★第6節目★

「はぁっ、はぁっ、はあぁぁぁっ・・・・・」


 両手両足を大の字に広げ、俺は床に身を投げ出した。


 剣道なんて、学校の授業で少し習っただけ。

 これと言って武道というものに縁の無かった俺は、いくらこん棒を手にしたところで手当たり次第に振り回して【モンスター】どもを叩きまくるしか能が無い。

 それでも、なんとかかんとか【モンスター】どもを蹴散らし、俺はようやくのことで目指す【城の最奥の部屋】の前まで辿り着いたのだ。


『助けて、ツヨちゃんっ!』


 心なしか、頭の中に響いてくる美沙の心の声が大きくなっているような気がする。


(この中に、いるんだな?美沙)


 そうは思うものの。

 恐らく、そこに居るのは美沙だけではないだろう。

 そこは、美沙を捕えた張本人であるところの【魔王】的なものもいるに違いない。

 だけど正直、俺の体はもうこの時点で限界をはるかに超えている状態。

 立つことでさえ、キツイくらいだ。

 こんな状態ではとても、【魔王】と戦う事なんて、できやしない。

 戦う事はできないけれども。


(美沙ひとりを、逃がすくらいなら)


 思いかけて、小さく頭を振る。


(美沙と、もうひとりを、逃がすくらいなら)


 そこには、美沙の他に、即席の相棒の彼女もいるはずだ。

 いくら即席の相棒だからと言ったって、一瞬でも共に同じ道を歩んだ仲間。

 叶わなかったあいつの想いくらいは、俺が引き継いでやるべきだろう。


(もう、元のあいつはいないけど、な)


『い・・・・け・・・・』


 最後の言葉を振り絞って俺を逃がしてくれたあいつの言葉。

 俺はどうしたって、それに報いなければなるまい。


「大丈夫だ。俺は、やれる」


 腕時計の時刻は、11時50分。

 残りあと、僅か10分。

 気合だけで何とか立ち上がると、俺は部屋の扉に手を掛け、思い切り押し開いた。


 とたん。


「わはははははっ!」


 耳障りな濁声だみごえの笑い声と共に、飛んできたのは弾や矢羽の雨あられ。

 意外にも丈夫な薄っぺらい鉄の盾で身を守りつつ部屋の中を見回せど、そこに居たのは、恐ろしい形相のラスボスと思わしき【魔王】だけだった。


(美沙はっ?!美沙はどこだっ?!)


 ”ツヨちゃんっ!”


 どこからともなく聞こえてくる、美沙の声。

 その声に気を取られたとたんに、少しだけズレた盾の隙間から、飛んできた矢が容赦なく肩に突き刺さる。


(マジかよ・・・・つーかここ、ほんとにファンタジーの世界じゃねぇのっ?!なんでご丁寧に、こんな痛みまであって、血まで出るんだよっ!)


 肩に突き刺さった矢を力づくで抜き取り、盾を構え直して美沙の声のする方へと移動する。

 すると、行く手を阻むように、鋭い稲光が俺の真横に落ちた。

 衝撃波が、全身を襲う。


「ぐぁっ!」


 ”大丈夫っ?”ツヨちゃんっ!”

「ああ、大丈夫だ。心配するな、美沙」


 実際の所、少しも大丈夫ではない。

 俺の体は、気力だけで持っているようなものだった。今ここに立てている事の方が奇跡に近いと言っても過言ではないだろう。

 だが、たとえこの身がこわれようとも、美沙をここから逃がさなければ。

 あと10分。

 あと10分で、美沙を。

 そして、あいつの大事な彼女を。

 ただ、その一心だった。


 すると。


「お前が美沙の・・・・なるほど。これは意外な」


 不意に弾や矢羽が止み、【魔王】の濁声が響いた。


「その心許ないもやしのような体で、よくぞ我の元まで辿り着いた。褒美に、美沙はお前に返してやろう」


 あまりの突然の申し出に、俺は思考が停止した。


「・・・・は?」

「どうした。さっさと連れて帰るがよい」


 見れば、目の前には美沙の姿。


「ツヨちゃんっ!」


 元気いっぱいな美沙は、思い切り俺に抱き付いてくる。


「ぐぁっ・・・・ちょっ、いた、い、です・・・・」

「えっ?大丈夫っ?どこか痛むっ?!」

「あ、いろいろ、と」

「えっ?どこっ?!」


 俺から体を離した美沙は、見た感じ、危害は加えられていなさそうに見えたが、一応確認。


「それよりお前の方こそ、大丈夫だったか?あいつに何もされてないか?」

「もちろんよ!この私が、そう簡単にやられると思う?」

「・・・・だよなぁ・・・・ははは」


 思わず苦笑いを浮かべる俺の遥か後方で。


「・・・・やられたのは、こちらの方だ、まったく」


【魔王】の小さな濁声が聞こえたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る