第16話 友達以上の二人
愛華さんと昌晃君はいまだに正式に付き合ってはいないそうだ。誰がどう見ても付き合っているように感じるのだが、それでも二人は付き合っていないと言っている。どっちが告白するか意地を張っているというわけではなく、恋人同士になって制限が付くことを嫌がっているのだと言っていた。だが、そんな二人を見ていても恋人同士以上に気を遣っているようにも見えるし、他の誰かを優先するようなこともしていないので問題などないように感じてしまうのだ。
「なんであの二人ってアレで付き合ってないって言うんだろうね。僕たちみたいに堂々と付き合っちゃえばいいのにさ、今更二人の中を邪魔する人なんていないと思うんだけどな」
正樹君が言っていることに僕もほぼ同意しているのだが、愛華さんと昌晃君にはどうしても恋人同士になれないという理由があるように思えて仕方ない。その理由を二人に聞こうとしてもはぐらかされるばかりで答えてもらえないし、二人が進んで言うことも無いと思う。ただ、一つだけ気になることがあるのだが、それは二人だけではなく飛鳥君を入れて三人で遊んでいることがあるという事なのだ。
その三人は出身中学も違えば通っていた塾も別のところらしいし、昌晃君と飛鳥君は全くタイプの違う男子だと思う。どんなに共通点を探したとしても、俺が感じるのは同じ人間の男子でクラスが一緒という事しか見つけられなかったのだ。
愛華さんと飛鳥君の共通点は昌晃君以上に見つけられないのだが、何か知らないだけで三人の共通の趣味とかがあるのかもしれない。飛鳥君の趣味は何一つわからないのだけれど、俺達が思いつかないような変わったものなのだろうなんて勝手に想像してみたりもしたのだ。
「正樹君はみさきさんと付き合うことになった時ってさ、どっちから告白したの?」
「恥ずかしい話なんだけどさ、みさきの方から告白してきたんだよね。将浩君が転校してくるちょっと前に告白されたんだけどさ、僕も一目見た時から良いなって思ってたりしたんだよな。さすがに何も知らない状況で告白なんて出来なかったんだけどさ、一目惚れした相手から告白されたら断るわけないよね」
「そうなんだ。このクラスは男子も少ないからみさきさんも告白するのに勇気を出したんだろうね」
「そうかもな。でも、僕だって告白されてからは負けないくらい思いを伝えてるけどな」
クラスの中で唯一のカップルは正樹君とみさきさんなのだが、昌晃君と愛華さんの関係もカップルみたいなものなのでどちらも特別感はないのだ。カップルだからと言ってずっと二人だけで過ごしているという事でもないのだが、自然と二人でいることが多いように俺の目には映っていた。
「それにしても、昌晃君と飛鳥君が仲良く見えるのも気になるけどさ、そこに愛華さんも入ってるってのはもっと気にならない?」
「そうだね。気になるかも」
俺も正樹君も二人がどうしてそこまで飛鳥君と仲が良いのか気になっていたので直接飛鳥君に聞くことにしたのだが、なぜか近くで聞き耳を立てていたフランソワーズさん達も一緒に飛鳥君のところへ聞きに行くことになったのだ。
どうしてなのかはわからないけれど、フランソワーズさん達は飛鳥君がどこにいるのか知っていたのだ。
「吾輩と昌晃と愛華の共通点か。お前たちに言っても信じてはくれないと思うが、吾輩とあの二人は別の世界で戦ったことがあるのだ。それも、一度や二度ではなく何度も何度も戦ったことがあるのだ。魔王と勇者という立場ではあったがな。昌晃と愛華のどちらかが勇者の時もあれば二人とも勇者と呼ばれていた時もあったな。吾輩は最終的にはいつも二人にやられてしまっていたのだが、この世界では戦うことも無く平和に過ごせているという事が嬉しかったりするのだ。だがな、吾輩もかつての力を取り戻すことが出来れば再び世界をこの手に収めたいとは思っているのだが、その時もあの二人が立ちはだかりそうな予感がしておるのだ。お前たちからもあの二人に吾輩の敵ではなく味方として協力するように頼んでもらうことは出来ないだろうか?」
