第3話:吸血鬼と加熱式タバコ
『貴様は機械だ』
不気味な男が優吾に語りかける。視界はぼやけ男の顔がはっきりと見えない。
『貴様に意志などない。殺せ。殺し尽くせ。それが貴様の存在意義だ』
「な、何を」
困惑している最中、突如場面が移り変わる。彼の目の前にあったのは、死体だった。
「ああ……」
もはや人の形は跡形もなく消え去り、ただの肉塊となっていた。
「あああ……」
そして、視線を手に移すと、ベットリとした血で赤く染められて──
「ああああああああああああ!!!」
「はっ!!」
勢いよく飛び起きる優吾。彼の額にはじんわりと汗が染みだしていた。
「さっきのは……夢……?あぐっ……!」
突然眼球が燃えるように熱くなり、心臓を鷲掴みされているような息苦しさが襲いかかる。
「ま……また……」
なんとか意識を保とうとするが次第に気力が尽きてくる。頭の中がぐちゃぐちゃにされているような感覚が離れず、精神的にも限界がきていた。
「や、やめて……」
そして、彼の記憶はそこで途切れてしまった。
むくり、とベットから起き上がる影。闇夜に光る瞳はまるで血のように赤く、見るものを恐怖へと誘う。髪は刃物のような鉛色で染まっていて、もはやその姿は西崎優吾ではなかった。
おぼつかない足取りで一歩、また一歩と歩みを進め部屋を出る。
「血……血を」
吸血衝動に駆られ地下駐車場へと向かう。彼の頭の中は人を殺してでも血を吸うことでいっぱいだった。そして扉を開け、駐車場に入ろうとしたときだった。
「こんな夜中にどこへ行くんだ、優吾?」
駐車場に響き渡る声。コンクリートの柱にもたれ黒い加熱式タバコを吸う人物──エリックが立っていた。
「ああ……」
「何で俺がここにいるのかって? それはなあ、コレのお陰だよ」
優吾に見せたのは白い小さな石だった。よく見ると表面には何か文字のようなものが彫られていた。
「ナターシャご自慢のルーン魔術さ。お前が部屋を出たら
「あ……あああああ!」
鋭い爪を立て、優吾はエリックに勢いよく襲いかかる。目を大きく見開き八重歯を剥き出している様はまるで獣だった。
「おっと」
余裕の表情でかわすエリック。避けた先にあったコンクリートの柱は爪撃によって大きく抉り取られ、痛々しい跡が残った。
「おーこっわ」
「があああっ!」
優吾は間髪入れずに連続攻撃を繰り出していく。攻撃する度に響く風切り音が一撃一撃に凄まじい威力を帯びていることを物語っている。しかし、対するエリックは華麗なステップで次々とかわしていった。
「よっと」
一瞬の隙をつき、優吾の足を払うエリック。バランスが崩れ倒れるところに彼は懐から注射器を取り出し目にも止まらぬ速さで優吾の首筋に突き刺した。
「うぐ……」
彼の動きはすぐに止まり、そのまま地面へと倒れこんでしまう。視界が霞み始め徐々に意識が遠退いていくが、今まで彼を駆り立てていた激しい殺意や吸血衝動は落ち着きを見せていた。
「エリッ……ク……さ……」
そして彼はそのまま気を失ってしまった。
「う……」
目が覚めると、そこは薄暗い部屋の中だった。鼻腔を刺激するガソリンのような匂い、城壁のような高い棚には車のパーツ類が収納された箱がところ狭しと並べられている。
「お、起きたみたいだな」
視線を正面に向き直すと、そこには丸椅子に座り加熱式タバコをふかしているエリックの姿があった。
「エリック……さん?」
優吾が体を動かそうとした時、身動きが取れないことに気付く。恐る恐る自分の身体に視線を落とすと胴体が縄できつく縛られていた。
「これは?」
「お前には悪いが縄で拘束させてもらった。鎮静剤が切れてまた暴れられると困るからな」
エリックは大きく紫煙をくゆらし、話を続けた。
「俺は回りくどいことを言うのが嫌いなんでね。単刀直入に言わせてもらう。お前、吸血鬼だろ? しかも求血症持ちの」
どくりと心臓が大きく弾んだ。自分が吸血鬼──高濃度のエーテルを浴びて変質した人間──だということをこの男は知っていた。それも求血症を患っていることもだ
「どうして……それを?」
「匂いだよ。お前と会ったとき、微かに人間の血の匂いがしたんだよ。しかも複数人のな。そりゃあ求血症にもなるわ。でもなーなんか引っかかるんだよな」
「何がですか?」
「ふつう求血症は吸血衝動しか起こらないもんだ。重症化しても狂乱状態になるぐらいだが、姿が変わったり身体能力が向上するなんて聞いたことがねえ……」
「……エリックさん、あなたは一体何者なのですか?」
エリックは再びタバコをふかし、勢いよく大量の煙を漂わせた。
「俺はお前と同じ吸血鬼さ。まあ俺の場合、吸血鬼と人間のハーフ──
「レジスタンスのリーダー……ですか?」
「ああそうさ。ウロボロス・グループって知ってるだろ?」
「ええ、確か色々な事業を展開している大企業ですけど……」
「表向きはな。だが裏では世界征服を企んでるんだ。俺達レジスタンスはあらゆる手を使ってウロボロスの野望を阻止しようと世界中で活動をしているのさ。今回の公道レース参加もれっきとした任務だ」
突然突拍子のないことを聞かされ、優吾は唖然となった。
「世界征服……」
「そ、
聞きなれない単語に頭を傾げる優吾。
「凶界って?」
「凶界はこの世界の裏側にある世界だ。そこに満ち溢れている高濃度のエーテルを使って世界を我が物にしようと企んでやがるんだ。そのためなら奴らは平気で非人道的な研究や調査もやってのける。もちろん人殺しもな」
「……」
あまりの情報量の多さに自らの脳が追い付いていけなくなる。
「すぐに理解しろって言われても、そりゃ無理ゲーだわな。それじゃあ、今度はこっちの番だ」
エリックは視線をまっすぐ優吾に向ける。その顔にはうっすら笑みのようなものが浮かんでいた。相手を威圧させない彼なりの思いやりのようだが、かえって不気味に感じてしまう。そして相変わらずタバコを吸う手は止まらなかった。
「関東一帯で起きてる不審死事件、あれお前がやってんだろ」
「え……」
「図星だな。さっき匂いの話をしただろ。そのなかで一番濃く感じた血の匂いに青臭い藻の匂いが混じってたんだ。濃さからしてここ2~3日についたものだろうな。そして、さっきジャックの部屋で流れてたニュースを見て合点がついたってわけ」
もはやこの男の前では隠し事は通用しない。今までヴェールを纏っていた秘密が晒され、優吾は締め付けられるような胸の苦しみに苛まれていた。
「そこまで……分かっていたんですね」
「おつむの良さは人一倍って自負してっからなあ」
「おっといけねえ」とエリックはポケットから新しいタバコを取り出すと、今まで吸っていたものを抜き取って交換した。
「自分でも分からないんです。なぜこんなことをしてしまうのか…… 夜になると急に苦しくなって、気がつくと目の前に血を吸い付くした人が横たわっていて…… そんなことが毎日続くんです」
話す度に、優吾の口は震えていた。
「ふーむ……ますます訳が分からん」
「すみません……」
「別にお前が謝ることじゃねえよ。ただ、このまま放っておくわけにもいかねえからなあ……」
エリックは煙を漂わせながら頭を働かせた。
「……よし、決めた!」
「え?」
「お前のこと、しばらく俺らで預かるわ」
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