第2話:エリック一味《ファミリー》

「グオアアアアア!!!」


「な……なんだありゃあ……」


 突如奇怪な叫び声をあげ、男の体が変異を始める。全身の筋肉が隆々に盛り上がり、背丈が2倍程にもなったのだ。その様はもはや人ではなく、ファンタジーに登場する巨人だった。あまりの変貌にその場にいる黒ずくめの男達──マフィアの団員達は恐怖におののく。


「エリック、あれはまさか……」


「あの野郎……を使いやがったな」


 そのとき、大須が拳銃を構え巨人に照準を合わせていた。


「バカ!迂闊に手え出すんじゃ……」


 エリックが慌てて制止しようとしたが時すでに遅し。拳銃の乾いた発砲音が響き、弾丸が発射される。弾丸はそのまま巨人の頭部に命中し、血飛沫が上がる──はずだった。


「ウソだろ……」


 唖然する大須。命中した弾丸はそのまま貫通することなく額の上で無惨にひしゃげていたからだ。


「グガアアアアア!!」


 巨人は大須を見つけると、近くに停めてあったGT-Rをおもちゃのようにいとも容易く持ち上げる。そして全身に力を込め、1.5トンの鉄の塊をフルスイングで投げ飛ばした。


「ひいいい!!」


 大須の悲鳴もむなしく、凄まじい衝撃と音が辺り一面に広がる。GT-Rのボディーはグシャリと歪み、その下からは大量の血が飛び散り流れ出ていた。


「アイツ、ほとんど自我が無くなってやがるな」


「なんだよこれ……」


「に……逃げろおお!!」


 逃げ惑う団員達を巨人は容赦なく襲いかかる。逃げるものにはワンボックスカーを投げつけ、逃げ遅れたものは巨人自ら手を下しにいった。「動くものはすべて殺し尽くす」そのたった一つのプログラムにより、今やこの巨人は最悪のキルマシーンへと生まれ変わったのだった。


「や……やめてくれ!」


「お願いだ!勘弁してくれえ!!」


 捕まった団員の二人は必死で命乞いをするが、巨人は聞く耳をもたず虫を殺すように握り潰した。骨が砕ける音と団員の悲鳴、嗚咽が無慈悲に響き渡り、この場を地獄へと変える。


 そして巨人が次のターゲットにしたのが、あのGR86のドライバーだった。


「こ……こっちにきた!」


 巨体に似合わないスピードで巨人はドライバーに接近していく。一方のドライバーは恐怖で足がすくんでしまい逃げ出すことができない。そうしてる間にも巨人はみるみるうちに距離を詰めていった。


「グルアアア!!」


 迫り来る危機にドライバーは自らの死を覚悟した。全身からは血の気が引き、苦しくなるほど胸が鳴動する。そして遂に巨人は大きな拳を振り上げ、ドライバーに襲いかかる。


「ぐっ……!」















 ──拳は寸前のところで止まっていた。


 ドライバーは恐る恐る瞳を開けると、目の前にいたのはスーツ姿の銀髪少女──セブンだった。


「ガアアッ!」


 顔を歪める巨人の腹部にはセブンの拳がめり込んでいた。


「ふっ」


 表情一つ変えずに勢いよく巨人を殴り飛ばすセブン。巨人は岩壁に激突し、辺り一面に土煙が巻き上がる。


「エリック」


「おうよ」


 衝撃で身動きが取れない巨人の元に土煙の中からエリックが勢いよく現れる。彼の右手には銀色に煌めく拳銃──デザートイーグルMark XIX .50AEが握られていた。


「これで終いだ」


 照準を巨人の胸に合わせると銃口に赤い怪しげな光を帯びた魔法陣が展開される。そして、引き金が引かれ発射された弾丸が魔法陣を通過していく。


「アア…アアアアアアアアアアア!!」


 パンッという乾いた発砲音の直後、巨人は突然奇声をあげながら苦しみ始める。体中を巡るエーテルがズタズタに破壊されている証拠だ。


 次第に巨人の体はドロドロに溶けていき、跡形も無くなっていった。彼らが戦っている間に生き残ったマフィア達は車で逃げ出し、今、展望台にいるのはドライバーとエリック達だけであった。


「アンタ、大丈夫か?」


 困惑しているドライバーの元にエリックが駆け寄る。年齢は若くセブンと同じ18歳のようで、その優しい顔つきからはあの超絶技巧のドライビングテクニックの持ち主とは到底思えない。


