第11話 経過と芸術家

 孤児院に金と食料を運び込んだ後はエートルからラリカのラルテー城を目指した。ドラヴとアモに十分な分け前を渡し、次の商品を馬車に積み込む。大金を手にしたドラヴとアモは私と一緒に酒場で飲んだ時より嬉しそうだった。そして、さらなる武器の生産と横流しを約束してくれた。


 馬車で出発しようとしたところを衛兵に呼び止められた時は心臓が止まりかけた。もうバレたと、死刑に違いないと絶望したが、どうやら違ったらしい。衛兵が呼び止めた理由はラーテが私と稽古したいが故の事らしい。私は安心と苛立ちの感情を同時に体験する事となった。目の前のラーテは嬉しそうに木剣を構えている。私は盾と木剣を構えて突撃した。


 盾を構えて大声での突撃はそこそこの怯み効果があるはずなのだが、相手は実戦経験のある騎士であるため大して効果はない。ラーテは微動だにせず上段の構えで迎撃しようとしている。私は全力で走り、ラーテの瞳孔がはっきり見えるまで近づくと、持っていた盾をラーテへ投げつけた。ラーテは一瞬驚いた顔をしたが即座に盾を打ち落とし、私に二擊目を振り下ろす。だが、私がそれに当たる事はなく、木剣が彼の攻撃を弾いた。彼は反動で少しのけ反り、私はすかさず彼の脇腹に刺突を繰り出した。


 彼の剣が素早く脇腹の位置に降りてきて、私の刺突を受け流す。それと同時に私の手から滑るように木剣が取られ、明後日の方向へ飛んでいった。ラーテは嬉しそうに私に斬りかかるが、直前で彼の手首を掴み、なんとか耐える。だが、私の脇腹にラーテの膝蹴りが直撃し、痛みのあまりうずくまってしまった。その後ラーテは野球選手のように大きく振りかぶり、私の頭にフルスイングした。兜は宙を舞い、私は衝撃のあまり気絶した。


「起きろー」


 ラーテの声と共に、私の顔に大量の水がかけられた。鼻の中に水が入り、死にそうなほど咳き込む。ラーテは私の背中をさすりながら鎧を脱がしていた。


「つい張り切ってしまって手加減してなかった。本当にすまない。」


 彼に似合わないしおらしい声でそう言われると怒る気が失せてしまった。模擬訓練二回目の素人に手加減しないとは、ある意味対戦相手に敬意を表していると言えばいいのか。それとも馬鹿者なのか、どらちだろうか。


 休んだ後、エートルに向けて出発した。マカやラーサ院長に会うかもしれないため、あまり行きたいとは思わなかったが、仕方なかった。エートルを中継せずにラコテーを目指した場合、様々な危険がある。サヴァラからの盗賊や獣、怪物どものいる壁の外で夜を明かしたくはない。それに往復で五日のサイクルが丁度いいのだ。







 ラリカからエートルを挟んでラコテーまで二日、ラコテーでの商売に一日、帰ってくるのに二日で計五日、ドラヴが武器を補充するのも五日だ。今まではドラヴ一人で武器や防具を作っていたが、ラリカの山の民の里から応援を呼んできたため、生産効率はかなり上がった。それに加えて輸送のための馬車や人手も増員し、そこそこの規模で取引を行い始めた。武器の管理もアモのおかげで横流しがバレる事はない。まさに無敵の状態だ。私はさらに商売に精を出した。


 ラリカとエリンを往復して金を稼ぐ日々、その間でラーテの稽古に付き合ったり、孤児院に顔を出したりしている。マカと会う事はあっても、院長とは会わないようにしていた。私自身、会うのが怖かったからだ。


 ラーテの稽古に付き合えば付き合うほど、彼は元気になる。彼が言うには、私との稽古では何も考えなくて済むため、楽しく遊べるとの事だ。私としては嬉しい気持ちと面倒な気持ちが半分ずつある。また、ラーテが元気になっていく理由がもう一つある。サヴァラとの戦争で優勢になったからだ。ラリカの国庫に謎の収入が発生しており、その収入で多くの傭兵を雇ってサヴァラの人海戦術に対抗できるようになったとの事だ。戦いに連戦連勝しているわけではないが、それでも前より状況は良くなったため彼の気分も良くなったのだろう。