俺たち五人は飛鳥君がいつもの調子で変なことを言っているなと思って聞いていたのだけれど、たまたま通りかかった綾乃が誰よりも飛鳥君の話に食いついてしまった。
「それって、運命じゃないですか。愛華さんも昌晃さんも何度も何度も出会いと別れを繰り返してきたって事ですよね。それも、飛鳥さんを軸にして物語が進んでいる感じがするんですけど。それに、今までと違って今度は三人で協力して何かを成し遂げるって可能性もあるって事ですよね。運命で結ばれた二人の間に飛鳥さんも割って入ってきたって事なんじゃないですかね。世界征服とか物騒なことは言わないでみんなを幸せにする方法を考えた方が良いと思いますよ。飛鳥さんはみんなが思っている以上にいい人なんですし、みんなから喜ばれるような事をした方が良いと思うんですけどね。良い事をするって言うんでしたら、私もクラスのみんなも協力すると思いますよ。ね、皆んさん」
近くで話を聞いていた俺達だけではなく、ちょっと遠くにいた沙緒莉さんと陽香さんと真弓さんも何が何だか理解はしていないが綾乃が同意を求めてきているという理由だけで頷いていたのだ。誰からも揺るぎない信頼を勝ち取っている綾乃の事を改めて凄いなと感じた出来事であった。
「そうは言うがな、吾輩も大魔王としてのメンツというものがあるのだ。それを捨ててまで昌晃と愛華に力を貸す理由が無いと思うのだが。そもそも、その二人は吾輩に味方になってほしいと思っているのだろうか。そこが気がかりなのだが」
「それもそうですね。じゃあ、昌晃さんと愛華さんに聞いてみましょう。私と将浩さんは昌晃さんに聞いてきますので、残りの方は愛華さんに聞いてきてみてください。今は別々の場所にいると思いますので、手分けして聞いてみましょうね」
どうして二人が別々の場所にいると思ったのか理由を聞く前に俺の手を引いた綾乃は教室を出てどこかへ向かっていった。その足取りは一切迷うことなく目的地に向かっているようなのだが、どうしてそこに行こうと思っているのかという俺の質問は聞こえないくらいに綾乃は集中していた。途中で購買部の前を通った時に璃々とすれ違ったのだが、綾乃は璃々がいた事にも気が付かないくらい前しか見ていなかったのだ。
「お兄ちゃん。廊下は走っちゃダメだと思うよ」
璃々からそんな短いメッセージが届いていたのに気付いたのは部室棟の入口で昌晃君に出会った時だった。
「あれ、二人でこんなところに何しに来たのか。二人は確か、どこの部活にも所属していなかったよね?」
「単刀直入に聞きますが、昌晃さんは愛華さんの事が好きなんですか?」
昌晃君の質問には答えずに自分の気になっていることを聞いてしまった綾乃ではあったが、昌晃君は優しい人なので自分の質問を丸っと無視されたことなんかは気にせずに綾乃の質問に答えていた。
「そうだね。好きか嫌いかで言えば好きだし、好きか大好きかで言えば大好きだよ。それがどうかしたのかな?」
「いえ、それがわかればいいんです。ありがとうございました」
俺は綾乃の行動が何一つ理解出来ずにいた。飛鳥君の話を信じているようなそぶりを見せておきながら、昌晃君に会ってもその事を一切話題に出さずに自分が聞きたかったことだけを聞いていたのだ。ただ、俺は飛鳥君が言っていた話が本当なのか気になっていたし、どう後で聞くんだったら今聞いた方が良いだろうと思い、思い切って俺も質問をぶつけてみることにした。
「なかなかユニークな話だね。飛鳥君は本当に発想力が豊かで羨ましいよ。僕もそれくらい面白い事を考えられるんだったら良かったけど、残念なことに僕にはそんな話は思いつかないな」
