第7話 酒盛りと買収

「いやーすまんな、つい熱が入り過ぎて遅れた。」


 目の前の男は陽気そうにそう言った。仕事が終わるまで待てと言われ、いざ待つと終わる頃には夜になっていた。日もすっかり落ち、あたりは虫の鳴く声以外はあまり聞こえてこない。


「大丈夫ですよ。職人気質な人はそんなものです。」


「まあ、そうだな。それと、もう1人飲みに参加する奴がいる。」


「どうも。」


 新しい飲み仲間は会釈しながら私に話しかけてきた。鎖帷子の鎧は身につけたままで、麦わら帽子のような兜を被っている。長身で細長い、横のドワーフとは対称的だ。


「わしは山の民で鍛治屋のドラヴ、こっちが武器管理人のアモだ。よろしくな。」


「ええ、よろしくお願いします。」


「よし、全員そろった事だし、酒場へ行くぞ!!」


 私とアモは半ばドラヴに強制連行される形で村の方へ向かった。







「いやー、仕事終わりの酒は旨い。肉もだ。」


 ドラヴは豪快に酒を飲み干しながら、焼き豚にかぶりついていた。一方アモはジョッキに少なめにつがれた酒を少しずつ飲んでいる。そして、もの静かだ。本当に真反対な2人だ。だが、仲は良さそうに見える。ラリカはあのクソ騎士といい目の前の2人といい、色々と濃い面子が多い。


「どうした兄ちゃん食わないのか? もしかして食欲ない?」


「ん? いや、ラーテ様の事を思い出してちょっと...」


「あー、ラーテ様か、今日は残念だったな。ボコボコにされてたじゃないか。でもあれであの人なりに手加減してたんだぜ。お前さんが死なないようにな。」


 あれで手加減していたとすると、私は手加減されてない場合100回程死んだ事になる。無茶苦茶な騎士ではあるが、腕は確かなようだ。


「お前さん、ラーテ様にだいぶ気に入られたらしい。よかったじゃないか。」


「よくありませんよ。おかげで身も心も破裂寸前です。なんで報酬が戦闘訓練なのか...」


「もしかすると、ラーテ様はお前さんを騎士見習いにしたいのかもしれん。」


「はあ!? それはまたなんで?」


 私は突然予想もしなかった事を言われ驚いてしまった。平民を騎士見習いにするなどあるわけがない。いや、あの騎士のことだからない事もないかもしれない。


「あんなラーテ様久しぶりに見たよ。少し前はリフサー様と言い争いをされて落ち込んでた。リフサー様が死んでから数日は荒れてたが、お前さんが来てから元気になった。」


「なんでまた?」


「ああ見えて意外と繊細なんだよ。ラーテ様には問題も多い、お家の話しも...」


「おい。」


 ドラヴが何か言いかけたが、アモがそれを止めた。何かあまり他人に知られたくない事でもあるのだろうか。よそ者に知られたくない事実が。


「まあ、あれだ。お前さんがリフサー様の遺品を届けて忠誠心を見せた。そして、稽古の相手をしてラーテ様の気晴らしになったという事さ。そんな奴を手元に置いておきたいのさ。」


 彼の話は理解できるが、認めたくはなかった。正直なところ、あの騎士と一緒にいても利益にならなさそうだ。できる事なら城への出入りの権利はそのままで、彼とは疎遠になりたい。


「そんな事があったんですか。」


「ああ、戦争も厳しい状況だからな。」


「おい。」


 また、ドラヴがアモに止められた。今度はドラヴの脇腹を肘でつついたようだ。


「あ、すまん。」


「戦争は厳しいのですか?」


 ドラヴは歯切れの悪そうな感じでこちらを見た。アモは少しずつ飲んでいた酒を一気に飲み干し、一度こちらを見てため息をついた。そして、酒のお代わりを頼んだ後、戦争について話し始めた。


「はっきり言って戦局は厳しい。我がラリカ軍は次第に押されつつある。始まりは南方のエリン領への進出のためエートルの支配権を確保しようとして、同時に自分達がエートルの領主だと宣言した事だ。それが悪夢の始まりだった。」


 彼は酒を飲みながら、ラリカとサヴァラの戦争について淡々と語ってくれた。


「緒戦はこちらが優勢だった。鉱山から取れる豊富な鉄を大量の武器に変え、長弓兵と防御陣地を用いて連戦連勝だ。だが、次第に変化が訪れた。倒しても倒しても次々と敵兵が押し寄せてきた。長弓兵の火力を上回る兵力数で攻撃されたんだ。そして、奴らどこから手に入れたのか上質な騎馬部隊を多数揃えやがった。これのせいでラリカの重装歩兵が無力化された。」


 彼は怒りをこめた眼差しで空を見つめている。おそらく、口調からしても前線に立った事のある兵士なのだろう。


「圧倒的な兵力で防衛陣地を突破し、そこに優秀な騎兵を投入して戦場を混乱させる。そうやってラリカの負け戦が多くなっていって、今に至るわけだ。俺もラリカのために戦ったが、得られたのは戦場に対する恐怖心だけだ。金も名誉もありゃしない。」


 一体戦場でどのような体験をしたのだろうか。もしかすると、私もそれを体験する事になるかもしれない。ドラヴの言う通り、ラーテに騎士見習いとして徴兵され、前線で無惨に死ぬ事もありうるのだ。それだけは勘弁願いたい。


