第5話 不幸と決意
騎士見習いのラーテが去っていった後、私は農民達と一緒に作業を続けた。あの騎士見習いに死体処理と遺品の配達を約束してしまったのは失策ではあったが、命は助かったため必要な事だと割りきった。
「これで最後だ。」
私は農民達と一緒に最後の死体を炎の中へ放り投げた。肉の焼ける匂いと服にこびりついた血と汗が私達の努力の結晶だ。それと、目の前に分別され置かれた戦利品の数々もだ。
「武器は半剣が15本、円型盾2つ、長剣が3本、槍5本、弩が1つと短弓が6つに弓矢50本か...」
「で、防具は...」
私の目の前に置かれていたのは大量の靴、どれも近くに行くとほんのり臭い匂いがする中古品ばっかりだ。
「靴が大量にあると...」
「すいません、防具に関してはこれぐらいしか役に立ちそうなのが無くて...」
農民達は申し訳なさそうな声で謝ってくる。私としては、格好いい鎖帷子の鎧や戦闘用タイツ、兜を期待していたのだが、そういっためぼしい装備品を正規軍が見逃すはずもない。今頃はサヴァラ伯爵の武器庫か金庫の中にあるはずだ。
「いや、貴方達は頑張ってましたよ。こらばっかりはどうしようもない。でもまあ、気を取り直して戦利品の分配をしましょう。」
その言葉を言った瞬間、目の前の農民達は嬉しそうな顔をした。彼らの目には、希望と金が見えている事だろう。私はこの目を見たことがある。普段から鬱病を発祥していた同僚が給料日に見せた目だ。
見張りをしていた農民も呼び、戦利品を囲むように円形に並んで話し合いを始めた。
「じゃあ、話し合いといきましょうか。まず、戦利品の分配に関しては、まず私の取り分を決めます。それ以外の物を村の皆さんで分けてください。」
「では、取りますよ。」
私は戦利品の山から一つの武器をとった。農民達は私が取った武器を暫く凝視していた。私はその武器を鞄の中にしまい、そのまま待機した。
「え? 弩1つだけですか?」
「ええ。」
「本当に? でも何で...ハイエナさんの取り分はもっとあるでしょう?」
「まあ、あんまり持って帰れないし、持ちすぎると門を通る時に怪しまれますから。それに、貴方達はよく頑張っていた。私以上に必死に働いていた。だから、ここにある戦利品は全て貴方達のものです。」
「ありがとう...ございます。」
「感謝します、ハイエナ様。」
彼らは少し泣いているように見えた。こんな世の中だ。家族以外で自分達のために良くしてくれる人間にはあまり会った事がない故の反応なのだろう。それに農奴はここの身分社会におけるゴミのような存在だと認識されている。農民にも種類があり、自由農民、奉公人、農奴等の階級がある。いわゆる、底辺の人間なのだ。
そんな彼らには、今私が聖人に見えている事だろう。勿論、そんな事は断じて無い。私は聖人ではない。
「そういえば、貴方達はどこで換金するつもりなんですか? こんな大量の中古の武器と靴を買ってくれる商人がいますかね?」
「ああ、それについてはご心配なく。少しだけお金に変えた後、村の男達全員に配る予定なんです。」
彼らは平然と村全体で武装すると言った。一揆でも起こすつもりなのだろうか。
「それはまた、なぜ?」
「最近は怪物や盗賊の活動が活発になってきてまして、特にラリカ様とサヴァラ様が戦うようになってから盗賊が村へ偵察に来たりするんですよ。だから、我々自ら武装して戦おうと...」
「そのために大量の武器が必要と...」
「はい、その通りです。」
「私にも出来る事があれば言ってください。村に立ち寄る事があればその時にまた会いましょう。」
そう言って、私は彼らと別れた。
街に戻って来た後、私はいつもの空き地で一人思案していた。街に戻ってくる時、門番に呼び止められ冷や汗をかいたが、安ワインでどうにかなった。そして現在、戦場に隠した武器を回収したのは良いものの、どのように売却するか検討しているところだ。
「街のごろつきに売るか...それとも、行商人や鍛冶屋に売るか、近くの農村に売るのも良いかもしれん。」
売却できそうな場所を言ってみるが、中々決められずにいた。私の目の前には、10枚の銀貨と20以上の装備品がある。銀貨3枚を孤児院の食費に当てるため、資金は銀貨7枚となる。商品は中古の武器となると、売却できる場所も限られてくる。
商人や鍛冶屋は買い叩かれる可能性があるし、農村部に武器需要があるか分からないため手が出づらい。衛兵に売るのはもってのほかだ。
「街のごろつきに売るのが一番だな。」
既存の店に売却しなくても、自分が商人となればいいと考えたのだ。エートルで衛兵が巡回しているのは大通り周辺や兵舎ぐらいだ。裏路地や小道などのごろつきがたむろしそうな場所ならバレる事もないし、武器需要もそれなりだろうと考えた。私は武器販売のために、ごろつきの住みへ向かった。
「何が商売人じゃあ!! 金出せやガキ!!」
「殺すぞ!!」
結論から言って大赤字だった。初めの方は、顔に傷のある親切な人が武器を買ってくれたり、子供に短剣を売ったりして金や物資を稼いだのだが、ごろつきに商売というものは通用しなかった。
ハゲと底身長の肥満者は、私から売り上げ金と物資を巻き上げると残りの武器を全て奪い去った。突然喉にナイフを突きつけられたし、多少大柄とはいえ、子供が大人の力に勝るはずがなかった。私は気を落としながら、空き地へ戻っていった。
