幕間:その名は銀狼《ヴォルフ》

「そんなとこで何してんだ優吾?」


 エリックが地下駐車場を訪れると、RX-7の前に立つ優吾の姿があった。


「あ、エリックさん。すみません、あなたの車をジロジロ見てしまって……」


「いや別にいいけどよ。気になるのか、そのFD」


「ええ。これスピリットRのタイプAですよね。僕初めて見ましたよ」


 RX-7最後の限定車として登場したスピリットR。エリックが持っているのは極限まで走りを追求したタイプAという2シーターのグレードである。


「レジスタンスのリーダーになりたての頃、鈴鹿にある知り合いの店で買ったんだ。GTウィングや車高調とかもその時から付いてたな」


「前のオーナーさん、よくサーキットへ通っていたんですかね?」


「みたいだな。でもちゃんとメンテナンスもしてたからどこにもガタが無いんだよ」


 エリックは懐から加熱式タバコを取り出し一服する。


「コイツにはな、銀狼ヴォルフって名前があるんだ。まあ俺が勝手に名付けたんだけどな」


「なんで銀狼ヴォルフなんですか?」


「ボディーのサイドに狼のバイナルが貼ってあるだろ?それも前から付いてたんだ。オマケに鋭い走りでコーナーもクイックに曲がってくれるマジで狼みたいなマシンだぜ」


 優吾が車の横にまわると、エリックの言うとおり狼を模したデザインのバイナルステッカーが貼られていた。


「あの、何故エリックさんはこの車にしたんですか?」


「コイツを選んだ理由、ねえ……」


 エリックはRX-7を見ながらゆっくりと煙を吐き出す。遠くを見つめているような表情にはどことなく寂しさが滲み出ていた。


「俺の恩人がスピリットRに乗ってたから、かな」


「恩人?」


「ああ、今の俺がここにいるのも全部彼女のおかげだ」


「その人は今どうしているのですか?」


 優吾のその質問にエリックは一瞬タバコを吸う手を止めて瞑目する。


「アイツは……もうこの世にはいねえよ」


「す、すみません!そうとも知らずこんなこと聞いてしまって」


「気にすんな。誰だって気になることさ」


 柔らかい笑みを浮かべながらボンネットを優しく撫でるエリック。


「たまに思うんだ。この車にアイツの魂が宿っていて俺とセブンのことを守ってくれてるんじゃないかって」


「エリックさん……」


「さてと、そろそろ夕飯の時間だ。とっとと戻らねえとお前の分がなくなっちまうぞ」


「そうでしたね。エリックさんは?」


「俺もすぐ行くから先に行ってな」


 優吾が駐車場から出ると、エリックはRX-7の前に腰を下ろした。


「いつも俺達を守ってくれてありがとうな」


 ささやくように感謝の言葉をかけるとエリックは駐車場を後にする。


『あんまり無理するんじゃないよ』


 聞き覚えがある声が彼の耳に入ってくる。すぐに後ろを振り向いたが、そこには誰もいなかった。


「……気のせいか」


 彼女が生き返って会いに来たと一瞬期待してしまったが、エリックはゆっくりと背伸びをしながら駐車場を去っていった。

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