義母が最凶な件について~私、シンデレラですけど婚約破棄して今は森の中で本当の幸せを謳歌してます~
夜野 舞斗
前向きシンデレラ
「アンタね、ここに拭き残しがあるよ」
義母は酷く厳しい目付きで、窓サッシに触れていく。彼女の指に私が取りきれなかった
ただ対象は私ではない。窓枠にある埃に対して、だ。彼女がすっと指を擦ったところから炎が上がっていく。埃は徐々に燃え尽きて、消えていく。
「お、お義母様……す、すみません」
彼女はぜぇぜぇと荒い息を吐きつつも手を横に振ってくる。「大丈夫」とのことだ。
私にとっては疲れるまで魔力を使わせてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「い、いえ……でも、私のせいで無理に魔力を」
またも厳しい眼光を私にぶつけてくる。しかし、それイコール彼女の意思ではない。彼女にとって怖い顔は生まれつきのものだそうだ。
「いやいや、にしても他は凄く綺麗じゃないか。後は窓のサッシをどうすれば掃除しやすくなるか、考えればいいだけさ……」
「お、お義母様! ありがとうございます」
たぶん、今の生活は幸せだ。
そう、王子様と一緒になった頃よりも。
私は父の再婚相手である継ぐ母と連れ子のお姉様にあまりよくは思われなかったよう。毎度毎度何かことあるごとに文句を言われる始末。家事をやっていてもバケツをひっくり返されるなど妨害を受けていた。
そんなある日、お城で行われるという舞踏会。継ぐ母は父が亡くなってから欲求不満だったからか、男ばかり求めて遊んでいた。お姉様達も村の結婚ブームに乗り遅れる訳にはいかないと、気を引き締めてドレスアップでお城へ向かうとのこと。皆、王子に夢中だったそう。
確かに私も王子様に興味はあった。
どんな生活してるのかなぁ、だとか。毎日美味しいものは食べれるのだろうか、暇な時は兵士と一緒に訓練でもやっているのだろうかとか。
ただ、まぁ、継ぐ母やお姉様が舞踏会と同じ時間に家事をやりなさいなどという命令をしてきたのだ。「舞踏会には行かせるものか」との意思が伝わってくる。そこまで執着心はないものの、お姉様や継ぐ母はニヤニヤしている。他人を蹴落とすことでのヒエラルキーが欲しいのかと思い、「あんまりだー!」と泣いてやった。彼女達も相当、楽しめたことだろう。笑いながら出て行った。
村が静けさに包まれた夜、私は一人家の中を掃除中。爪楊枝で床と床の隙間にある埃を取るのが地味に楽しい。
突然、家の戸を叩くものが現れた。素早い挙動で玄関の扉を開け、訪問者と対峙する。
「はぁい、新聞ならお断りですよー」
「いや、まだ何も言ってないよ」
私に声を掛けてきたのは、フードで顔を隠した女の人だった。だみ声からして、少し歳を取ったおば様と言ったところか。継ぐ母の知り合いだろうかと、最初は思っていた。
「お母様はちょっとお出かけ中です」
「いや、だから、あたしはシンデレラに用があるのよ」
「へっ、私ですか?」
驚いた。何の変哲もない私に用があるなんて、と。
「シンデレラ、舞踏会には行きたくないかい?」
「まぁ、行きたいと言えば、行きたいですね」
「そうだろそうだろ、じゃあ……」
この後、もろもろ家の中の掃除はネズミに任せたりだの、カボチャの馬車を用意したりだの。不思議な彼女は色々と用意をしてくれた。
服やガラスの靴も提供してくれるとの
「ご丁寧にありがとうございます。お代はいいのです?」
「いいのよ。舞踏会に行ければ! ほらほら、急いで急いで! 十二時になったら魔法が消えてしまうから」
そして、夢物語のような時間がやってきた。
私が目的地のお城の中で迷っていると、突然王子様が見つけて「一緒に踊ろう」などと言ってくれた。そして、踊りまくって十二時になるまで楽しんで。
魔法使いが言っていた十二時までには帰らせてもらった。しかし、帰る途中で何故かガラスの靴を落すというドジっ娘発動。ちょっと自分に呆れさせてもらった。
ただ、その靴があったせいで私の正体が王子様がときめいた相手であると判明。
めでたしめでたし……な未来は待っていなかった。
城の中で同棲しようという話になっている中、王子様は何だか仕事で忙しそう。結婚しても幸せになれるのか。