「え、ああ……はい。あの、助けてくれてありがとうございます。えっと……」


「俺はエリック・シュミット。そっちはセブンっていうんだ」


「僕は西崎優吾にしざきゆうごと言います。エリックさん本当にありがとうございます」


「いいっていいって、これくらい」


「セブンさんもありがとうございます」


「いえ、当然のことをしたまでです」


 セブンはそう言い残すとそのままRX-7の元まで歩いていってしまった。


「悪いな、アイツ人見知りでさ。後で俺から礼を言っておくよ。にしても……」


 エリックの視線の先にはボディーが大きく凹んだGR86が停まっていた。


「派手にやられたな」


「まあ、34のGT-Rですからね…… でも見た感じ走行には問題なさそうですし大丈夫ですよ」


「いやあ~流石にこれで帰ったら警察ポリ公に止められるぞ……よし、決めた。俺の店に運んで直してやろう」


「ええっ!い……いいんですか?」


「これくらいの凹み、俺とジャックの手にかかればちょちょいのちょいだ。そうだ、もう遅いしせっかくなら泊まって行けよ」


 それを聞いたセブンはエリックに詰め寄ってくる。


「エリック!あなた正気なん……」


「おーっと、そうカッカしねえのセブン。同じスポ車好きなんだ。こういう時こそ助け合いの気持ちが大事なんだぜ。それに……」


 ドライバーに顔を向けるエリック。


「アイツに少し興味が湧いた」


「なっ……」


「よーっし、じゃあ帰るか!あ、俺達が前走るから優吾は後ろから着いてきてくれ」


 話が終わると各々車に乗り込みエリックの店へと向かう。運転席の窓からはレースの時には見る暇もなかった満点の星空が広がり、一行の気持ちを癒してくれていた。が、セブンはどこか不満げな表情を浮かべていた。


「あなたって本当に頭のネジが飛んでるんですね。会ったばかりの人間をアジトに連れていくなんて」


「あっはっは!そいつは褒め言葉だなあ」


「まったく…… それはそうとエリック、あのGT-Rの近くにこれが落ちてましたよ」


セブンが取り出したのは空の注射器だった。


「ああ、間違いねえ。これはUBミリタリー製の濃縮エーテル溶液が入ってた注射器だ」


「じゃあやはり」


「アイツはウロボロスの回し者ってことだな。恐らくアイツらも今回の獲物を狙ってるんだろう。ひとまずこれはジャックに渡しておくよ」


 車を走らせること20分。峠の入り口に程近い場所に彼の店は立っていた。パーツやエンジンを販売する店舗の横には車3台が駐車できるピットが併設されている。店名などの目立った看板がない以外はいたって普通のカスタマイズショップだ。


「おーっし、着いたぞ」


「エリックさん……ここって?」


「何って俺の店だけど」


「ここ、カスタマイズショップ13B……ですよね?」


「あ、もしかして知ってるの?」


「知ってるも何も、ここに行けばどんなパーツも手に入るし整備の腕もピカイチ。知る人ぞ知る名店ですよ!!」


「いやあ~そんな誉めても何も出ねえぞこの野郎!」


 まんざらでもない顔のエリック。


「明日ピットで直してやるから今日は駐車場に停めておけ」


「分かりました」


 優吾が車を来客用駐車場へ移動させようとした時、エリックが呼び止める。


「あーそっちじゃない。俺達の駐車場にだよ。とりあえず店先に停めてくれ」


「あ、はい」


 車をRX-7の隣に停めると、エリックはコートのポケットから小さなリモコンを取り出した。


「ほいポチッとな」


 リモコンのボタンを押した瞬間、重低音と共に突如地面が下がり始める。


「す……凄い。まるで映画みたいだ」


 巨大エレベーターが下がりきると目の前には10台が駐車できる地下駐車場が広がり3台の車両──スバル インプレッサWRX STI(GDB−D)、マクラーレン720S、ヤマハ RP22J VMAXが停まっていた。


「店の地下にこんなスペースがあったなんて……」


「外に置いてたらパクられる車ばっかだからなー まあ、とりあえず来いよ」


「ではお邪魔します……」


 3人は駐車場のドアを開け地下居住スペースへと上がる。廊下は無機質なコンクリートの壁に覆われ奥には地上の店舗へと繋がる階段があった。部屋は10部屋もあり、地下とは思えない程の広さに優吾は驚きを隠せない。


『次のニュースです。本日午前9時頃、多摩川の鉄橋下で男性の遺体が発見されました。発見時、遺体は干からびた状態で仰向けに倒れていたとのことです。関東各地ではこのような不審死事件が多発しており、警察は関連を調べています』


「おう、ジャック帰ったぞー」


 半開きになっていたドアを開けると、そこにいたのはブロンドヘアーの若い外国人男性だった。ジャケットを脱いだスーツ姿でエナジードリンクを片手に動画配信サイトのニュース動画を見ていた。


「んー……うん?誰連れて来たんだ?」


「は……はじめまして、西崎優吾っていいます」


で車ボコボコにされてたから連れてきた」


「お前なあ……よく見ず知らずの人間をアジトに連れてこれるなあ」


「私もそう思いました」


「まあいいや、俺はジャック・デイビーズ。よろしくな」


「こちらこそよろしくお願いします」


「じゃあ俺達、部屋片付けてくっからそこでちょっと待っててくれ」


 エリックとセブンは優吾を残し部屋の片付けへと向かった。


「アイツといるの疲れるだろ?」


「いえ、とても楽しいです。こういうの憧れていたっていうか……」


 すると後ろからドアをノックする音が聞こえた。


「ジャックー 入るわよ」


「おう」


 ドアが開くとそこには赤茶色の髪をなびかせる若いロシア人の女性が立っていた。均整の取れた顔立ちにスラリとしたボディー、そしてタイトスカートから見え隠れする細い脚は見ているだけでも虜になってしまうほどの美しさだ。


