第5話:廃工場の戦い

 群馬のとある山道を走る3台の車があった。先頭を走るのはマフィアが乗る黒のジープ、その後ろを走るのがWRXとGR86だった。例の巨人騒ぎの際にマフィア側のドライバーに負傷者が出たため、急遽2番着の優吾にも白羽の矢が立ったのだ。


『結構山深いところですね』


 ガタガタと揺れるWRXの車内に電話越しの優吾の声が響く。


「まあ一応闇取引だからなー」


「もう少しで指定場所に着くと思うのですが」


 険しい山道を走ること30分。三人の目の前に寂れた廃工場が見えてきた。


「あれか」


「他にも車が見えますね」


 工場前に広がるスペースへと車を停め下車する。既に相手側のものであろう黒のセダンが2台停められていた。


「ほーん。いかにも闇取引にピッタリな場所だな」


 廃工場の壁は所々茶色く錆び落ち、表面には緑のツタがびっしりと生えていた。


「こっちだ。付いてこい」


 マフィアの団員二人に連れられ、三人は工場内へと立ち入る。その時、エリックがある違和感を感じた。


『このにおい……血か?』


 嫌な予感が彼の脳裏によぎる。中は薄暗く異常なほどに静まりかえり人の気配がしなかった。


「誰もいませんね……」


「そんなはずはねえ。先に仲間と相手がいるはずだ」


 団員達が辺りを探していると、一人の団員が柱の影から人の手が見えているのを発見する。


「おいお前、そんなところで何してん……うわああ!!」


 柱の後ろに回り込んだその時、団員の悲鳴が響き渡った。


「どうした!」


 エリック達が柱に駆け寄ると、そこには目を見開いた団員がダラリと力無くもたれ掛かっていた。柱にはまるで枝垂れ桜のような血飛沫の跡が首もとから広がっている。


「おい大丈夫か!返事しろ!!」


 もう一人の団員が必死に呼びかけるが反応は無い。エリックはすかさず首もとに指をあて脈を取る。


「……ダメだ。もう死んでる」


 そして彼が視線を前方に移したとき、さらにおぞましい光景が広がっていた。


「おいおい……冗談だろ?」


 ──何人もの男性が血だまりの上で倒れていたのだ。


「た……助けてくれえ!!」


 全員が言葉を失っていたとき、奥の方からふくよかな中年男性が息を切らしながら走ってきた。


「あんたは器の持ち主の…… 何があった?」


「いきなりおかしな男が来て次々と殺していったんだよ~!」


 男性は額からじっとりとした汗を滲み出しながら必死に訴えかける。


「と、とにかく早くここから助け出して……」


 突然、男性の動きが止まってしまう。団員が恐る恐る視線を下ろすと、男性の胸から血に濡れた刃物が顔をのぞかしていた。


「あ……ああ」


 男性はその場に倒れ、ナイフが刺さっている胸の辺りからはどくどくと大量の血が流れ出す。


「ケーッシャシャシャシャア!待ってたぜえ!!」


 突如狂気じみた笑い声が響き渡る。一同が辺りを見渡すと、靴音とともに暗闇から怪しげな人影が浮かび上がる。


「そのカッコ……お前、ウロボロスだな?」


 ウェットスーツのような黒い服に防弾ベストという時点で奇妙ではあるが、それをさらに際立たせているのが腰の回りに付けている大小様々な種類のナイフであった。頬には飛び散った血が付着し、黒い長髪はだらりと幽霊のように垂れ下がっていた。


