第75話 危機感と打開策

「さて、カミュ。仕事教えてほしいです」

 マオがリオンの代わりに書類を見るが、全くわからない。


 どこからどう進めたらいいものか。


「これから行くリンドールについての資料をまずはお読み下さい。それとこの前のシシルの現状と報告書の見直し、そして添削。清書は俺がしてリオン様に最終確認してもらい、印を押して貰います。こちらはこれから向かう国の情報についてなので、手が開いたらマオ様もお読み下さい」


「思ったよりもめんどくさいですね」

 早速やる気をなくすマオに、カミュはあからさまな軽蔑の眼差しを向けていた。


「そこまでとは思いません。今までこれをリオン様や俺、そしてサミュエルで行なっていました。マオ様も働くと言いましたよね?」


「もっと軽めのからお願いするです、急にハード過ぎるのです」

 読めと渡された資料に目を配れば、見たことのない文字もある。


「それにこの辺りの文字はぼくには読めないのです、まだ早いのです」

 指さした書類を見て、カミュは顎に手を添える。


「これは現地にいるものがまとめたものなので、一部文字が混ざってますね」

 現地に住む諜報隊から送られた文書だ。


 中から見た国の様子が書かれている。


「ではマオ様はウィグルと共にお願いします、彼は複数の異国の字の読み書きが出来ますので、教わりつつ進めてください」


「ウィグルはそのような事が出来るのですか。凄いのです」


「そうですね。有り難いと思っています。騎士として剣の腕もたちますが、謙虚で語学に精通している。リオン様やマオ様の補佐として俺も期待しています」

 ウィグルへの好感は結構あるようだ。


「本人に伝えたら喜ぶのではないですか?」


「そうですね。まずはマオ様の補佐として成果を上げたら、考えましょう」

 マオの働き次第でさらにウィグルの評価が変わるようだ。


「責任重大なのです」

 自分はともかくウィグルの評価アップは大事だ、気安く話が出来る者は手なずけておきたい。


 カミュもサミュエルも寡黙過ぎるのだ。


 特にサミュエルはここまで付き合いがあるのに、いまだ顔すら見せてくれない。


 今も黙々と仕事をするだけで、話もない。


「それで書類見えるですか」

 敢えて話しかける。


 目深に被られたフードと仮面で表情もわからないが、これで恋人がいるらしいので驚きだ。


「大丈夫です。見えてますから」

 ペコリと頭を下げてしまい、ますます顔を見る機会が遠のいてしまう。


「サミュエル、ウィグルも呼んできてくれ。マオ様のやる気がこれ以上なくなる前に片をつけよう」

 サミュエルは静かに退出していく。


「カミュは彼のフードの下を見たことあるのですか?」


「あります。ですがあまり詮索なさらないようにお願いします、サミュエルが見せたくないならば、無理に暴くのは良くない」

 マオも含めてだが、複雑な者がリオンの周りには多いものだ。


 だからこそリオンも捻くれてるのかもしれない。








「ぼ、僕も一緒に書類仕事をいいのですか?」

 急に呼び出されて来てみたらそんな話だ、見ればリオンの寝顔が見える。


「リ、リオン様の寝顔!」

 思わず興奮してしまった。


「あまり煩いとリオン様が起きてしまうですよ」

 流石にマオが咎めるとサミュエルが手を上げる。


「リオン様の周囲には防音魔法を張りました、殆どの音は聞こえません。ですので積極的に意見交換してもらって構いません」

 そう言うとサミュエルはまた仕事に戻る。


「サミュエルは何の仕事をしているのです?」

 なるべく仕事をしたくなくて、引き延ばすように別な話題を振った。


「転移魔法についての見解と、実際に使ってみた感覚、そして帝国の今後の動向についての推測をリオン様と共にたてていました」


「帝国の今後の動き?」


「最初に来た皇子達や騎士団一行、おそらく転移魔法にて来国しています。帝国からアドガルムに来るにはパルス国を通るしかないのですが、彼らが通った形跡はなかった。おそらく大規模な転移魔法を展開して、どこかの場所に転移し、そこからアドガルムに来たのでしょう」

 そしてわざわざ宣戦布告をするためだけに、あのように来るわけがない。


 戦の宣言と、エリックの足止め以外でも意図があったのではと考えられていた。


「まだ不確定ですが、転移魔法を使うために皇子達はわざわざアドガルムの地を踏みしめに来たのです」


「何故ですか?」


「転移魔法の目的地は一度行ったことがある場所と考えられています」

 アドガルムへの転移を容易にするためにわざわざあのように謁見し、王城内に入りこんだ。


「それはかなりまずいのでは?」

 いつ攻めてきてもおかしくはない。


「そうです。なのでアドガルム王城にて大規模な結界を張って、侵入を防いでいます。本当は国中にも張り巡らせたいのですが、そこまで人員を配置するのは難しい。ですのでそのような魔道具を作れないか、急遽フェン様にも打診をしています」


「フェン?」

 聞いたことのない者の名だ。


「高い魔力を持つガードナー家の伯爵様代理です、魔力に優れ、その魔力を道具に込められるという特異な才能をお持ちの方です。その指輪も彼らの作った魔道具ですよ」

 マオのしている指輪を指す。


「王子様方の奥方様へそれぞれプレゼントなされたかと思いますが、そちらはつけているものを守るためのものです。危険を察すれば自動で防御壁が張られますが、聞いていませんでしたか?」


「知らないです、初耳なのです」

 せいぜいお守りだと言われたくらいだ。


「小さくとも効果の高い魔石を使用しているので、希少なものです。余程マオ様を大事に想っているのだなと思ってました」


「ふぅん」

 隠されていたことは腹立たしいが、あんなにも外すのを拒んだのはそういう事だったのかと改めて思う。


 全く回りくどい。


「そろそろ仕事をして欲しいのですが?」

 貴重な時間を無駄にして、とカミュはやや怒り気味だ。


 先輩の圧に気おされているウィグルと、単純に仕事をしたくなくて不貞腐れるマオだが、その後はしっかりと真面目に取り組み、まぁまぁ進めることが出来た。

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