 武器販売を繰り返し、気づけば1年が過ぎていた。人件費や賄賂、孤児院への支援や経営の拡大を差し引いても多くの資産を作る事ができた。その資産はアウレ金貨五十枚ほどだ。だいたい、一キロのパンが二万個買えるほどの金額になる。だが、私ならあんなに酸っぱくて固いパンを二万個も買いたいとは思わない。


 金貨五十枚を何に使うのか、私はそれを馬車の荷台の上で悩んでいた。今私はラコテーのスラムに向かっている。あの街は底無しの欲望と金を持っているのではないかと思うほどに私を受け入れてくれる。吐いて捨てるほどの悪人が互いに殺し合い、その度に私とお頭のハシャは儲ける。


 私は現在武器の販売以外に仕事をしている。それは郵便屋だ。騎士ラーテの専属郵便屋として、ラコテーの街のお偉方に書類を届けている。届ける事事態は苦ではないが、偉そうな商人に会うのは苦痛だった。私は表向き行商人として活動しているため、ギルドの大商人からは舐められた態度で接されている。ラーテが自分でわたせばいいのではと考えたが、おそらく彼も会いたくないのだろう。


 今回は商人に書類を渡すのではなく、ラコテーに住む芸術家から絵を受けとれと指示された。芸術家なら問題ないだろうと話すと、ラーテにはその芸術家が問題児だと言われ、私は肩をがっくりと落とした。せめて、商人ギルドの傲慢どものようでない事を祈るしかない。







 ラコテに着いてすぐ、教えられた芸術家の家へ向かっていた。聞くところによると、その芸術家は元は凄腕の暗殺者だとか、他の芸術家を毒殺した等と悪い噂が立っている。その噂が真実ならあまり会いたくないものだ。しかし、ラーテ騎士様のご命令とあらば、面倒な仕事も真面目にこなさなければならない。


 大通りから民家に続く狭い路地を歩いている。見慣れたはずのその街ではあるが、それは大通りとスラム街の話であり、繁栄の街の民家周辺へ来るのは始めてだ。


 とぼとぼと気乗りのしない歩き方で芸術家の家を探していると、真ん中に井戸がある小さい広場に出た。そこから教えられた通りの方向を向くと、芸術家のものと思われる家があった。いや、目の前のものを家と呼んでいいのか少し迷ったとも言っておく。


「ここが芸術家の家...」


 芸術家の家へ来た私を驚かせたのは、教えられた芸術家の家が唯の物置小屋にしか見えないという点だ。街の人間にも質問して確認すると、やはりここがそうだと教えられたのだが、嘘でもつかれたのだろうか。ここに人が住める訳ないと思う。また質問して芸術家の家を探さないといけないと落胆した。


「そこの貴方、私の家の前で何をしておいでで?」


 突然後ろから声をかけられ、私は声が出るほど驚いてしまった。振り向くと目の前には、奇妙な男が立っていた。頭に二つ穴のあいた麻袋を被り、フードのつきの高そうな服を着ている。両手には、正体不明の乾物と何かを入れた瓶を抱えている。どこからどう見ても不審者だ。


「えっと、どちら様で...」


「私? 私はここフォルンツ邸に住むフォルンツと申す者です。以後お見知りおきを。」


 彼は自己紹介をすると優雅に一礼した。彼が自己紹介をした後、私は酷く圧倒され、しばらく何も言えなかった。


「あれ? 聞こえてます? 変な人だな。」


「貴方には言われたくないです。」


「あ、やっと喋った。」


「はあ、申し遅れました。私はハイエナ、騎士ラーテから貴方の作品をお預かりするように言われ参りました。」


「ああ、貴方がハイエナ殿ですか。 ラーテさんからは色々聞いてますよ。まあ、ここでは話しづらい。家に入ってお茶にしましょう。」


「あっ、ちょっと!!」


 フォルンツと名乗る芸術家に連れられ、私は物置小屋に入っていった。







 芸術家の家には地下があった。中は意外にも快適そうで二十人ほど収容できるぐらいの大きさだ。内装も普通の家と変わらない。違う点をあげるなら、物が多すぎるという点だ。弩の設計図やら、製作途中の絵画がところ狭しと散乱している。


