第14話 モテたくない王子と気になる姫たち

 飛鳥君は黙っていれば誰よりもモテるともうのだが、少しでも関わってしまうとその気持ちが無くなるような素敵な男子生徒なのだ。俺の妹の璃々も見た目だけなら今まで見てきた中でも上位に入るくらいイケていると言っていたのだが、綾乃の誕生会でほんの二言三言話しただけで無理だという判定を下していた。頭が悪いとか気持ちが悪いとかではなく、本能に直接訴えてくるような痛々しさがあるのが原因だと思われる。

「神山君はさ、どうにかして飛鳥君の事を更生させることって出来ないのかな?」

「更生させるって言ってもさ、彼はやってることとか発言がおかしいだけで普通だと思うけどな」

「アレを見て普通だって思うのはおかしいよ。もしかして、神山君もそっち側の人間なのか?」

「そっち側ってのがいまいちよくわからないけど、いい意味で言ってはいないよね?」

「まあ、それはどうとってもらってもいいわ。このままだったら沙緒莉がかわいそうだしね」

 沙緒莉さんは飛鳥君に一目惚れをした過去があるそうなのだが、それを黒歴史にしたくないという思いがあってか俺に飛鳥君を真人間にさせようと画策している様子が頻繁にみられるのだ。陽香さんも真弓さんもそれに乗っかる形で俺にけしかけてきたりするのだが、どうやらこの二人も飛鳥君の事をそれなりに良い男だと思っているようではある。

「そうだよ。このままだったら沙緒莉が飛鳥君の事を好きだったのが恥ずかしいことみたいになっちゃうじゃん。神山君は変わった人の扱いが上手いって聞いたからさ、どうにかして飛鳥君を普通の人みたいにしてよ」

「別に俺は変人の扱いが上手いとか無いと思うけど」

「ちょっと待って、別に私達は飛鳥君の事を変人だなんて言ってないよ。変わってるって言ってるだけだし」

「そうよ。そんなこと言ってないわよ。もしかして、変わり者の飛鳥君の事を好きになった沙緒莉の事も変わった子だって思ってない?」

「どちらかと言えばみんな変わってるって思うけどね。普通の人がいなくて凄い人が多いって印象だけどさ」

「まあ、このクラスのみんなは何かしらの特技とか才能があるっぽいからね。残念なことにそれが全て良いものではなかったってだけの話なんだけどさ。飛鳥君はあんな感じなのにテストの成績も良いし運動神経も良いし料理や裁縫も出来たりするのよね。その上見た目もすごくいいんだよね。でも、そこまで加点要素があるのにトータルで見るとマイナスになるってのは凄いことだと思う」

「そうだよね。誰が聞いてもドン引きするような事ばっかり言ってるもんね。昨日だって放課後に一人で河川敷に行ってなんかの儀式をしてたからね。私と真弓で見てたんだけどさ、二時間近く川に向かってずっとぼそぼそ喋ってたんだよ」

「それは変わってると思うけどさ、そんな様子を二時間も見てるなんて二人も変わり者だと思うけど」

「何言ってるのよ。私達は沙緒莉のために見守ってただけだもんね」

「そうよ。沙緒莉のために見守ってただけだもん」

「その事は沙緒莉さんに報告したの?」

「してないよ。何もしてなかったのに報告するのって変じゃない?」

「だよね。あんな場所に二時間近くいるなんて常軌を逸しているよ。もしも、沙緒莉が飛鳥君の隣にいたとしたらさ、あれと同じことをやらされてた可能性があるって事でしょ。沙緒莉なら違和感ないかもしれないけどさ、やっぱりそんな沙緒莉は見たくないかも」

 なんだかんだ言いながらも二人は沙緒莉さんの事を考えてはいるのだ。二人のその願いを叶えて飛鳥君がまともに普通の事をするようになったとして、沙緒莉さんが恋人として選ばれるという自信はどこから出てきてるのだろうか。沙緒莉さん自身も可愛らしい人だから選ばれる可能性は高いと思うのだけれど、まともになった飛鳥君には今まで何もしてこなかったライバルたちも多くいることだろうな。

「せめて、飛鳥君が普通に話せるようにはしておいてね」

 割と無茶な注文を付けて二人は自分の席へと戻っていった。いつもは二人に挟まれる形で沙緒莉さんが座っているのだが、今日は病気で沙緒莉さんがおやすみとのことなので二人は隣同士で座っていた。その三列後ろに飛鳥君が座っているのだ。

 とりあえず、何か糸口でも見つからないかなと思いつつ俺は次の休み時間になってkら飛鳥君に話しかけてみることにしたのだ。


「学校以外ではどんなことしているの?」

「そうだな。吾輩は元の世界に戻った時の事を考えて新しい魔法を開発しているのだ。こっちの世界では残念なことに吾輩の力が抑えられていて魔法を使うことは出来ないのだが、頭の中で思い描くことは可能のようなのだ」

「へえ、自分で魔法を考えるとかレベル高いね。どんな感じなのか見せてもらっても良いかな?」

「なんだ、お前は吾輩の魔法に興味あるというのか。珍しいやつだな。だが、そんなところは気に入ったぞ。よし、特別に吾輩の開発している魔法をいくつか説明してやろう。わからないことがあればそのノートにでも書いておいて話し終わった後で質問するんだぞ。吾輩は発言を途中で止められるのが一番嫌いだという事を覚えておいてくれよ」

