第3話 救済と利益

 兵士達が戦闘に夢中になっている間に、私は戦場に横たわる死体から装備品を物色しようと試みた。先の戦闘ではサヴァラ伯爵の歩兵隊とラリカ伯爵の弓兵隊が大きく損耗していたため、彼らが倒れている辺りへ向かい、装備の品定めをする。


 戦場の中心に到達した私は地面に倒れた兵士を見つめながら持って帰れそうな装備品を確認するが、多少の誤算もあった。倒れた兵士達は死体ばかりではなく、負傷して動けないだけの者や負傷はしたがある程度動ける者もいた。彼らからしたら私は盗人である。だから、私は負傷者を手伝う農民のふりをして装備品を盗もうと考えた。


「大丈夫ですか!? 酷い怪我だ。手伝いますよ。」


「地元の子供か...すまない、助かる。」


 多くの負傷者がうめき声をあげながら後方へ向かう。私はサヴァラ伯爵の負傷者の後退を手伝いながら、後方の従軍司祭や医者のところまで連れていく。


 サヴァラ伯爵の後方陣地にたどり着いた時、司祭らしき男に応急処置を手伝うよう指示された。彼はサヴァラ伯爵に仕える司祭の一人で医者の代わりとして連れてこられたらしい。


「君、その焼きごてを取ってくれ。それと、こいつの脚をしっかり押さえててくれ。」


 そう言われ私はとっさに負傷者の脚を押さえた。それと同時に司祭は彼の切り傷に焼きごてを強く当てた。


「があああ、やめろ!!」


 彼は悲痛な声をあげ、物凄い力で暴れようとした。私はそれを必死に押さえ込もうとするが、彼の力は一般的な男性の力を遥かに越えていると思える程だ。そもそも子供に治療の手伝いをさせるなど、馬鹿げているとは思うが、それだけ人手不足なのだろう。


「ああああああああ...ぶっお...」


 彼は絶叫していたかと思うと、くぐもった声を発した。そして、彼の抵抗力がだんだん弱くなっていくのを感じた。意外と大人の全力の力を押さえられていた。これも労働で鍛えられたおかげだと自分に感心する。


「クソっ...こいつ舌噛んじまった。傷も深すぎるし、トドメ刺すかね。」


 そう言うと司祭は彼の顔に布を被せて見えないようにし、地面に並べられた器具のひとつから短剣を取り出し彼の首に当てる。そして、一気に喉元へ刺し込んだ。司祭が刺した瞬間、彼の身体がビクッと跳ね、少しの間痙攣していた。そして、徐々に動かなくなっていった。


「君は別の負傷者を見てくれないか。通りすがりの子供に頼むのは申し訳ないと思うが、我々も人手不足なんだ。それと君に助からない負傷者にトドメを刺す権利を与える。」


 司祭は顔色ひとつ変えずに言った。私は戦場で怪しまれないために、助けにきた地元民のフリをしているだけだ。あまり、関わりたくないが、怪しまれないために司祭の手伝いをするしかない。というか、子供にトドメを刺させるのもおかしいし、普通な出来ないから頼まないと思うが、そういう状況なのだろう。仕方ないと割りきろうとした。

 

「なら、司祭様のお手伝いをしているという証をいただけませんか。何分戦場ですので味方と認識されるものが必要なのです。」


「そうだな。では、あの袋の中に白い服が入っている。私が使っているものの予備だ。持っていくといい。それと、盗もうなんて思うなよ。さあ、行け。」


 私は司祭に言われた服に着替え、負傷者の運搬に向かった。







 戦場の中心に戻った私は、負傷者では無く装備品に目を向けていた。死体から装備品を剥ぎ取るといっても、鎖帷子や革鎧などの防具を脱がしている程の時間はないし、そもそも脱がし方がわからない。そうすると、私が略奪できる装備品は剣や槍等の武器か、靴や兜等の比較的簡単に脱がせられる防具だ。


 私は死体から装備品を集められるだけ集めた。一般的な兵士が使う短槍、少し傷んだ円い盾、欠けた狩猟用の半剣に暗殺に使えそうな短剣と集められる物は何でも集めた。集めた装備品は20点に上った。これらを上手く売却できれば、そこそこの金額が手に入るだろう。良い小遣いになるし、孤児院の助けにもなる。良いことばかりだ。


