりはいくらでもいる」
カミュはようやく殺気をひかせた。
「ではマオ様、話は終わりですね。俺はリオン様の元に戻らせてもらいます」
「待つです、一緒に行くです」
今更一人でリオンのもとに顔を出すのは気恥ずかしい。
カミュと一緒に行った方がまだマシだ。
「くれぐれもリオン様をよろしくお願いします」
打って変わって恭しい礼をされる。
主も従者も腹の底が見えないものだ。
「カミュお帰り。変な事はしてないだろうね。あれ? マオも一緒に来てくれたの?」
驚いた顔と声、その後嬉しそうに破顔している。
「珍しいね。サミュエル、お茶を淹れてもらえるかな。あぁでも書類片づけないと」
カミュと一緒にテーブルに広げていた書類を重ね始める。
「ごめんね、せっかく来てくれたのに散らかしてて。なかなか終わらなくてね」
リオンの目の下には隈がある。
薄っすらとだがここ最近ずっとあって、なかなか消えることはない。
「沢山仕事あるですね」
「大丈夫、何とか終わるよ」
一緒に座ってリオンもお茶を飲む。
「次に行くリンドール国には有名なスイーツのお店があるらしいよ。ウィグルとサミュエルに場所を教えるから、ぜひ行ってみるといい。レナン様とミューズ様へのお土産を買うのもいいかもね」
笑顔でそう言ってくれるが、疲れた顔に心配になる。
「それならリオン様と行きたいです」
リオンの動きが止まった。
「僕と?」
まさかの言葉だ、誘われるなんて思ってなかった。
「そうです、デートです。一緒に行くですよ」
マオはにこっと笑う。
リオンの顔が目に見えて明るくなった。
「嬉しいな、そうなるともう少し急いでこれ片づけないと。徹夜すれば行けるかな」
一気にお茶をあおり、リオンは書類に目を通し始める。
「ぼくも手伝うです」
「え?」
リオンはまた動きを止める。
「嬉しいけど、どうしたの? まさかカミュに言われた?」
「働けと言われたです」
隠すことなくマオはあっさりと告げ口する。
「カミュ、僕はマオには書類仕事はさせないでいいよと言ったんだよ。外交で充分頑張っているんだから、これ以上はさせなくていい」
流石にあんなにも慣れない勉強をさせていたのだから、他の仕事くらいはリオンが受け持つ気でいた。
「俺は自分の仕事をしてくださいと言っただけです。あとリオン様を気遣うならば、ご自分で話してくださいといいました」
「気遣う?」
マオはリオンの疑問の声を無視して、手を引いてベッドに誘導した。
「こちらはぼく達でやるので、リオン様は寝てるです」
横になるよう促す。
「でも」
「少しは甘えて下さい」
頭を撫で、毛布をかけてあげる。
「倒れられたら皆もぼくも心配なのです。今はとにかく休んで」
マオの優しい笑顔を見て、リオンも微笑んだ。
「添い寝は?」
「黙って寝るですよ」
瞬時に真顔に戻られ、顔まで毛布を掛けられる。
「ありがとね」
リオンは毛布の中からお礼を言った。
(何? 何があったの?)
急なマオの心遣いに顔が火照る。
きっと今は赤くなってしまっているはずだ、顔を見せられない。
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