「ようこそ、フォルンツ邸へ。多少散らかってますが、気にしないでください。」


「ああ、気にしないでおきます。この麻袋の山は...」


 部屋の隅には大量の麻袋が山のように置かれていた。どの麻袋にも赤いものがついている。絵の具だろうか。1つ手に取って確かめると、奇妙な事に鉄の匂いがした。


「ああ、貴方も麻袋に興味がおありですか? ですが、貴重なものなのでもっと慎重に扱ってください。」


「いや、すいません。ただ何に使う物かと思って...」


「被るんですよ。」


「うん、まあそうでしょうね。」


 現在進行形で麻袋を被っているため、言われなくてもわかる。この山になっている麻袋はこの男の服なのだろう。どういった意図があるのかは分からないが、あまり聞かない方がいいかもしれない。


「貴方も1着どうぞ。」


「いや、間に合ってます。」


「そんな事言わずに被ってくださいよ。この麻袋は特別なんです。帝国時代の品でしてね、魔法の麻でつくられた最強の品物なんですよ。これを被れば今まで見えなかった物が全て見えるようになる。物理的なものから精神的なものまで全てを見通す力をもっているんです。素質ある者がこれを被れば全てを理解できる。素質なき者がこれを被れば災いが起こる。愚かな者がこれを被れば真実を見出だす事ができる。ここで言うところの愚か者とは、神なる存在に挑戦する者の事でしてね、それが...」


「フォルンツ殿、もうそのぐらいにして...私は被る気はありません。」


「そうですか......それは残念です。」


 彼は悲しそうな声で話した。だが数秒後にその声は元に戻っていた。


「はあ、ハイエナ殿。本題に入る前に、私の悩みを聞いていただけませんか?」


 唐突にそう言われ、返答に困った。彼の機嫌をこれ以上損なうのも私の不利益になると判断して快諾した。


「いいですよ。」


「ああ、ありがとうございます。私の話し相手は少ないですからねぇ、ありがたい。」


「それでですね。その悩みというのは、現在の芸術が抱える問題についてなんです。」


「問題?」


「ええ、普通芸術家にはその活動を支援する貴族が後見人となるのですが、その後見人を巡って問題がありましてね。時には、流血沙汰になってしまった事もあるんですよ。」


 彼はとても悲しそうに語る。まるで演劇をしているような口調で話し続けた。


「その理由は、芸術家達の作品にあるのです。」


「作品?」


「はい、芸術家達は立場が弱く、貴族達の言うがままに作品をつくっているのです。とても芸術とはいえない作品を作らされ、貴族達はそれに狂人のように金を出し、拙い作品が世に出回るのです。」


 彼は手で何かを表現しながら役者のように話しを続ける。


「この2冊の本を読み比べていただきたい。」


 そう言うと彼は私に分厚い本を手渡した。


「あの、私は...」


「貴方ならきっと、私の意見が真意であると気づいてくれるはずです!!」


「えぇ...」


「では、私はこれで失礼します。まだ、やらねばならない事があるので...それと、ラーテさんに渡す作品はこれです。」


 彼はもう一冊、本を手渡して来た。先ほどの本の二倍の重さだ。


「また、会いましょう。ハイエナさん。」


 挨拶をした後、彼はすぐさま小屋から出ていった。正直もう会いたいとは思わなかった。そして、私は本を開いた。その本はスラーフ人が使う文字とは別の言語で書かれていた。


「外国語? 古代文字かな? 読めないんですけど...」

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