第6話:明かされる真実

「閉店」の札が掛けられているドアを開けると、カウンターで一人紙タバコを吸うロンの姿があった。


「お客さん、今日はもう閉店……なんだお前か」


「よう、相変わらずクソ不味いタバコ吸ってんだな」


「この味の良さが分からねえとは、お前もまだまだガキだな」


「うっせえ」と言うとエリックは隣に座り、ポケットからいつもの加熱式タバコを取り出し紫煙を燻らせる。


「……で、何の用だ?その様子じゃ、俺をからかいに来たってわけじゃなそうだな」


「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな。アンタにしか分からねえことだ」


 エリックは大きく煙を吐き出した。


をした男について聞きたい」


「蜘蛛の刺青?」


「今日の任務を邪魔してきたウロボロスの奴でね。ぶん殴ろうとしたとき、首元にあったんだよ。タランチュラみてえな蜘蛛の刺青がな。ありゃあ、どう見たって世界最強の暗殺者集団 『あかき虎』の幹部である証だ」


 ロンは少し顔を曇らせる


「アンタならソイツについて知ってるはずだ。そうだろ?王龍ワンロンいや、


 その名前を聞くと、ロンはため息混じりにモクモクと煙を吐き出した。


「その名前で呼ぶのはやめろ。俺はもう、あの組織の人間じゃねえんだ」


「だったら教えろ。アンタが出ていく前か後に辞めた幹部がいたのか?」


「……一人いる」


 吸い終わったタバコを灰皿にねじ込むと、赤い龍が描かれたタバコの箱から新しいものを取り出し、ライターで火を付けた。


「天殺星 李逵りき。俺が出ていく一ヶ月前に辞めた幹部だ」


「どんな奴だった?」


「一言で表すなら"異端"だな。紅き虎は『一殺百敬いっさつひゃくけい』――一つの殺しに百の敬意を持って臨めという言葉の下、暗殺に臨んでいる。だがあの男は違った。奴の殺しに敬意なんぞ微塵も感じない。殺しのためなら手段を選ばないし……何より殺すことをただ愉しんでいるようにしか見えなかった。奴にとって人を殺めることは"遊び”だったんだよ」


「人を殺すのに敬意もクソもねえよってのは置いといて、なんでそんなイカれた奴を幹部にしちまったんだ?」


「奴と戦ったのなら分かるだろ。あの人間離れした身体能力を買われたんだよ。まあ、お前のようなことを言ってた幹部も少なくなかったがな」


 二人は大きく煙を吐き出した。大量の煙はやがて天井にのぼりモクモクと広がっていく。


「オッサン。アイツは吸血鬼だよ」


「何?」


「あんな力、妖血術以外に考えられねえ。多分常時展開型の身体強化系の術なんだろ」


「まさか吸血鬼だったとはな……」


「さて、聞きたいことは聞けたしそろそろ帰るわ。邪魔したな」


 そしてエリックがドアを開け店から出ようとしたときだった。


「……死ぬなよ」


 それはエリックも予想していなかった言葉だった。


「何だよ急に気持ち悪い」


「お前に死なれると、うちの稼ぎが少なくなる」


「そうかい。ご心配どーも」


 ドアがバタンと閉まり、店に再びの静寂が訪れる。ロンは新しいタバコに火を付けゆっくりと一服する。


「あの坊主……何も分かっちゃいねえな」







 ――数日後


 富士山が見下ろす中、新東名高速道路の120km区間を疾駆するメタリックグレーのRX-7と赤のGR86の姿があった。


『あのエリックさん。知り合いの方に僕を診てもらうって言ってましたけど、どこへ向かってるんですか?』


「京都だ」


『京都……ですか?』


「ああ、京都にはレジスタンスのアジア本部があるんだよ」


『あれ?エリックさんのところが本部ではないんですか?」


「もちろん俺のところも本部だ。正確に言うと世界中にあるレジスタンスの総本部って感じのポジションだな。それに日本は世界で最も凶界へ通じる孔――凶界孔きょうかいこうが発生する場所でもあるからな。俺達レジスタンスにとって日本ここはとても重要な場所なんだ」