「ケシシ。せえ~かあ~い」


 ギョロリとした四白眼を見開き、歯を剥き出しにしながら答える男。


「お前だな!仲間を殺りやがったのは!!」


 憤った団員二人が男に向かって銃を構える。


「ああん?ああ、アイツらか。どいつもこいつも殺しがいのないヤツばかりだったぜ。まあでも、たくさんブチ殺せたからいいけどな!」


「チクショウ!!」


 一人の団員が引き金を引き、弾丸を発射する。弾丸はそのまま真っ直ぐに男の方向へと飛び、彼の胸に命中する……はずだった。


「な……に?」


「消えただと?」


「消えてねえよ。ちゃんとお前らの横にいるぜえ」


 その瞬間、二人は首もとから深紅の血飛沫をあげながらその場に倒れ込んだ。


「テメエ……」


 2丁のデザートイーグルを構えながら男を睨み付けるエリック。彼の足下には団員二人から湧き出た血が広がっていた。


「優吾。俺の後ろに下がってろ」


「は……はい」


 エリックに言われるまま優吾は後ろへと下がる。動揺する彼の額からは汗が一筋流れ落ちた。


「狙いは仏の御石の鉢だな。どこへやった?」


「もうオレたちが回収したぜえ。一足遅かったみたいだな」


 男がジリジリとエリック達へ歩み寄ろうとした次の瞬間、血だまりから赤いが現れ、喉元に突き付けられる。


「へえ……」


「それ以上こちらに近付けば串刺しにします」


 鋭い双眸から冷たい視線を向けるセブン。しかし、男はにたりと笑いながら槍の柄を鷲掴みにする。


妖血術ようけつじゅつじゃねえか。ってこたあ、お前ら吸血鬼だな……ケーッシャシャシャア!こりゃあ殺しがいがあんじゃねえかあ!!」


 男は目を血走らせ高らかに笑い飛ばすと、掴んでいる槍の柄を握りつぶし目にも止まらぬ速さでセブンに襲いかかる。


「串刺しにすると言ったでしょう!」


 彼女の瞳が赤く光る。すると男に襲いかかるように地面から無数の槍が突き出してきた。


「シャッ!!」


 しかし、対する男も巧みな身のこなしで襲いかかる槍をかわし、徐々にその距離を詰めていく。


「くっ……」


「死ねえええ!!」












 男のナイフは突如現れた分厚い氷の壁によって阻まれてしまった。


「……なんだあ?」


「俺が相手だ。サイコ野郎」


 エリックが持つ2丁のデザートイーグルからはほのかに白煙が上がっていた。そして銃口には水色の魔法陣が展開されている。そう、彼が手にしているのはただのデザートイーグルではない。術式の脳内詠唱で展開させた魔法陣によって銃弾をさせる文字通りの「魔銃」である。


「ケシシ、なかなかやるじゃあねえか。それなら、少しくらいはっつうもんを見せてやらねえとなあ」


 ねっとりとした不気味な口調で話す男。おもむろに持っているナイフの腹に自らの舌をゆっくりと這わせる。


「俺の名はタランチュラ。まあ、名前は名前でもコードネームだけどなあ。お前は?」


「生憎と俺は騎士ナイトでもサムライでもないんでね。あんたに名乗る義理なんてねえよ。ただの通りすがりの半吸血鬼ダンピールとでも言っておこうか」


「私はセブン。吸血鬼です」


「でもまあ……互いの名前を覚えたって無駄なんだけどな。何故なら……お前らはここで死ぬんだからなあ!!」


 再び凄まじい速さで襲いかかるタランチュラ。エリックは何度も発砲するが、タランチュラは余裕の表情で弾丸をかわしながら接近していく。


「終わりだああ!!」


 タランチュラは勢いよくナイフを振り下ろす。しかし、エリックの目にも留まらぬ早撃ちが一枚上手であった。わずかな時間の間に脳内で術式を構築し、銃口に魔法陣を展開させ発砲する。