 この格好のまま逃亡するわけにはいかないため、私は略奪品を埋める事にした。近くに倒れていた農民の男から鍬のような物と彼の服をを拝借し、ひたすら地面を掘った。もし見つかれば拷問と死刑が待っていると自分に言い聞かせ、必死に掘った。50センチに届かない程の穴ではあるが、装備品を隠すのには十分だ。


 農民から拝借した服を破り、それで略奪品を包む。略奪品の半分を穴の中に放り込み、土を被せていく。その上に敵の農民兵の死体を置き、残っていた略奪品の半分を近くの茂みに隠す。収穫と偽装を終えると、私は動けない負傷者の運搬に向かった。







「大丈夫ですよ、助かりますからね。」


 軽傷者も多く、一人で歩ける者もいたため、負傷者の運搬に関しては問題なく終わった。問題だったのは応急処置だ。司祭や伯爵の召し仕い達が治療を施しているのだが、そのやり方に問題があった。止血は全て焼きごてをつかっているが、道具は司祭しか持っていないため、召し仕い達は傷口にお湯をかけたり、松明で塞ごうとしている。また、骨折している者には動物の血を飲ませたり、矢傷に泥を塗ったりしている。


 正直なところ信じられない光景ではあったが、司祭に聞いたところ、前は正式な従軍司祭がいて適切な処置をしていたらしい。だが、前回の戦いで流れ矢を受けて死んだとのことで、今は代理として彼が働いている。前司祭は白魔術師の下で人体について学んでおり、かなり優秀な医者だったが、社交的でない人物だったため誰にも技術を教えていないそうだ。よって司祭を含めた、ここにいる者達はまったくの素人なのだ。


 私は呆れ返っていたし、もう帰ろうかと考えた。だが、近くにいた負傷者に助けを求められ、何となく処置を続けてしまっていた。


「出血してますね、綺麗な布は持ってますか?」


「頼む、助けてくれ!!」


「助けますから、まず綺麗な布を・・・あるわけないか。取り敢えず、服の切れ端で傷口を圧迫します。血が出てこないぐらい強く押さえててください。」


「次の負傷者は...」


 私は必死に負傷者の応急処置をした。出血している者には圧迫止血を、骨折している者には副木で固定する基本的な処置を施した。一番多かったのが、矢傷だ。刺さった矢の周りを固定して、出血を止め、無いよりはマシと思い強い酒で傷口を洗い、比較的綺麗な布を巻いた。内臓を損壊していたり、殺してくれと懇願する者にはトドメを刺した。始めのうちは上手くトドメを刺せず、苦しい思いをさせたが、10回から後は苦しませなかった。


 しだいに処置が必要な者は減っていき、空の色も赤みがかっていた。私は一息つき、その場に座り込んでいた。そこへ司祭が重い足取りで近寄ってきた。彼の顔は会った時の仏頂面と違って、仕事終わりの社畜のような顔だ。私は彼に借りた服を返した。


「君のおかげで助かった、ありがとう。」


「いえ、何となく手伝だっただけですから。」


「君の処置はなんというか・・・適切なものだった。正直なところ期待していなかったんだ。どこで学んだんだ?」


 不意にそんな事を聞かれ、私は返事に困った。どのように答えればいいのか数秒思案した後、やや疲れている声で答えた。


「私の祖母に教えてもらったんです。彼女は一時期、薬師をしていたので...」


 もちろん嘘だ。私は祖母と面識がない。今の世界でも、元の世界でも会った事はない。


「そうか、取り敢えず今日は助かった。これは報酬だ。」


 そう言って彼は私の頭より大きい袋を渡してきた。中を確認すると、干し肉やチーズ、パンやビスケットのようなものが入っていた。


「よろしいのですか? かなりの量の食料ですよ。」


「ああ、うちの軍は飯に関してはあり余ってるから大丈夫だ。それに君の処置を学ばせてもらった礼と、また会いたいという意味も入ってる。」


「ありがとうございます。それでは...」


「ああ、またな...」


 私は袋を大事に抱えながら、街へ急いだ。すっかり忘れていたが、夕方には街の門が閉じられるのだ。下手すると夜の森で野宿になる。私は赤い空の下、門が閉じられていない事を願いながら全力で走った。







 やや薄暗い森の中を、喉奥が痛くなるほど走っている。大きい袋を抱えながら走るのはだいぶ疲れるものだ。空の赤みが増すごとに私の不安は大きくなっていく。間に合うだろうか。戦利品を捨てればより速く走れるだろう。だが、翌朝回収する頃には、野生動物に食い荒らされているだろう。苦労して手に入れた食料を無駄にはしたくない。私はとにかく走った。死にそうなぐらい走った。そして、遂に門へとたどり着いた。