『なるほど』


 高速道路を乗り継いで数時間後、一行は京都のとある場所へと到着した。


「ここって……清水寺ですよね?僕たちレジスタンスの本部に行くんじゃ?」


「だからこれから行くんだよ」


 境内に入ると周りは多くの観光客で溢れかえりほのかに焼香の香りが漂っていた。ここにウロボロスと影で戦うレジスタンスの本部があるとは思いもしないだろう。


 エリックを先頭にしばらく進んでいると前から二人の僧侶が歩いてきた。


「ちょっといいか?」


「はい、どうなされましたか?」



「こちらです」


 僧侶に案内され向かった先は清水の舞台の真下であった。


「失礼」


 一人の僧侶が3人の前に出ると、岩壁に向かって空中に五芒星を描き出す。五芒星は青白い光を帯びながら消え去ると岩壁に突如として扉が現れた。


「どうぞ」


「サンキュー」


 エリックは僧侶達に礼を言うと二人を引き連れ中に入っていった。


「みんないらっしゃ~い!」


「待っていたよ」


 3人を出迎えたのは黒のロングヘアーで巫女装束を纏った18歳の少女とブロンドショートヘアーで騎士姿の15歳の少女というなんとも奇天烈な組み合わせのコンビだった


「君が西崎優吾くんだね。はじめまして、ボクはリーダーの蘆屋道璃あしやどうりそしてこっちの騎士姿の子が……」


「エリスだよ!よろしくね」


「はじめまして。あの、道璃さんの名字の蘆屋って……」


「おや、もしかしてボクのご先祖様を知っているのかい?」


「優吾が思っている通り、道璃はあの安倍晴明最大のライバル、蘆屋道満の子孫だ」


 しばらく呆気に取られてしまう優吾。こんな可憐な少女があの蘆屋道満の子孫だとは信じられなかった。


「それじゃあ、道璃さんも陰陽術が使えるんですか?」


「もちろんだとも。あの扉の封印を施したのもボクだからね」


「すごい……」


「さて、今日はボク達に会いに来たんじゃないんだろ?」


「ああ、ここのは何処にいるんだ?」


「ふふ、彼女ならいつもの部屋だよ。エリス、エリック達を和葉かずはの部屋に案内してあげて」


「はーい」


 エリスに案内されて向かった先は、メモだらけの扉が目を引く部屋だった。


「じゃあ私は戻るね」


「おう、サンキューなエリス」


 エリスが去ったあと、エリックはメモだらけの扉を思いっきりノックした。


 扉を開けてまず目に入ったのは膨大な数の紙と本の山だった。人間工学から宗教学までありとあらゆる分野の研究論文が無造作に積まれている。それだけでも十分異様な光景なのだが、さらに目を引いたのは壁に飾られている武器の数々だ。見たこともない剣や銃がずらりと壁にかけられている。文字通り混沌カオスな研究室である。そんな部屋の奥、パソコンを操作する白衣姿の少女が座っていた。


「和葉ー邪魔するぞー」


「邪魔するなら帰れー」


「うるせえ。用があるから来たんだよ」


「なんだよエリックつれないなー」


 白衣姿の少女――和葉が三人の前に立つ。美しい亜麻色のロングヘアーは目も当てられないほどボサボサで目の下には薄っすらクマができている。白衣の下には白のブラウスとジーンズを着ているがどちらもクタクタでブラウスに関してはシワだらけだった。