 飛鳥君が考えた最強の魔法図鑑というノートの中には発動させるために必要な事や効果などが細かく書かれていた。どうしてこんなに詳しく書くことが出来るのだろうかと思っていたのだが、そこは詳しく聞かない方が良いと俺の脳が判断してしまった。

「そう言えば、休み時間に吾輩に話しかけてきたのはお前が二人目だな。一人目は確か、このクラスの女子だったと思う。今日はその女子を見かけないのだが、何かあったのか?」

「沙緒莉さんの事だと思うけどさ、今日は病気で休みだね。詳しいことはわからないけどさ、そこまで深刻な感じではないって話だよ」

 飛鳥君は俺から沙緒莉さんが病気で休んでいるという話を聞いた瞬間に表情が暗くなってしまったのだが、そこまで深刻ではないという事を伝えると少しだけ飛鳥君の顔に生気が戻ったような気がする。

「なんにせよ体調がすぐれないというのはよくない事だからな。吾輩もそういう時はたまにあるのだが、見た目以上に本人は辛かったりもするだろう。よし、吾輩からその女子に良いものをプレゼントしてやろう。ちょっと待っておれよ」

 飛鳥君は鞄からペンと封筒を取り出したのだが、その封筒の中に入っていた白い紙に見たことも無いような文字を書いていた。本当に文字なのか絵なのかわかりはしないのだが、その紙に文字を書いている飛鳥君は真剣そのものであった。

「これの効果が届くといいのだが、良かったら渡してやってくれ。吾輩からという事は伝えなくても良いからな」

「黙っていても差出人は分かりそうだけどね。でも、あえて言わないで渡してみるよ。俺じゃなくて陽香さん達に頼むことになると思うけどね」

 俺は飛鳥君から受け取ったその紙を大事にしまうとソレをじっと見つめていた飛鳥君の顔がだんだんと優しいものへと変わっているように見えた。

 それにしても、この紙にはいったいどういう意味が書かれているのだろうか。その事を飛鳥君に聞いてみるべきだったなと思っていたのだ。放課後にもう一度飛鳥君に話しかけて意味を教えてもらおうと思っているのだが、俺が席を立って飛鳥君の席にたどり着くまでに飛鳥君は教室から姿を消していた。いったいどういう技を使ったのかわからないが、教室の窓から見える景色の中に様子のおかしいおじさんが踊りながら飛鳥君の周りを何周も何周もグルグルと回っているのだ。

 変なモノを見ちゃったなと後悔もありつつ、俺は先ほど受け取っていた封筒を陽香さん達に手渡した。飛鳥君から沙緒莉さんへという事で届けてもらう事になるのだが、二人ともその中に入っていた紙に書かれた文字らしきものについては何の心当たりも無かったそうなのだ。


 翌日、元気に投稿してきた沙緒莉さんは二人からどんな風に話を聞いていたのか知らないが、ロッカーで荷物を整理していた俺のもとへ駆け寄ってきて軽く礼を言われたのだ。

「二人から聞いたけどさ、飛鳥君が私のためにこれを書いてくれるように頼んでくれてありがとうね」

「いや、そう言うわけではないけど、飛鳥君は沙緒莉さんの事を知っててはいるみたいだよ。休み時間に話しかけに来た女子がいたって言ってたからね」

「その程度の認識しかされてないのか。でも、あとでもっと成長して隣にいても恥ずかしくないように頑張らないとね」

 俺はどちらかと言えば飛鳥君が恥ずかしい人だと思うのだが、そんな事は口が裂けても言えやしなかった。

 ただ、あの紙を受け取って素直に受け入れている沙緒莉さんも変わってはいると思えてならなかった。

「それにしても、この紙になんて書かれているのかわからないけどさ、効果があるっていうのは間違いない事だよ。だって、昔から悩んでた喘息も胃痛も良くなったからね。もしかしたら、本当に魔法ってあるのかもしれないよ」

「効果があるんだったら良かったよ。なんて書いてあるのか読めないけどさ、沙緒莉さんは読めたりする?」

「全然。一個も意味がわかんないよ。でも、文字だとしても絵文字みたいで可愛らしくて好きだな」

 飛鳥君はとても変わっていておかしな人ではあるのだけれど、話しかけてくれる人の事を大切に思っていて、なんだか理屈はわからないけど健康になれる不思議な紙をくれる素敵な人だという事がわかったのだ。

 この事を沙緒莉さんが話したのか話していないのかわからないけれど、陽香さんも真弓さんも次の休み時間には飛鳥君に話しかけるようになっていた。

 二人の目も恋する乙女のように輝いているように見えたのだが、それは俺の思い過ごしかも知れない。ただ、沙緒莉さんの体調が良くなった一件以来クラス内での飛鳥君の立ち位置がだいぶ変わったように思える。近寄りがたい不思議な人から不思議な人だけど優しいという評価に落ち着いているようだ。

 聞いた話によると、飛鳥君は沙緒莉さん達と学校外でも遊ぶことがあるらしく、四人で仲良く遊ぶことが多くなっているそうだ。

 飛鳥君が誰かの事を好きになるのかはわからないけれど、沙緒莉さんたち三人は確実に飛鳥君の事を好きだというのは鈍感な俺でもわかってしまうほどだった。

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