 私は死にものぐるいで走ったが、門は固く閉じられていた。私の前にそびえ立つ巨大な壁に絶望する。内側にいる時は外敵から私達を守る頼もしい壁に思えるのに、外側にいる時はこんなにも憎たらしく思えるのかと不思議な気持ちになった。やるせない気持ちと極度の疲労から、私はその場に座り込んだ。


「こっちだ。」


 急に声を掛けられ、とっさに立った。声の主は壁の上にいた。門番だ。どうやら縄ばしごを下ろしてくれたようだ。いつもは陰で彼を蔑すむ私も、今は彼が存在している事に感謝した。腐りかけている縄ばしごを慎重に登り、上で待っていた彼の手を取った。


「おつかれさん、かなり遅かったな。」


「どうしてここに...」


「ああ、マカちゃんが来たんだ。お前の帰りが遅いからずっとここにいたんだぜ。まあ、夕方だし、家に返したけどな。」


「そうですか、すいません。あと、マカは男ですよ。」


「そんな事ぐらい知ってるよ。でも皆マカちゃんって呼んでるから別に良いじゃねえか。」


「そうですね...今日はありがとうございました。」


「よせよ、お前から金貰ってるんだからな。交代の時間になったら酒場でお楽しみだ。お前は気をつけて帰れよ。あっちの塔は誰もいないからな。」


 そう言って彼は見張り台へ戻っていった。帰ったらマカにお礼を言わなければ。私は指示された塔から下り、街へ戻る。疲労と眠気に耐えながら孤児院へ帰った。







 孤児院に帰ってきた私を待っていたのは、マカの説教だった。普段そんなに彼から説教される事がない分、彼に説教されると非常に怖かった。しかし、ラーサ院長に説教されるよりマシだ。


 しばらくして、マカの興奮状態もおさまり、彼の説教は諭すような口調に変わった。


「でもまあ、僕にも責任はあるからあまり強くは言えないけどさ。今後は危ない真似するなよ。わかった?」


「分かりました。すいませんでした。」


「よし、今から夕食の準備するから手伝って、ラーサ院長もいるから。」


「なあ、ラーサ院長にはバレてないよな。」


「うん、何も言ってないから大丈夫だよ。」


 説教が終わった後は、マカやラーサ院長と一緒に夕食の準備をした。その際に司祭から貰った食料を見せると、マカは単純に喜んでくれたが、ラーサ院長は少し訝しげな顔だった。


「ハイエナ君、この食料は一体どこから手に入れたのですか?」


「ああ、ええと...怪我をして動けない人を助けたらその袋を貰ったんですよ。ちょうど余ってるから持っていけって言われました。」


「そうですか...そうですよね。怪我人を助けるのは良い事です。素晴らしいですよ、ハイエナ君。」


「ええ...」


 そのまま問題なく夕食を作り、孤児院の皆と一緒に食べた。いつもより食事の量が多かったため、幼い子供達は喜んでいた。普段なら塩気の少ないスープに手のひら程の固いパンを浸したものが食事だが、今日は一人に粥と両手程のパンとチーズ一切れ、さらに干し肉まで付いている。


 ラーサ院長は、元気な子供達とそれを世話するマカを見て微笑んでいた。私はラーサ院長を見ながら残りのチーズと干し肉をパンに挟んで食べた。


 食事が終わると子供達は床に就いた。私は細い木の棒を爪楊枝代わりにマカと片付けをしていた。ラーサ院長はいつもどおり出掛けた。夜に内職をしているため、彼女は昼に寝ている。私達のために働く彼女はまさに聖母だ。


「ねえ、ハイエナさ。」


「ん?」


「今日、合戦の時に残ったのって、食料手に入れるためだったの?」


「ああ、負傷者の応急処置で稼いだんだ。」


「へえ、他には何もしてない?」


「ああ...」


「分かるよ、ハイエナは先生の役に立ちたいんでしょ? 僕も同じだよ。でも、僕も子供達も、ラーサ先生も君に危ない事はしてほしくないんだ。だから...」


「分かってるよ...大丈夫、何も悪いことはしてないから。」


「そう...」


 私とマカは片付けを終えて、床へ入った。色々な刺激のせいで眠れなかった。この世界で盗みを働いたのは、今日が初めてだった。そして、人を殺した事もだ。しばらくすると、疲労が一気に押し寄せてきたため、私の目蓋は重くなり、深い眠りについた。

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