そもそも、だ。王子様は舞踏会に大勢の娘がいながら私を選んだ。これは酷い話だ。私はたまたま通りすがりの人に着るものを選んでもらっただけ。中にはたくさんメイクや衣装の研究をして、舞踏会に臨んだ子達がいたはずだ。継ぐ母もお姉様もそう。それなのに彼は私一人を美しいという理由で選んだそう。なんか、納得いかない。
ここには本当の幸せなど、なさそうだ。
王子様には残念だけれど、すぐさま婚約を破棄させてもらった。そのまま家へ直行。継ぐ母達は戻ってきた私に口を開けて驚いていたものの、すぐ笑顔に戻る。どうやらお手伝いさんが足りなかったよう。再び、前の生活に戻っていく。
最中、悲劇は起きた。
「お、お姉様……! お姉様がシンデルラになってしまわれましたわ!」
ある朝、毎朝欠かさずやっている「神への祈りを示す一日一回感謝の正拳突き」を偶然にもお姉様の一人にぶち当ててしまった。まさか、いきなり部屋の扉が開くとは思っていなかった。
彼女は白目をむいてヒクヒク言っている。ついでに床には「シンデレラ」とダイイングメッセージ的なものを書こうとしていたのだ。すぐさま足でメッセージを消し、逃げる準備をする。
二階なら窓から飛び降りれる。少々地面から遠いけれど、大丈夫か。
「ちょっと、何が起きてるの?」
もう一人のお姉様の声が聞こえてきた。不味いと思った私はそのまま家の窓から一気に飛び降りた。中から「ちょっと何で、アンタ私を思いッきし踏んだの!?」とか、「そこで寝てるのが悪いんでしょ!」とか喧嘩が聞こえてくるも今は気にしている余裕はない。
逃げて、逃げて、逃げまくった。
果てに辿り着いたのが、森の中にある一軒家。おとぎ話で見たことがあるようなお菓子の家ではないものの、それに準ずるような形をしている。
息が切れた私。そこから出てきた一人の青年が「大丈夫!?」とか言って、私を介抱してくれた。一つのきっかけから、たった今会ったばかりなのに愛情が深まっていく。
気付けば、私と彼は結婚していた。
同時に彼の母とも同居になると聞かされて少々ビクついた。厳格な方ではないといいのだけれども、と。しかし、予想は大きく外れていく。
「いいじゃないいじゃない。掃除もこんなにできるなんて!」
他の日に彼女は彼にこう言った。
「料理が得意な奥さんに認めてもらって、アンタも幸せ者ね!」
私ができない時は母が魔力を使って、色々熟してくれるのだ。そうして、三人で幸せな生活を送ることとなった。
ただ、この声、どこかで……。
気になった私は何も知らないふりをして、探ってみた。二人で一緒に料理をしながら会話をする。
「ねぇ、お義母様。昔、女の子を助けたこととかってありますか?」
「えっ……何だい、いきなり?」
「いえ。以前、村の娘が凄い魔法使いに助けられたーとかって言ったのを思い出して……この辺で凄い魔法使いって言ったら、お義母様だけですよね?」
「そんな、かいかぶらないでちょうだい。あの娘には悪いことをしちゃったね」
いきなり悪いことと言われて、私は包丁の動きを止めてしまった。何か酷いことをされてしまった記憶はない。
「な、何ですか?」
「だって、その子は確かに王子様に気に入られたかもしれない。それが本当に大切なことなのかって後で思ったのよ。あの時のあたしは今より、この貧乏な生活に飽き飽きしていて……それでいて、それなら誰かがお金で救われればいいと思って。村の中で一番お金を持っていなさそうな子を選んで、王子様に認められれば……少しは自分の生き方が誇れるようになるかと思って、やったのよ」
「へぇ……そうだったんですね」
「でも、後で、あの子にも怒られちゃったよ。『母さん、幸せってそういうものなのか?』って」
あの男もなかなか言うではないか。
ただ彼がそう言うのもお義母様が純粋に育て上げたからではなかろうか。
彼女は溜息をつきながら、不安を言葉に変えていく。
「今、あの子は幸せな生活を送れてるのかしら」
私はあの経験があったから、仄かな夢を消すことができたと思う。破滅に向かう悲しい夢を。たぶん、彼女の魔法がなかったら私の人生は永久的に変わることはなかったのだろう。今の生活も全然違う視点で見ていただろう。
今までの暮らしが楽しかったことを伝えられる位に力を込め、私は笑顔で告げた。
「大丈夫ですよ。絶対、幸せですって!」
義母が最凶な件について~私、シンデレラですけど婚約破棄して今は森の中で本当の幸せを謳歌してます~ 夜野 舞斗 @okoshino
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