「なんか辛気くさい話になっちまったな。とにかく飲もう。飲めば辛い事も忘れるってもんだ!!」


「そうですね、そうです。今日は私が奢りますから2人ともどんどん飲んでください!!」


「よっ、兄ちゃん太っ腹!!」


「ふん!!」


 ドラヴは調子のいい事を言い、アモは拗ねた。だが、2人ともどこか嬉しそうな雰囲気だ。きっと多少なりとも好感度は上がっただろう。その好感度と酒を併用すれば最高の結果となる。せいぜい利用させてもらおうと考えた。


 私は常に金を欲している。自分と誰かのために、誰かを利用する事に抵抗はない。さあ、もっと飲んで酔ってくれ。私の利益のために酔え。







「もう飲めない。」


「ほらもっと飲んでください。」


 私は2人を酔い潰れさせる寸前まで酒を飲ませようとした。理由は2つある。1つは、酔った2人から情報を軍事的に情報を引き出す事だ。もしラリカの重要な情報を引き出す事ができれば、サヴァラへ情報を高値で売るつもりだ。もう1つは、武器庫と鍛治屋を確保するためである。


「がははははは!! もっと酒持ってこ~い。」


 アモの方は酔い潰れる寸前だが、ドラヴは大変な酒豪だったため中々酔い潰れない。たぶん、酒場の酒では足りないだろう。多少の不安はあるが、私は計画を進める事にした。


「ほら、アモさん起きてください。ドラヴさんも席に座ってください。」


「なんだ? 何かあるのか?」


「はい、これ。2人に2デナリずつ渡します。」 


 私は彼らの前に計4枚の銀貨を置いた。一瞬彼らが固まったかと思うと、次第に笑顔になり銀貨を懐にしまった。


「それで本題はここからです。2人とも金儲けに興味はありませんか?」


「そりゃあるよ、ラリカが劣勢になってからは鉄の産出量と反比例して給料は減ってるんだからさ。」


「俺も前線から武器庫管理人になってひもじい思いをしてる。」


「武器庫を開けていただければ儲け話の続きをしましょう。貴方達の懐にある2枚の銀貨が数十枚となりますよ。定期的に安定した収入を得られます。固いパンに文句を言うこともなくなるし、ワインを浴びるほど飲める。」


「それは...。」


 数十分間、彼らは黙ったままだった。その間も私は彼らに酒を飲ませ続けた。時間は有効に使うべきだ。その効果がゴミほど薄かろうと、何もしないよりマシだ。そして、小さいゴミが積もれば巨大な利益を生産する。彼らは再び口を開いた。


「まあ、武器庫に行って、話を聞くぐらいしてみよう。」







 私とアモとドラヴの3人で武器庫の前に来ている。管理人であるアモがいる限り、錠前などに意味はない。武器庫の中は宝の山だった。新品の長剣、歪みのない弓、壮麗な両手斧など手付かずの武器が選り取り見取りだ。目の前の武器達が私に囁いている。使ってくれと、戦場に出て使い倒されたいと言っている。ならばその通りにしてやろう。ただ、使うのは正規兵ばかりではなくなると思うが...。


 武器庫の武器1つ1つを品定めしながら奥へ進んでいく。後ろには酔いの覚めつつあるアモとドラヴがいる。彼らにも道を示さなければならない。


「ん? これは? 」


「どうした? 武器に問題があったのか?」


「これは...アモさん、武器が無くなってるじゃないですか。それもごっそりと...ドラヴさん、補充しましょう。」


 私が一列分の武器を指差すと、2人は不思議そうな顔をしながらお互いを見つめあった。きっと、彼らはこう思っている。頭がおかしくなったのかこの馬鹿はと思っているに違いない。だが、私の頭はかつてないほど正常だ。


「ハイエナ、酔いすぎたんじゃないか?」


「お前さんは酒に弱いみたいだな、まあほぼ子供だから仕方ない事か。」


 私は黙っていた。ひたすら彼らを見つめながら待っていた。きっと彼らなら私の考えを汲み取って協力してくれる。利益を求める同士であるなら。


「バレたらどうする。武器の密売は死刑だぞ。」


「逃げる、もしくはそいつにも金を渡す。この方法はある世界の常識です。そこではこれで上手くいっていた。」


「まだ、2枚の銀貨持ってますよね?」


 2人は下を向いてため息をつくと、手を差し出して握手を求めた。これには驚かされた。まさか、こっちの世界にも握手の文化があるとは思わなかったのだ。しかしそれ以上に私の話を戯言だと無視しなかった彼らの懐具合にも驚き、同情した。


 私は彼らの手を取り、熱い握手をかわした。







 鉄を武器と防具に変える者が鍛治屋であり、その武器と防具を管理するものが武器庫の番人だ。では、その2人と協力するとどんな事が起こるのだろうか。それは武器の横流しと密売、つまり莫大な利益を得られるという事だ。


 夜明けと共にラルテー城を出発した私は、エートルに向けて馬車を進めている。臨時に雇った数人の召し仕いに馬を操らせながら、私は武器と防具の山の横で寝そべっている。


 アモとドラヴには私が儲けを持って戻らなければ、私を領主へ告発するように指示してある。私の弱みを見せる事で私を裏切らない可能性を上げておく。武器と防具の密売において大切な事は裏切られない事、どんな武器商人でも必ず一回は裏切られる。その点でいえば私は問題ない。もう裏切られてる。


 馬車の揺れを直に感じながら、私は今後の商売について考えていた。

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