第8話 隊商と襲撃

 エートルに戻ってきた私は門を通貨する方法を考えていた。鍛治屋のドラヴと武器庫管理人のアモを懐柔するために資金は使い果たしてしまい、賄賂を使う事ができない。私が今持っているのは安ワインとパンの入った鞄と大量の武器と防具が積まれた馬車だ。そうなると、打つ手は一つしかない。召し仕いに促して馬車をまっすぐ進めた。


「おう、久しぶりだな、ハイエナ。」


「久しぶりと言っても1日ぐらいですけどね。」


「はは、まあそうだな。ところで今回は大量だな。ほぼ手ぶらで街を出たはずなのにこれはどういう事だ?」


 門番と彼の同僚は馬車を左右から挟むように近寄ってきた。いつもと違い、賄賂も高額になりそうだ。


「それはそうと、その槍だいぶ古くなってますね。鎧も傷だらけだ。」


「ああ、これか? この槍は俺の祖父の形見なんだ。て、この鎧は初めての給料で買った思い出の品なんだ。どれも大切な物だよ。」


 彼はどこか寂しげな表情でしおらしく語った。その目には深い悲しみと愛情が込められているような気がした。


「今ならお二人には、こちらの精巧な装備を...」


「うおー、すげーぜこれ!!」


「こっちは兜か!? こういうの欲しかったんだ俺。」


 2人は迷いなく馬車を漁り、気に入った装備品を身につけた。どうやら彼の悲しげな目は私の勘違いだったようだ。目の前の門番達は先ほどのゲリラ民兵のような格好から重装備の正規兵のようになっていた。


「まあ、門番の仕事、頑張ってください。このワインは差し入れです。」


「おう、お前も商売頑張れよ!」


 私は安物ワインを彼に渡して、気さくに挨拶を交わしながら門を通って街へ入った。色々と苦労したが、あとはエリン行きの隊商を見つけて同行し、ラコテーで武器を売りさばくだけだ。







 私はエートルの大通りでエリン行きの隊商を探していた。エリンにはここ南スラーフにおける最大の都市ラコテーがある。ラコテーは海に面した地形を生かして異国との貿易を始めた。船での貿易は陸の交易以上に効率よく遠くへ大量の商品を運べる。都市部を中心に貨幣経済が復活した現在は、より遠くへ物を運ぶ事が主流だ。つまり遠隔貿易が最大の利益を生産する時代となった。その点でいえば、海運を征するものは経済を征すると言える。


「なあ、今って番人達はどこにいるんだ?」


「わからん、先月までは北スラーフの南側の国境沿いに出現していたが、今月は誰も接触していない。」


「じゃあ、いつどこで襲われるか分からない状態なわけか、こりゃ参ったな。」


 エリン行きの隊商を探していると、何とも興味深い話しを聞いた。番人達の話だ。番人はいつから存在し、どこからきたのかも分からない未知の者だ。だが、少なくとも帝国末期には存在したとされる。番人は商人や狩人などの集団の外に出る者にとっては憎悪の対象、恐るべき存在だ。その性質は武器を持った通行人を皆殺しにするというもので、女も子供も関係なく殺される。逆に、武器を持たずに抵抗しない素振りを見せれば襲われない。また、通行人は攻撃の対象だが、街や村等の拠点に住む者も襲わない。つまり、武器を持つ者を殺す存在なのだ。


 彼らの武器は弩に似たものと言われていて、ある隊商が街道を進んでいたところ、隣の護衛兵の頭が音もなく弾けとんだという報告もされていた。遭遇した場合は確実に半数は死ぬと言われている。

 