「この人が……」


「そう、コイツが伊藤和葉。こんなだらしねえ見た目だが吸血鬼研究では右に出るやつはいないマッドサイエンティストさ」


「君ー こんな可憐で優秀な女研究者をマッドサイエンティスト呼ばわりするなんて失礼だろ」


「うっせえ。それにな、俺はまだ許してねえからな」


「だから悪かったって言ってるじゃないかー」


「悪かったで済めば警察はいらねえんだよ。マジで大変だったんだからな」


 二人の言い争いに優吾は恐る恐る質問をぶつけてみる。


「あの……何があったんですか?」


「お前は知らなくていい。あ、このことをセブンとかに聞いたりしたらタダじゃおかねえからな」


「わ……分かりました」


 二人の間に何があったのか気になるところだが、優吾はぐっとこらえ本題へと進んだ。


「どうやって僕のことを調べるんですか?」


「まずは君の血について調べてみよう。ちょっとそこへ座ってくれるかな?」


 和葉に言われるまま優吾は彼女の向かい側へと座る。


「今から血を採らせてもらうよ。なーに、健康診断の採血より少ないから安心して」


 和葉は小さな注射器を優吾の右腕の静脈に突き刺し採血を開始する。ものの数十秒で採血は終わり、血はすぐさま装置へと入れられ解析が始まった。


「和葉さん、これは何を見る検査なんですか?」


「血の中に含まれているエーテルがどのようなものかを見る検査だよ。……おっと結果が出たみたいだね」


 解析結果が出たパソコンのウィンドウに見入る和葉。とてつもなくだらしない見た目の彼女だが、その顔つきはまさに研究者だった。


「これは……」


「ど……どうなんですか?」


 一呼吸置いて優吾の方へと向き直る。


「うん、結論から言うと君は……だね」


「え……」


 理解が、できなかった。まるで後ろから頭を殴られたような衝撃が走り、心臓は激しく鼓動する。


「僕が、人工の……」


「なるほどな。だからあのサイコ野郎はお前のことを狙ってたわけだ」


「どうしてですか?」


「人工吸血鬼の作製はウロボロスが長らく研究している分野だ。あまり言いたくねえが、お前はなんだよ」


「実験体……」


 突然目の前がくらみ優吾は椅子から倒れそうになる。


「大丈夫ですか、優吾?」


「……」


「ちょっとエリック。少しは言い方ってものがあるだろ?」


「言い方もなにもそれが現実だ。どんなに嫌でも、信じられなくても受け入れないといけねえんだよ」


「とにかく隣の部屋で横になろう。歩ける?」


「はい……」


 優吾は和葉の肩を借りながら部屋をあとにする。


「エリック……」


「セブン、お前は優吾の近くにいてやれ。アイツの気持ちを一番理解できるのはお前しかいないんだ」


「……分かりました」


 セブンが部屋を出たあと、エリックは壁にもたれ込み瞑目する。


『俺が吸血鬼だって……?そんなのウソだ!』


 ふと、瞳の裏にあのときのことが浮かび上がる。今まで普通の人間だと信じていたのが一気に崩れ去ったあの日のことが。


「……ま、俺も人のこと言えねえけどな」








「ううん……」


「目が覚めましたか」


「セブンさん……?和葉さんは……」


「彼女ならエリックと話があると部屋へ戻っていきました」


「そうですか……」


 二人の間に沈黙が走る。思えばあのときも会話よりも黙っている時間の方が長かった。優吾は目覚めて間もない頭を働かして会話のネタを探し出す。


「優吾」


「は、ハイ!」


 驚きのあまり思わず声が裏返ってしまう。まさかセブンから話しかけてくるとは思ってもいなかった。


「あなたと初めて会ったとき赤の他人とは思えないような感じがしたんです。まるで私自身を見ているような、そんな感じが」


「え……」


「なぜそんなことを思ったのか、今まで見当がつかなかったのですが……さっきのことでようやく分かりました。


「セブンさん、どういう……」


 セブンはゆっくりと優吾へ顔を向けた。


「私も、ウロボロスの実験によって作られた吸血鬼なのです」


 あまりの唐突な告白に優吾は一瞬、思考が止まったかのような感覚に陥ってしまう。


「セブンさんが、ウロボロスの人工吸血鬼……」


「『人工的に強化された』と言ったほうが正しいですね。私は実験によって使改造されました」


「改造……だって?」


 まさに青天の霹靂とも言うべき衝撃が走り、行き場のない怒りがふつふつと沸き上がる。こんな少女にウロボロスは過酷な改造や実験をさせていたのかと想像するだけで、はらわたが煮え繰り返るような気分になる。


「今からお見せします」


 するとセブンはおもむろに八重歯で右手の甲の皮膚を噛み切り出血させた。


「これが私が元々持っている妖血術――血造武器ブラッド・ウエポンです」


 セブンの瞳が赤く光る。すると傷口から滴る血の量が増え、右手に深紅の片手剣が形作られる。


「すごい……」


「時間をかければもっと強い武器が作れますが実際にやったことはありません。ほとんどがもう一つの妖血術で事足りているので」


「あの槍を出すやつですか」


「はい、あれが改造によって得たもう一つの妖血術――無限の槍ブラド・ツェペシュです。お見せすることはできませんが、あらゆるところから槍を出現させることができます」


「すごいですね……」


「……」


 またも沈黙。もはや彼女との恒例の行事となりつつある。よくよく考えてみると、彼女とこんなに長い時間会話をしたのは出会ってから初めてのことである。


「優吾……」


 再びセブンが話しかける。


「私も、ウロボロスの実験をたくさん受けてきました。時には戦闘実験で何人もの人を殺しました。今でもその時の記憶が蘇ってくるのです。血まみれの顔でこちらを睨みつける顔、苦悶の表情を浮かべながら死んでいく人。どんなに忘れようとしても、ふとした時に思い出す…… 正直言ってとても辛く苦しいです」