「なにい……?」


 タランチュラのナイフが寸前のところで弾かれてしまう。よく見るとエリックの前面に透明な防御壁シールドが展開していた。


「オラア!!」


 一瞬の隙を突き、エリックの渾身の蹴りがタランチュラのみぞおちにめり込む。


「カハッ……」


 勢いよく天井へと蹴り飛ばされるタランチュラ。叩きつけられた衝撃でもろくなっていた天井は轟音を上げながら崩れ落ち、辺り一帯に土煙を巻き上げる。


「ヘヘ……今のは効いたぜえ」


 タランチュラは顔を少し歪ませながらゆらりと土煙の中から現れた。


「驚いた、あれ喰らってピンピンしてるとはな。バケモンか」


「そっちこそ一筋縄ではいかねえってか……ん?」


 ふとタランチュラはエリックの後ろに立つ優吾へと視線を向ける。


「え……」


「アイツはもしや……ケーッシャシャシャシャア!今日の俺は運がいいぜえ!遺物を回収できたうえにも確保できるんだからなあ!!」


 そしてタランチュラは狙いを優吾へと変え、一直線に飛び出した。


「この野郎!!」


 エリックは再び魔弾を放ち防御壁シールドを展開するがナイフが当たっているところから徐々に亀裂が生じ、やがて木端微塵に砕け落ちた。


「チッ……破魔石はませきのナイフか!」


 防御壁シールドを打ち破ったタランチュラはそのまま破魔石のナイフを片手に優吾へと手を伸ばす。


「くうっ……」











 ――何が起きたのか、優吾には理解できなかった。いつの間にか目の前にいたタランチュラが柱に叩きつけられていたのだ。


「グハアッ……お前、何しやがった!」


 タランチュラの口元には痛々しい跡ができ、唇からは血が流れていた。


「なあに、ちょっとばかしぶん殴っただけさ」


「時間をだと……まさか妖血術か!」


「御名答」


「なぜだ!なぜ半吸血鬼ダンピールが妖血術を使えるんだ!!」


「それを教えるほど俺はお人好しじゃないんでね」


 その瞬間、タランチュラの喉元にが突きつけられる。


「チェックメイトです」


 剣を持っていたのは、セブンだった。


「いつの間に……!」


「彼女は例外でね。俺の妖血術の影響を受けねえんだわ」


 エリックはタランチュラに銃口を向けジリジリと近づいていく。


「テメエにはいろいろと聞きたいことがあるんでねえ。大人しくしてもらおうか」


 しかし、銃と剣を向けられているにも関わらずタランチュラは余裕の表情を浮かべていた。


「ケシシ……なあ、油断大敵って言葉知ってるかあ?」


「なに?」


 その直後、突如として3人を眩しい光が襲いかかる。


「クッ……」


 しばらくして目を開けると、先程までいたタランチュラの姿が消えていた。


「エリック、奴は……」


「あの野郎、閃光弾スタングレネードを使って逃げやがったな……優吾、大丈夫か?」


「は……はい。あの、なんで僕が狙われたのでしょうか?」


「さあ?だけどお前とウロボロスとの間に何かあるってことは分かった」


 エリックはコートのポケットから加熱式タバコを取り出し一服する。


「さて、そろそろ帰るぞ。早いとこ次の行動を考えねえとな」


 気がつくと外から差し込む光が薄いオレンジ色をしていた。その光に照らされ工場内の惨状が露わとなる。ボロボロになった壁や柱。そこかしこにできた血痕や血溜まり。そして横たわる遺体の数々――優吾は思わず嘔吐しそうになる。


「大丈夫ですか?」


「ええ……すみません、少し気分が」


「とっととこんなとこ出よう。俺まで気分悪くなっちまう」


 夕暮れが近づく中、3人は廃工場を後にする。その帰り道、優吾は始終胸が締め付けられるような気分に苛まれていた。


『僕とウロボロスに一体どんな関係が……』


 汗が滲む手でハンドルをギュッと握った。いくら思い出そうとも記憶は5年前しか思い出せない。そんなもどかしい不満が優吾の心を一層かき乱していく。


 光は濃いオレンジへと変わり、2台のスポーツカーを色付かせる。水平対向エンジンの咆哮が夜の静寂に包まれようとする山にこだました。




















 ――日本某所


「ほう、それで今、無様な姿を私に見せているのだな」


「シャレード隊長そりゃないぜえ」


 クタクタに疲れ果てたタランチュラをシャレードは鋭い眼光で睨みつけていた


「まあいい。当初の目的であった遺物の回収には成功した。例のレジスタンスを追っていけばまた003号に遭遇するだろう」


「ボコボコになりながら戻ってきたオレに労いの言葉の一つもねえのかよ」


「たかが吸血鬼相手に情けない」


「全然労ってねえよ。アンタは実際に戦ってねえからそんなこと言えるんだよ。半吸血鬼ダンピールの野郎は時間をスローにできる妖血術が使えるし、銀髪の女吸血鬼は無数の槍を出してくるわで散々だったんだぜ?」


「なに?」


 突然、シャレードの目の色が変わる。


「銀髪の女吸血鬼だと……?」


「あ、ああ。18歳くらいのねーちゃんだったぜ。確かセブンとか言ったな」


「……」


「隊長?」


「タランチュラ、お前は引き続きレジスタンスの追跡と003号の確保を継続しろ。銀髪の吸血鬼についてはこちらで調べる」


「おう」


 そう言うとタランチュラはドアを開け部屋から出ていった。シャレードは瞑目しながら先程の銀髪の吸血鬼について考える。


「……まさか」















 一方その夜、エリックは一人RX-7を転がしあるところへと向かっていた。


 向かう先は、だった。



 〜TIPS〜

 水平対向エンジン:ピストンと呼ばれる部品が向かい合い水平方向に往復することでエネルギーを産み出すエンジン。

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