第15話 璃々とメイドさんと綾乃さん

 休みの日でもいつまでも寝ているわけにはいかず、俺は毎日規則正しい生活を送っている。妹の璃々もちゃんと毎日朝食の時間には食堂までやってきているのだが、綾乃が朝食をとっている姿を見たものはこの屋敷に存在しないらしい。その昔は何度か目撃情報もあったらしいのだが、それはもはや昼ご飯なのではというような時間だったりもするので綾乃が朝食をとっている姿というのは特殊な状況にでも置かれない限り確認することが出来なくなってしまっているようだった。

 朝食の後は平日であれば学校に行くための準備と確認を行うのだが、今日のような休みの日は伸一さんなりメイドさんの中の誰かを誘って中庭を散歩したりしているのだ。隅から隅まで見ていると昼ご飯を我慢しても一日で見きれないと思えるくらい広い中庭ではあるが、毎週土日に欠かさず見ていると意外といけそうな予感もしてくるのだ。ただ、実際に中庭を見て回るのもさっと三十分くらいで済ませてしまうことになっている。意外とみんな忙しいのでそうなってしまうのだが、みんな俺に合わせてくれる優しさを持ち合わせているので寂しい思いはせずに済んでいたのである。

「お兄ちゃんはさ、クラスに好きな人とか出来た?」

「いや、全然だよ。そう言う璃々は好きな人でも出来たの?」

「私は別にそういうの無いんだけどさ、学校に行くたびにラブレター貰っちゃうんだよね。そんなのは別にいらないんだけどさ、その場で捨てると嫌なやつって思われそうだから家に持って帰って処分してるんだけどね。お兄ちゃんはそういうの無いのかな?」

「全然ないね。ラブレターなんて貰ったことないし」

「そうだったんだね。お兄ちゃんはそいう言う青春を楽しんでるって事なんだね。大丈夫だよ。お兄ちゃんがモテなくて困ったとしても、璃々がどうにかしてあげるからね」

「どうにかしてあげるってさ、一体何をするつもりなのさ?」

 俺は璃々の行動が読めなくて若干警戒していたのだが、璃々の計画は俺が警戒しなくてはいけないようなものではなく、完全に運任せの遊びをしようと誘ってきたのだ。

 二人で運ゲームをやっても楽しくないと思うのでメイドさん達にも参加してもらうことにしたのだが、三人ともどんなゲームでも得意だったりするので俺と璃々にあまり勝ち目はないように思えていたのだ。

「私は手が空いてるから大丈夫だけど、残りの二人はまだ仕事残ってるからまた今度にしてね」

 ジェニファーさんとエイリアスさんはまだ仕事が残っているという事でフランソワーズさんだけが俺達と遊んでくれることになったのだが、この人はどんな時でも絶対に手加減なんてしてくれない非情な人なのだ。

 サイコロを振ってみたり積み木を重ねて崩したら失敗という今時の小さな子供でもやらないような事をして遊んでいたのだ。

「フランソワーズさん達って恋人いなんですか?」

「私達は三人ともそう言った相手はいないね。休みの日にこのお屋敷から出ることも無いし、誰かと遊ぶという発想もほとんど無かったからね。そんな時には自室で漫画を読んでいたりするんですけど、その漫画は割と重い話だったりするので璃々にはまだ少し早いように感じていた。

「三人とも恋人がいないってのは意外かも。なんだかんだ言ってモテそうなのにな。それはお兄ちゃんも一緒だと思うんだけど、普段のお兄ちゃんってどんな感じなの?」

「そうだね。一言で言うなら頭の良いいたずらっ子って感じかな」

 それがどういう状況を指し示しているのかわからない。イタズラをするような奴は勉強が出来るタイプかなんでも出来ちゃうタイプに多いようだ。俺は確かにイタズラをする事は好きではあるのだけれど、高校生にもなってそんな幼稚な事はしないと決めているのだ。

「璃々が二人の恋愛にアドバイスをするとしたらね、フランソワーズさんはもっと日本語で話してもいいんだって教えてあげてください。そうすればみんなもっと声をかけてくるようになると思うよ。お兄ちゃんはね、今のまま大人になればいいと思うよ。その時は別の形になっちゃってるかもしれないけどね」