 盗賊や怪物、野生動物が徘徊する場所で武器を捨てる事はできない。かと言って武器を持っていれば番人達の餌食となる。商人からすると理不尽極まりない存在なのだ。


「まあ、エリン行きの奴には関係ないか...」


「まあ、そうだな。まだ南スラーフでは発見されてないし、最終位置から遠いエリン周辺は安全だろう。」


 興味深い話と同時に目的まで達成できた。何とかして彼の隊商に同行しなければならない。しばらくの間、彼が1人になるのを待って、大通りで待機していた。休憩がてら爪楊枝で歯磨きしながら青い空を眺める。最近は忙しかったため、ゆっくりと空を見る時間がなかった。空は広い。あの光と同じぐらい透き通った綺麗な青色だ。


 前の世界の青い空には巨大な鉄の塊が人を乗せて遠くに飛んでいた。この世界もいずれそうなるのだろうか。何千何万と戦争を繰り返した果てにたどり着くのは平和ではなく、戦争なのだろうか。あの世界のように、この世界も同様の進化を遂げるのだろうか。その答えが提示される頃には、私は死んでいるだろうから、あまり関係のない話ではある。


 エリン行きの隊商長が1人になった瞬間に、彼と交渉して同行させて貰う事になった。彼の隊商には、腕利きの護衛兵が多数いるため余裕がある。余所の馬車が一台増えたぐらい問題にならないそうだ。







 少しの間、隊商の準備のため待機した。エートルの街を出る頃には昼過ぎになっていたが、特段問題はなかった。護衛料を払わずに護衛兵に守られているため文句は言えない。私達は隊商の列の中で一番後ろの方にいた。たぶん、盗賊や怪物が出た時に一番被害を受けやすいのが先頭と最後尾であるが故の配置なのだろう。まあ、仕方のない配置だ。


 召し仕い達に馬の扱いを教えてもらいながらエリンまでの暇な時間を潰している。別の隊商からくすねた赤リンゴとチーズ、ワインやパンを皆で分け合い、道中の食料とした。窃盗の技を鍛えておくと、何かと便利なものだ。食料の中でも、干しに肉やチーズなどが好まれた。召し仕い達の普段の食事は野菜の雑多煮込みや塩気の少ないスープなので無理もないだろう。私は自分の分のチーズやワインを、彼らにだいぶ分け与えた。食事が原因で反乱を起こされたくはない。ここまで来たのだからエリンで武器を売りさばき、金と安定した収入を得たいのだ。


「ハイエナさんは大金が手に入ったらどうするんですか?」


 召し仕いの1人が不意にそんな事を言ってきた。大金を手に入れた時の使い方、私はその事についてあまり考えていない。というより、考えたくないのだ。もし大金が手に入らなかった時、より悲しくなってしまう。


「まあ、色々あるな。正直わからない。」


「わからない?」


「ああ、わからない。金は有限だ。だから使い方によっては全て無くなる事もある。それを考えると貯める事が正解という人間がいる。他には、稼いだ金を使って更に稼げばいいという人間もいる。私は、生きるための金という事以外わからない。」


 そこで会話は終わった。召し仕いにとっては面白い回答ではなかったようだ。







 隊商は街道をゆっくりと、前へ確実に進んでいる。一本道の街道の周りは森に囲まれており、鳥のさえずりと草木の揺れる音が聞こえてくる。平和な道のりが続き、私は完全に落ち着いていた。


「なあ、ハイエナ。何か飲める物はないか?」


 護衛兵の1人に声をかけられる。護衛兵の連中は見た目は怖いが、話してみると気さくな奴らですぐに仲良くなれた。肉や酒を渡すと喜んでくれる。召し仕いといい、護衛兵の連中といい、肉やチーズなどの高カロリーな食い物が足りてないため好まれるのだろうか。