飛鳥君の荒唐無稽な話を信じていたわけではないのだが、こうもハッキリと否定されると少し悲しい気持ちになってしまっていた。飛鳥君の話を否定されたからというのではなく、心のどこかで昌晃君と愛華さんが勇者だったとしたら凄いことだと思ったから。二人が前世で勇者だったとした、俺がそうだった可能性だってあるはずだと思ったから。
「でもね、僕は勇者とかそう言う記憶はないんだけど、愛華には別の世界で戦っていた思い出が残ってるらしいんだよね。ハッキリとは思いだせないみたいなんだけど、僕と一緒に砂漠を旅したりお城を探検したりしてた記憶はあるみたいなんだよね。もしかしたら、僕はそれを覚えていないだけで本当に二人で旅をしたことがあって、それが理由で一目惚れしたのかもしれないなって思うことはあるよ。でも、そうだとしても僕は何も覚えてないんだけどね」
「じゃあ、愛華さんに聞いたら昌晃君がうっすら覚えているその話しをはっきり覚えているかもしれないって事なのかな?」
「たぶんだけど、愛華も覚えてないと思うよ。僕がうっすら覚えているのと違う事を覚えているらしいからね。でも、不思議なことに僕たちが覚えていることをなぜか飛鳥君も知っているんだよ。それも、僕らよりも鮮明に記憶しているって言っててさ、その話を聞くと昔の事を思い出したみたいに情景が浮かんだりしてたんだよね。僕たちも飛鳥君みたいに前世はどこかの世界で戦っていて、その記憶がうっすらと残っているって事なのかなって思うんだ」
「ちなみになんだけど、どんな時に思い出すのかな?」
「それなんだけど、僕たちがそれを思い出すのは飛鳥君が描いた絵を見たり話を聞いた時なんだよ。この前もそうだったんだけど、飛鳥君が描いた池の絵が僕の記憶に残っていて、池の近くに住んでる人の特徴をピタリと当てたことがあるんだよ。なぜか、その時は愛華も僕と同じ人を想像してたんだよね」
「それって、凄いですよ。昌晃さんと愛華さんはやっぱり運命の糸で結ばれているんですよ。凄いな、羨ましいな。私もそう言う素敵な人がいればいいんですけどね」
そう言うセリフは俺の目を見て言って欲しいなと思いつつも、どんな顔をして綾乃の事を見ればいいのかわからなかったので良かったのかもしれない。
「でも、そんな話にも一つだけ僕には気になることがあるんだよね。それは結構重要な事なんだけど、愛華にも飛鳥君にもそれだけは聞くことが出来ないんだ」
「それって、どんなことなの?」
「それがね、僕の記憶に出てくる愛華は場面場面によって胸の大きさが違うんだよ。漫画のキャラかよって思うくらいに大きい時もあれば、今の愛華みたいにふくらみがあるのかなって思うような時もあるんだよね。それって、どれが本当でどれが偽物なんだろうって思うんだけど、二人はどう思う?」
俺はそんな事はどうでもいいだろうと思っていたのだが、綾乃も俺と同じ考えを持っているようだ。
「そんなのはどうでもいいと思いますよ」
いつもニコニコ明るい綾乃がこんなに冷たい声で冷たい視線を向けることがあるなんて初めて知れた日になった。今日を冷たい綾乃が生まれた日として俺の心に深く刻んでおくことにしよう。
ただ、どうでもいいとは思いつつも、胸の大きい愛華さんがどんな感じなのか興味はあったのだが、なぜか綾乃に思いっきり睨みつけられたのだが、綾乃は俺の心を読むことが出来るのだろうか。そんなはずは無いと思いつつも、俺は密かに愛華さんの胸が大きくなった姿を想像してしまっていた。
「そう言うのって良くないと思うな」
なぜか俺にも綾乃の冷たい声と冷たい視線が向けられていた。あまりのタイミングの良さに凍死してしまうのではないかと思ってしまったが、夏が近いこんないい天気の日にそんなはずは無いと思いつつも、かいた汗が一瞬で冷えてしまったようで無意識のうちに奥歯がガタガタと震えていたのだった。
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