「あら、誰その子?」


 女性は豊満な胸と共に顔を優吾に近づける。ほんのり漂う香水のフローラルな香りと蠱惑的な表情に優吾は思わず顔を紅潮させてしまう。


「あ……えと、その」


「うふ。その困ってる顔も可愛いわ」


 脳ミソが蕩けてしまうような甘い声に彼の心拍数はさらに上がる。


「オッホン。ここ、俺の部屋なんだが」


 ジャックの咳払いで現実へと引き戻される。


「彼は西崎優吾。エリックが連れ帰ってきた」


「はじめまして。私はナターシャ・アバルキナ、よろしくね」


「よ、よろしくお願いします」


「で、ナターシャは俺に用か?」


「ああ、そうそう」


 ナターシャはポケットからUSBメモリーを取り出し、ジャックへ差し出した。


「この前のデータ参考になったわ。ありがとうね」


「おう」


 ジャックはUSBメモリーを受けとるとヘッドホンをして再び動画を見始める。


「あの……それは」


「ヒ・ミ・ツ」


 しばらくすると部屋を片付け終えたエリックとセブンが戻ってきた。


「優吾~ 部屋の片付け終わったぞー。お、ナターシャも来てたのか」


「あら、エリック。ちょっとジャックに借りてたものを返しに来たの」


「そっか。じゃあセブン、優吾を部屋に案内してやってくれ」


「分かりました」


 セブンは優吾を連れ部屋を後にする。


「そうだ、ナターシャ。頼みたいことがあるんだが」


 エリックは誰にも気づかれないようにひっそりと耳打ちをした。


「いいけど……何するの?」


「ちょっとした御守りさ」






「……」


「……」


 一方のセブンと優吾は終始沈黙が続いていた。彼女が放つ氷のような冷たさの雰囲気に彼は話しかけるのをためらっている。しかし、こうも沈黙が続くのも気まずい。優吾は勇気を出して話しかけた。


「あの!セブンさんとエリックさんって仲良いんですね……」


「そう……ですか」


「……」


「……」


 再び始まる沈黙。どうも会話が進まない。優吾は必死に次の話題を振ろうと頭を働かせる。


「無理に話しかけなくても大丈夫ですよ」


「あ、あはは……」


 沈黙に耐えながらしばらく歩き優吾が泊まる部屋へと辿り着いた。


「こちらです」


「あ、ありがとうございます」


「いえ、では私はこれで」


 部屋は6畳ほどの広さでベットと机が置かれただけの非常に質素なものだった。


『それにしても……』


優吾の脳裏には先程までのセブンの姿が焼き付いていた。部屋へと向かう間、彼の視線は自然と彼女に向いていた。容姿端麗な姿に流れるような白銀のロングヘアー、そして思わず目を引いてしまうルビーのような赤い瞳――彼は完全に惚れていた。しかし、それ以前に彼は不思議に感じていたことがあった。


『僕……あの人とどこかで会ったのかな?』


初対面の人間であるのに、なぜかそんな感じがしなかった。しかし、いくら記憶を漁っても彼女に会ったという記憶は出てこない。


「……いやいや!」


頬をパンパンと叩き、気を引き締める。


「寝よう……」


 深夜2時。疲労感と睡魔が押し寄せ、優吾はベットへ泥のように倒れ込み深い眠りへと着く。こうして、彼の激動の一日が幕を閉じようとする──はずだった。















 ──同時刻 展望台


 先ほどまでマフィア達がたむろしていた展望台に今度は怪しげな集団が集まっていた。まるで軍か警察の特殊部隊のような格好をした男達がサブマシンガンを片手に何かを探している。指揮をとっているのは黒のロングヘアーの男性だ。年齢は30歳くらいで三白眼の瞳は血のように赤く光っていた。


「隊長、あちらの崖で高濃度のエーテル反応がありました。おそらくヤツが死んだ場所かと思われます」


「うむ。お前達は引き続き周辺のエーテル濃度を調査しろ」


「はっ!」


「シャレード隊長よろしいでしょうか?」


 一人の隊員がノートパソコンを持ちながら隊長――シャレードに近寄る。


「どうした」


「防犯カメラの映像を解析していたのですがそこに気になる人物が映ってまして……」


 隊員が再生したのはエリック達に倒される前の暴れまわる巨人の映像だった。


「この右端、赤いスポーツカーの前にいる人物なのですが」


「コイツは……」


「隊長、もしかしてコイツは」


「ああ、遂に見つけたぞ西崎優吾。いや、実験体003号……!」

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