「ああ、ほらこれ。」


「へへ、ありがとよ。」


 護衛兵に酒の入った革袋を渡すと、彼は一気に飲み干した。まったくといっていいほど、遠慮のない連中だ。大雑把な連中だが、深く考えなくていいため、ある意味信頼できる。


「ああ、うめぇ。」


「なあ、この街道っていつもこんな感じなのか?」


「ん? いや、普段なら餓えた狼が数匹出てくるはずなんだが、何かおかしいな。」


「まあ、平和なのはいい事さ。」


「違えねぇ、俺達が働かなくていいのは平和な証拠だ。」


 護衛兵達は高笑いしながら楽しそうにしている。私は交易隊商に追随するは初めてだが、よく行商人に外の事を聞いていたから意外だ。行商人いわく、ここ南スラーフは盗賊や怪物の数が年々増加しているらしい。商人達が番人の巡回ルートを逐一押さえているおかげで商業活動が盛んになった。そして、その運ばれる富や歩く肉塊を狙い、敵も活動を活発化させている。ラリカとサヴァラの戦争による傭兵隊の流入もあわせて、スラーフ全体の治安は悪化している。


 つまり交易隊商が襲われないはずがない情勢の中で、私達が襲われてないのは不自然という事なのだ。私としては、このまま敵に出くわさずラコテーの街に着きたいとは思っている。


「ん?」


「どうしたハイエナ?」


「今森の方から一瞬光が見えたような...」


「な!? 護衛兵隊、全員集まれ、敵だ!」


 護衛兵が大声で隊商に危険を知らせた時、森の向こう側から矢の雨が降り注いできた。護衛兵達は真上から来る矢を盾で防げたが、何人かの御者や商人に被害が出た。興奮した馬が数頭逃げ出し、いくつかの馬車が使用不能になる。突然の事に隊商は混乱し、辺りは混沌としている。


「くそっ、先頭馬車がやられた!」


「非戦闘員を真ん中に集めろ、歩兵は左右に一列横隊で展開、弓兵は馬車の上から援護しろ!」


 護衛兵の隊長が指示を飛ばすと、護衛兵達は即座に動き始めた。その動きは戦闘慣れしている者の動きだ。盾を構え、負傷した商人や御者を引っ張りながら後退していく。森の方からは耳奥に響く程の声で敵が突撃してきた。


「おおおおおおおお!!」


 大声と共に突撃してきたのは、同胞であるはずの人間達だった。盗賊だ。彼らの目には私達が丸々と太った豚のように見えている事だろう。だが、豚は本気を出せば人間より強い。


 本に出てくる怪物達ではない事に安心したが、命の危険かある事に変わりはないため気を抜けない。私は矢の雨の中、召し仕い達を防衛の真ん中へ連れていくと、護衛兵の腰にぶら下げてあった弩を取り、味方を援護し始める。


「死ねええええ!」


「お前が死ね。」


 護衛兵達が隊列を組み、押し寄せてくる盗賊達の大半を殺害している。流石に護衛兵だけあって戦闘能力はかなり高い。それに、盗賊達の装備も雑多なもので護衛兵並みの装備の者もいるが、大半は普段着だ。武器も鎌やフォークなどの農具が目立つ。どうやら脱走兵あたりが農民を指揮する盗賊団のようだ。


「弓兵隊、重装備の敵を狙え!」


 護衛隊長もそれに気づいたようで指揮官達を狙うように指示した。私も弩で敵指揮官を狙う。左手を支えにして弩を構え、ストックに頬を当て、腹式呼吸で体内の息を全て出す。この弩は前の弩と種類が違うため、多少の違和感がある。脳内の全ての考えを捨て、ただ敵を見つめる。ここぞという瞬間を待ち続ける。やがて敵が指示のため立ち止まり、私も手の些細な震えが止まると、引き金を絞っていた指に力を込めた。


 敵は首まわりに鎖帷子をつけていたが、矢はそれを突き抜け、喉に深く刺さったようだ。敵が糸切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。


 敵指揮官を1人殺すとその敵部隊は森へ逃げ始めた。それを見た味方弓兵達は私を称賛し、敵への火力を高めていった。1人、また一人と指揮官が殺され、盗賊達は混乱している。始めの勢いはどこにもなかった。