空き地に戻り、私は木材の下に隠してあった一本の長剣と弩、壺の中の7枚の銀貨を取った。もしもの時のため、資金と一部の装備品を隠してあったのだ。
私はじっと銀貨を見つめた。自分の手に力がこもっていくのを感じる。
「何がみかじめ料だ!ただの略奪だろが!俺が必死こいて集めた戦利品を奪いやがって、殺してやる!」
今まで発した事のない声量で叫び、手に持っていた壺を地面に叩きつけた。物にあたるのは無意味な事だと理解しているし、感情を制御できないのは恥ずべき事だと認識している。だが、必死に走りまわって、人まで殺して集めた戦利品を成すすべ無く略奪されるのは無念としか言いようがない。
「くそっ...わかってる、わかってるさ。俺も略奪した。死人から略奪したんだ。だから、他人を批判できないのはわかってる。」
無駄な独り言を繰り返しながら、涙ながらに悔しがった。私が気を落ち着ける頃には、空は血のような赤色に変わっていた。
私は孤児院に帰る前に鍛冶屋に寄った。少しでも稼ぐために鍛冶屋の手伝いをした。手伝いといっても木炭を運んだり、井戸から水を運ぶだけの雑用だ。普通なら鍛冶屋の弟子がするような仕事だが、体調を崩しているためここにはいない。黙々と鉄を打つだけの親方と何の会話もなく、私はただ辛い労働を続けた。
気づけば外は夜だった。私は親方にいつ作業を終えるのかと聞くと、彼は灼熱の鉄を水につけ、立ち上がり、奥の部屋から袋を取ってきた。私にその袋を放り投げ、帰るように促した。袋には、パンと酒が入っていた。
私は夜道を重い足取りで帰宅する。大通りには誰もおらず月明かりもないため暗い。その代わりに各民家の窓から灯りが道を照らしている。人の声の代わりに虫と狼の遠吠えが耳に入ってきた。
しばらくして、孤児院が見えてきた。私は疲れからかつてないほど睡眠欲が増加している。早く寝たいのだ。早足で帰宅しようとすると、孤児院の扉が開いた。中からは蝋燭の灯りと共にラーサ院長が出てきた。
「院ちょ...」
院長を呼ぼうとしたところで、私はある事に気づき、声を止めた。いつもと違い、院長の服は扇情的なものだ。服の隙間から綺麗な足が見え、胸元も開いて強調されている。
私はとっさに隠れ、出て行く院長を観察していた。私の脳内には2つの考えが存在している。1つは、院長の後をつけ、自身の疑問を解消する事だ。もう1つは、このまま孤児院に帰り、ベッドに入る事だ。知らない方がいい事もあると私の前頭葉が教えてくれる。だが、私は院長の後を追って元来た道へ戻った。
「あっ!そんなに動かないでください。」
「いいだろ別に、楽しもうぜ。」
私はいるべきではない所にいた。知らなければよかった。いや、見なければよかったと言った方がいい。薄々勘づいていたが、考えないようにしていた。尊敬すべきラーサ院長が、自分を死から救ってくれた恩人が娼婦のような事をしていた。しかも相手は私から装備品を奪った男の片方のハゲ頭だ。
目の前の光景が信じられなかったし、見たくなかったが凝視してしまっていた。そして、私は前にもこの光景を見たことがある。電車の中で見かけた彼女と男を尾行し、彼女と男の後を追ってレンタルルーム店に入り同一の光景を目にした。
ここは異世界ではなかったようだ。私は再び孤児院への道を歩き、その足取りはより重くなっていた。院長の事は私が口出しすべきものではないと理解している。そして、彼女が子供達のために働いている事も理解している。いや、理解し、受け入れなければならない。
「あっ、お帰りハイエナ。」
孤児院の扉を開くと、マカが声をかけてくれた。彼は夕食の片付けをしていた。
「ご飯あるよ。食べてね。」
「いらない。」
「いらない? どうして? お腹痛い?」
「...」
「じゃあ、せっかくだから僕が貰うよ? いい?」
「ああ。」
「やった! ありがと。」
彼は嬉しいそうに机の上のスープとパン、チーズを食べ始めた。美味しそうに頬張る彼を見て、少し心が落ち着いた。
「なあ、マカ。お前院長の事...」
「何?」
「いや...何でもない。お休みマカ、爪楊枝で歯磨きしろよ。」
「大きなお節介!! おやすみハイエナ。」
私はベッドに横になった。疲れているはずなのに眠る事ができない。あれだけの眠気があったというのに、目蓋は一向に重くならない。どうにか寝ようとするも、この数日間で色々と経験したためか、私の脳は休もうとしない。
「頼むから、寝てくれ。忘れてくれ。嫌な事は全部忘れてくれ...」
口に出してみたが効果はない。眠れぬ夜が続くのだろうか。
結局、眠れなかった。日の光が木製の窓から侵入し、部屋を明るくした。私は身体を起こし、長細い木炭を手に取った。羊皮紙を用意し、木炭の先を水瓶の水で濡らす。羊皮紙に禿げ頭、太っちょと書いた。私は羊皮紙を集めて重ね、穴を開けて固定すると、それを自分の愛用の鞄に入れた。
私の頭の中にあるのは、愛する人、母親のように尊敬している人間があのような扱いを受けていいはずがないという考えばかりだ。自分勝手と理解しているが、それでも私は決意した。
「必ず殺す...」
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