 俺とフランソワーズさんは璃々に言われるがまま璃々あてのラブレターを書いていたのだ。璃々に手紙なんて書いたことも無いし、特別伝えたいことなんて無かったのだ。ペンが進まないまま悩んでいた俺とは対照的にフランソワーズさんは物凄いスピードで手紙を書いていた。チラッと盗み見たその手紙は日本語で書かれているわけではないようなので内容はわからないのだが、物凄い熱量を込めた文章だという事が簡単に想像できたのだ。


 何とか手紙を書き終えた俺は璃々が読む前にこの場を離れようとしたのだが、いつの間にか俺の側にいた綾乃とジェニファーさんとエイリアスさんに囲まれていて逃げることが出来なかったのだ。

「お手紙を書いていたんですね。璃々さんは羨ましいですね。私も将浩さんからお手紙を貰ってみたいですよ」

「私だけじゃなくて綾乃さんにもお手紙を書いてみたらいいんじゃないかな。でも、綾乃さんとは出会ってまだ間もないからそんなに書く事ないかもしれないけどね」

「あらあら、そんなことは無いと思いますよ。一緒に過ごした時間はまだ少ないかもしれないですけど、その分色々な事を一緒にしてきましたからね。ね、将浩さん」

 色々な事を一緒にしてきたと言われても、俺と綾乃が一緒にやって璃々がやっていない事というと学校で同じ授業を受けたことくらいしかいないのだが。明らかに何か特別なことがあったような含みを持たせた言い方をしている綾乃ではあるが、何か二人だけで特別な事をしたという記憶はないのだ。

「色々な事って何かな。お兄ちゃんは璃々に何か隠し事してるの?」

「そんな事してないけど。隠すような事は一切してないよ。な、綾乃も変な言い方しないでくれよ」

「そうですか。私は変な言い方なんてしてないと思いますけどね。でも、璃々さんに言わない方が良いこともあったりしますからね」

「そう言えば、お兄ちゃんっていつからか綾乃さんの事を呼び捨てで呼ぶようになってるよね。それってどうしてなのかな?」

「どうしてって言われても、自然にそうなってたってだけだし」

「ふーん、メイドさんたちの事は呼び捨てで呼んでないのに綾乃さんだけ特別に呼び捨てで呼んでるって事なんだね。なんかお兄ちゃんの事わかんなくなってきたかも。だから、これからはもっと一緒にいようね。二人だけの兄妹なんだし」

 綾乃を見つめながら座っている俺を抱きしめてきた。驚いて璃々を見るとその上場は誰にでもわかるような敵意を綾乃に向けていた。あまりにもあからさまな行動に俺は困惑してしまったのだが、敵意を向けられている綾乃はそんな事はお構いなしと言った感じで俺の横にやってきた。

「ごめんなさいね。ちょっとからかってみただけですよ。私と将浩さんの間に何か特別なことなんてありませんからね。それに、呼び捨てで呼んでもらってるのだって私がお願いしてるだけなんです。将浩さんにもお兄様と同じように呼び捨てで呼んでいただきたいってだけなんですよ。だから、呼び方が変わったことも特別な理由なんてないんですよ」

「本当なのかな。ねえ、嘘じゃないよね?」

「ああ、嘘じゃないよ。呼び捨てで呼んでくれなきゃダメだって四人に囲まれながら言われたからね」

「まあ、信じてあげることにするよ。でも、あんまり誤解を招くような事をしちゃダメだからね。お兄ちゃんは璃々のモノなんだからね」

 璃々は俺から受け取った手紙を大事に抱え込むようにして自分の部屋へと戻っていったようだ。フランソワーズさんの手紙に書かれていた言葉を璃々が理解出来るのかも気になったのだが、俺が思いついた事を書いただけの手紙をどんな気持ちで璃々が読むのか少しだけ心配になってしまったのだ。

「璃々さんもいなくなっちゃいましたし、今日も二人でお勉強をしましょうか。今日は何だか気分がすぐれないので特別に私の部屋に招待しちゃいますね」

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