「えっと……」


「私はあなたの気持ちがとても分かる。だから……」


 セブンは優吾の顔を見据える。


「あなたは一人で苦しみ続ける必要はありません。私達がいます。だから、安心して下さい」


「……フフっ」


 思わず微笑んでしまう優吾。しかし、瞳には大粒の涙が浮かんでいた。


「……笑われるのは心外です」


 むうと膨れるセブン。


「あはは、ごめんなさい。セブンさんが励ましてくれるのがちょっと意外で」


「というと?」


「初めて会ったとき僕がお礼したら颯爽と離れて行ったじゃないですか。あのとき、とてもクールな人だなってつい思ってしまったので。でも、とても嬉しいです。セブンさんって優しいんですね」


「優しい」という言葉にセブンは頬を少し赤らめ、優吾から視線を逸らす。氷のようにクールな彼女が見せる意外な一面に彼は思わず心を惹かれてしまった。彼女の恥ずかしがる顔を見ていると自然と心拍数が上がる。不器用ながらも励ましてくれる彼女の姿が脳裏に残り続ける――優吾は淡い恋心を抱いた。ふと我に返り、彼も思わず視線を逸らす。


『な……何自分まで恥ずかしがってるんだ』


 その時、コンコンとドアをノックする音が響いた。


「優吾ー入るぞー」


 ドアを開けエリックと和葉が部屋へと入ってくる。


「体の具合はどうだい?」


「大丈夫です。皆さん心配させてごめんなさい」


「エリック。さっきまで何を話していたのですか?」


「ああ、それはだな……」


 ――1時間前


「優吾には妖血術がないだって!?」


「ええ、正確に言うとだね」


 和葉は解析結果が映し出されたディスプレイを見せながらエリックに説明する。


「エリック。彼と過ごしてて何か変わったことはなかった?」


「初めて会った夜、アイツが求血症みたいな症状を起こして少しドンパチやった。姿もがらりと変わって身体能力も格段に上がる求血症なんて見たことも聞いたこともねえ」


「それだよ」


「はあ?」


「それが彼の妖血術だよ。まだ制御できてないから妖血術とは言えないけど」


 最初は驚いていたが持ち前の頭の良さで瞬時に理解する。


「なるほどなー それなら変身と身体強化の件も合点がつくわ。で、どうやったら妖血術になるんだ?」


「本来なら能力と使用者がリンクすることで妖血術となるんだけど、それだと相当な時間がかかってしまう。優吾君の場合、一刻も早く解決しないといけないんだろ?」


「……なんかいい方法知ってそうな物言いじゃねえか」


「まあね。この方法を使えば3日で妖血術として発現できる。でも……」


「いいから教えろ」


「……燕青えんせいのとこで鍛えてもらう。だけどかなりの荒療治だよ。下手したら死んでしまうかもしれない……優吾くんの意見も聞かないと」






「ということだ。ここから先は優吾、お前が決めろ」


ふと、優吾は今までのことを思い出す。初めてエリック達と会ったとき――あの巨人との戦いの際、自分は足がすくみ逃げることさえできず間一髪のところをセブンに助けてもらった。この間のタランチュラとの戦いでも何もできずに立ち尽くしエリックに助けてもらったおかげで拐われずに済んだ。そこにはいつも何もできずに守られてばかりの自分がいた。思わずぎりりと奥歯を強く噛みしめる。


「僕は……強くなりたいです。このまま守られてばかりなのは正直嫌です。強くないから毎晩あの力に飲み込まれてしまうんです。もう、今までの自分と決別したいんです。だからお願いします」


優吾はベットの上で深々と頭を下げた。


「いいのかい優吾くん?」


「もう覚悟はできています」


「……分かった。じゃあ燕青に伝えておくね。ただ彼、スマホ持ってないんだよね。だからちょっとばかし時間がかかるからしばらくここにいたらどう?」


「はい」


まっすぐな眼差しで和葉を見る優吾。その目には確固たる決意が込められていた。


「じゃ、俺達は先に群馬に帰ってくぜ。やらねえといけないことがまだまだあるからな」


優吾に別れを告げ、部屋から退出しようとしたときエリックはドアの前で立ち止まった。


「……ぜってえ戻って来いよ」


その言葉を残し、彼らは部屋を後にした。


「エリックさん……」


ドアの向こう側、エリックはフッと笑みを浮かべていた。


「俺もあの暴力オヤジと同じだな」









――午後5時半 名神高速


「いやあー疲れた!早く帰って寝よう!」


「エリック、ウロボロスの秘密研究所のことも忘れないでくださいね」


「分かってるって。そっちもちゃんと進めておくからよ」


ふと、エリックはバックミラーへと視線を移す。すると突然、彼の顔が真剣な表情へとなった。


「……セブン、飛ばせ」

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