★第2節目★

(どうするよ、これ)


 大男にガン見されながら、無用な刺激を与えないように少しずつ距離を詰め、ようやくあと数メートルの所まで迫ってみると、その男の大きさがいかに桁外れかが分かり、俺はあんぐりと口を開けるしか無かった。

 まず。

 その大男が構えている剣が、優に俺の体の大きさを超えている。

 そして。

 俺の身長は、その大男の腰ほどにも満たない。

 俺だって、一応身長175センチはある。

 ってことは、だ。


(3メートル超じゃねぇかよ・・・・)


 恐る恐る近寄った俺に敵意を感じなかったためか、今大男は俺からは視線を外し、まっすぐ前を見ている。

 構えていた剣も、さきほどゆったりとした動作でその構えを解き、今は鞘に収めている。

 防具らしきものと言えば、胸部におそらく鉄製の胸当てのようなものを付けているのみ。

 大男とは言え、やはり心臓が一番の急所なのだろう。

 その代わり。

 その大きさとパワーに絶対的な自信があるのか、その他の部分はガラ空きとも言える状態。

 脚なんて、草履みたいなものを履いているだけで、毛むくじゃらの脛が丸出しになっている。


(・・・・ん?脛?)


【魔王の城】を眺めるふりをして、横目で大男の脛を確認する。


(もしかしたらコレ・・・・いけるんじゃね?!)


 いくら図体がでかくても、仮にも人間と同じ姿形をしているのであれば、弱点などそう変わるものではないだろう。

 ってことは、だ。

『弁慶の泣き所』は、こいつにとっても弱点、なのではないだろうか。


 キャアァァァっ・・・・


【魔王の城】の方角から、再び悲鳴のような声が聞こえて来た。


「美沙・・・・」


 正直、これが美沙の悲鳴なのかどうかは分からない。

 だって俺、美沙の悲鳴なんて、一度も聞いたことが無かったから。

 でも。

 でももし、これが美沙の悲鳴だとしたら。


「行くっきゃ、ねぇだろ」


 なるべく殺気を抑えて平常心のまま、俺は少しずつ大男へと-【魔王の城】へ続いていると思われる曲がりくねった坂道の入り口へと近づく。

 大男にとってすでに俺は、そこら辺に転がっている石ころと同じような存在になっていたのだろう。

 無事に大男のすぐ傍までたどり着いた時。

 ようやく、大男がギロリと視線を俺へと向けた。

 冗談みたいな大剣が、ゆっくりと振り上げられる。

 その隙に。


 ガコンッ

 ガコンッ


 思い切り振りかぶった木の棒を、俺は大男の脛に叩きつけてやった。

 それも、両脚の脛に。


「グアァァァッ!」


 大男の手から滑り落ちた大剣が俺のすぐ横に突き刺さる。


「あっ・・・・ぶねぇ・・・・」


 あと数センチ立っている場所がズレていたら、大剣は確実に俺の脳天を直撃していただろう。

 今更ながらに恐怖を感じながらも、俺は痛さに呻き声を上げながら蹲る大男の脇をすり抜けて、曲がりくねった坂道を必死で走り始めた。

 それほど急斜面ではないが、緩やかな登りが続いているその坂道は、走り続けるにはちとしんどい。

 半分ほど走ったところで後ろを振り返ってみると、大男はまだ入り口で蹲ったまま。


「第一関門突破、か?」


 肩で息を吐きながら、俺はその場で束の間の休憩を入れた。

 腕時計は、既に10時を指している。

 美沙の貞操の危機までのリミットは、あと、2時間。


「ん?」


 呼吸が落ち着いたところであたりを見回してみると、少し前方に同じように肩で息をしている男の姿があった。

 俺と同じように、右手には木の棒。左手には薄っぺらい鉄の盾。


(もしかして・・・・同類か?)


 ゆっくりと近づいて、声を掛ける。


「あの」

「わっ!・・・・なんだ、人間か」


 振り返ったそいつは、なんだか俺と似たような感じのヤツで、一気に親近感が湧く。


「もしかしてあんたも、あの城に彼女が捕まってたりするのか?」

「ああ、そうなんだよ!なんだ、あんたもかっ!」


 お互いに同じ境遇であることが分かり、さらに増す親近感。

 てことは、つまり。

 どこのどいつか知らねぇが、つまりそいつは嫁を2人も娶ろうとしてるってことかっ?!

 なんて奴だっ!


「ここはひとつ協力しようじゃないか」


 すぐに話は纏まり、俺たちは共に【魔王の城】を目指して坂道を登り始めた。


 キャアァァァっ・・・・


 時折聞こえてくるこの悲鳴は、どっちの悲鳴なんだろうか。

 どうか、美沙の悲鳴じゃありませんように。

 なんて。

 とても口に出しては言えない、そんな冷たい事さえ願いながら。


 そしてようやく辿り着いた入口には、


「うわっ、マジか・・・・どうしよう、これ」


 思わず口にしてしまうほどの、うつろな目をした恐もての嫌な番人が。

 大きさは通常の人間ほどの大きさではあるものの、その手に持っているオノはアホみたいにデカい。


「でも、あの体の細さであのデカいオノは、そうそう扱えるもんじゃないよね」


 即席の相方の言葉に、俺は確かに、と頷く。

 城の入口の番人は、俺たちと変わらない程の体の細さだ。

 とても、屈強の戦士とは言い難い。

 にも拘わらず、手にしたオノは、屈強の戦士でさえ扱うのが難しいのではないかと思われるほどの、どデカいオノ。

 どれくらいデカいかと言えば、刃の大きさがA3の用紙を優に超える大きさで、幅も10センチはあるのではないかと。柄の長さも、俺たちの身長を超える長さ。


「だから、さ。全速力で走り抜ければ、行けるかもしれないよ」

「だな」


 小声でそう打ち合わせると、俺たちは強行突破を試みた。

 だが。


「ぐあっ!」


 俺より少しだけ足の速かった即席の相方に、想像を超える素早さで繰り出された門番のオノが振り下ろされた。


「大丈夫かっ?!」


 駆け寄ろうとした俺の目の前で。

 即席の相方が、見る見るうちに姿を変える。


 その顔は、恐もてに。

 その目は、うつろに。


(ミイラ捕りが、ミイラかよ・・・・っ!)


 腰が抜けてしまったかのように、なかなか立ち上がることができない俺の前で、即席の相方はゆっくりと右手を入口の方へと向けた。


「い・・・・け・・・・」


 恐らく、それが意識を保った彼の最後の言葉。


(そうだ。俺までこんなところで捕まる訳にはいかないんだ。今ここで俺が捕まっちゃあ・・・・)


「お・・・・おう」


 なんとか立ち上がると、俺は再び全力で城の入口を突破した。

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