「歩兵隊、突撃!」


「おおおおおおおおおおおおお!」


 護衛隊長の号令とともに、護衛兵達が雷鳴のような大声で突撃を開始した。敵は熊と出くわした山菜採りのような顔で逃げ出した。護衛兵は逃げる敵を後ろから切り伏せながら、森の手前まで進撃していく。形勢は逆転して一方的な殺戮になっていた。その光景に私は思わず呟いた。


「うわ、凄い。」


「ええ、熊みたいな奴らですね、ハイエナさん。」


「いや、そうじゃなくて敵指揮官の装備が...」


「ああなるほど、略奪しますか?」


 召し仕いは呆れたように返事をした。私は味方が敵を追ている間にめぼしい装備を回収する事にした。こういう細かいところで稼ぐ事が大切だ。私は隊商側の人間にバレないように盾や剣、槍などの武器だけ取っていく。


「数は少ないけれど、上質な武器ばかりですね。」


「ああ、何で盗賊団がこんな武器持っているんだろうな。」


 武器を回収する際、敵指揮官の所持品の中に折り畳まれたサヴァラの旗とタバードが見えた。ラリカと戦争中のサヴァラがここまで進出できるはずがない。サヴァラは傭兵を管理しきれていないのだろうか。


「傭兵あがりの盗賊か...使えるかな。」







 護衛兵が敵を殺戮し終えた後、隊商は負傷者の看護と馬車の修理のためかなりの時間を取られていた。護衛兵が敵捕虜の首を絞めて殴りながら尋問しているのを横目に、私は負傷者に応急処置を施している。苦しむ負傷者から矢を抜く。


「うわっ、この矢糞が塗ってあるぞ。」


「矢じりに触るなよ、誰か強い酒持ってきてくれ。」


 矢傷に酒をかけ、糞を落としながら灼熱の銀製焼きごてを押し当てる。負傷者は物凄い力で暴れるが、護衛兵が押さえているためこちらの負担が少なくて助かる。負傷者に棒切れを噛ませておく事も忘れない。せっかく治療したのに、痛みで舌を噛みきって死んで欲しくない。


 大方の負傷者の止血を完了した。1人1人丁寧に綺麗な布を巻いていき、巻き終わる頃には夕暮れだった。休んでいると、護衛隊長が近づいてきた。


「おお、ハイエナ。負傷者の治療ご苦労さん。」


「ええ、かなり疲れました。休みたいです。」


「俺もだ、今日はここで野営する。ゆっくり休んでくれ。必要な物があれば言ってくれ。」


「ありがとうございます。」


 私達はテントを所持していないため、雨が降らない事を祈るばかりだ。もしもの場合は、馬車の荷台で男数人、武器と添い寝するしかない。


「隊長、装備品の略奪しないんですか?」


「ああ、今行く。じゃあなハイエナ。」


「隊長、何か敵の装備品が少ないです。」


「本当か? 何で少ないだ。」


 彼らには悪い事をした。恩を仇で返しているような気もするが、きっと気のせいだ。私の馬車にはラルテー城を出発した時より多くの装備品が積まれる結果となった。







 夜になった。辺りはすっかり暗くなり、聞こえてくる音は鳥のものから虫のものへと変わっていった。護衛兵が交代で見張りを担当し、残りの者は焚き火を囲んで食事を取っている。麦粥に干し肉と野菜が投入され味付けに岩塩が一つまみ、できあがった粥は大雑把ではあるが美味しかった。食事を済ませ、召し仕い達は床についた。私は護衛隊長の頼みで夜番をしている。弩片手に松明を持って立ち続けるのは足に負担がかかる。明日は馬車の荷台で仮眠を取るつもりだ。


「寒い。」


 この世界の夜はとても寒い。温暖な気候の南スラーフも夜は北方諸国と大差ないほどの気温となる。そして、地球と違って星々の明かりは見えない。だが、月ような衛星が2つある。闇夜を照らす2つの月は善のものとされている。


 私は空を見上げる。その先には、月が2つ存在している。私にはそれらの月が善きものには見えなかった。

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