第17話 恋人未満の二人

 喧嘩するほど仲が良いというのは実際にあるのかもしれないが、喧嘩なんてしない方がいいに決まっている。喧嘩をすると当人たちも気まずくなってしまうと思うのだが、それ以上に周りの方が気を遣ってしまう事もあるのだ。特に、正式に付き合っているわけではない二人の喧嘩は落としどころを見付けるのも難しいのだ。

「だから、僕はそんな事言ってないって言ってるじゃない。他の人が言った事を僕がいったみたいに言うのはやめて欲しいんだけど」

「別に私は昌晃が言ったとかそう言うのはどうでもいいの。誰が言ったかどうかは重要じゃなくて、昌晃がそう思ってるかどうかが重要なんだって」

「別にそんな事を思ってないし。思ってたとしても悪いことだとは思ってないけどな」

「悪いことだと思ってないって事は、そう思ってるって事じゃない。本当に最低よ」

 昌晃君と愛華さんはお互いに手は出さないものの、今にも殴り合いをしそうな勢いで喧嘩をしていた。どうしてそうなったのかフランソワーズさんから軽く聞いたのだが、その理由というものが俺にはそこまで大きな火種になるものなのかと不思議に思ってしまうような事だったのだ。

「そんな気にするような事でもないでしょ。それに、今からだってまだまだ成長すると思うし、ストレス溜めない方がいいんじゃない?」

「その言い方がストレスになるんだって。なんでわかんないのかな。昌晃は本当に私の事を怒らせたいだけなんじゃない。そんなに嫌だったら私と仲良くしてくれなくていいんだけど。大きい方が良いんだったらフランソワーズさんとかジェニファーさんと仲良くすればいいでしょ」

 昌晃君と愛華さんの喧嘩の原因は誰かが愛華さんの胸が小さいと言ったことに対して昌晃君が何のフォローも入れずに笑っていた事らしい。クラスの中でも小振りな胸の愛華さんはその事を気にしていたようで、それを仲の良い昌晃君も弄っていたという事に対して怒っているとのことだ。身長がそこそこ高くスレンダーな体型の愛華さんは胸は目立たないのだが、その愛嬌の良さはクラスの中でも目立っていた方だと思う。同じく胸のない陽香さんはそこまで気にしていないようなのだが、二人が横を向いている時に少しだけ陽香さんの方が膨らんでいたような気もしていた。

 午前中の授業の合間の短い休み時間は言い合いこそしてはいなかったがいつものように楽しそうに話している様子もなく、お昼休みになっても二人の喧嘩はヒートアップしていき、クラスを二分する事態にまで発展していたのだ。

「おい、ちょっと吾輩の話を聞いてもらってもいいか?」

 珍しく飛鳥君に話しかけられたので俺はお弁当を持って飛鳥君の近くの空いている席に座ったのだ。今日のお弁当も美味しそうに出来ているのだけれど、みんなもいったん喧嘩をやめてお弁当を食べればいいのにと思ってしまった。

「まず、いつもお弁当を持ってきてくれていることに感謝を伝えたいと思う。吾輩はあまり職に恵まれている方ではないのでこのお弁当を頂けるという事は何よりも幸せな事なのだ。それと、誕生会に呼んでもらっていることも重ねて感謝を申し上げる」

「それは俺が主体的にやってることじゃなくてさ、綾乃がやってることだからお礼なら綾乃に言ってくれた方がいいと思うよ」

 口ではそう言っていたのだが、俺は父さんが作ったお弁当を褒めてもらえるのがとても誇らしく感じて嬉しくもあった。いつもの食べなれた味のお弁当ではあるのだが、俺はこのお弁当がとても好きであった。

「それとな、他の人には言わないで欲しいのだが、あの二人が今言い争っているだろ。その原因は知っているのか?」

「本当かどうかわからないけど、愛華さんの胸が小さいとかどうとか言った人がいて、それを否定しなかった昌晃君が責められているって聞いたよ。昌晃君も愛華さんに言い返してはいるみたいだけどさ、女子のほとんどが愛華さん側についちゃったから昌晃君に勝ち目はないって話だよ。俺も正樹君も関わらないようにしてるしね。飛鳥君もあんまり関わらない方がいいと思うけどな」

 俺のこの言葉を聞いて飛鳥君はなぜか申し訳なさそうにしているのだが、何か新しい秘密を知っているのだろうか。喧嘩をしているあの二人と飛鳥君は別の世界で何度も何度も会ったことがあるとのことで気心もしれているのかもしれないが、あの二人と飛鳥君は正義と悪に別れていたという事を聞いていたのでそこまで深い関りは無かったのかもしれないが面識があるというのは本当だろう。

「誰にも言わないでくれよ。愛華の胸が小さいって言ったのは吾輩なのだ。こんなに大事になるとは思わなかったから面白半分で煽っただけなんだが、なぜかその声が愛華にだけ届いていたようなんだよ。それって、おかしいと思わないか?」

「おかしいって言われてもね。気にしてることだったら多少似てる言葉を言われたら覚えてると思うよ。飛鳥君だってそんな経験はあるんじゃないかな」

「吾輩は別に気にしている事なんて何もないけどな」

 そう言いながらも完全に目が泳いでいる飛鳥君は人に言えないような事でまだまだ悩んでいるようだ。それを追求しようなんて思ってはいないけれど、何かあった時のために調べておくのも大事じゃないかと思ってみたりもしたのだ。


 放課後になっても二人の喧嘩はおさまる様子もなかった。ただ、二人以上に周りがヒートアップしているんじゃないかと思うくらい二人と周りの温度差が酷いことになっているのだ。

「だから、そんなこと言った覚えはないって言ってるだろ。あんまり同じこと聞くのはバカだと思われるよ」

「そんな事はどうでもいいのよ。問題は言ったかどうかではなく普段からそう思ってたかどうかって事なんだからね」

「そんな事言われないと思いもしなかったよ。でも、他の人と比べたら確かに小さいなとは思うよ。だけど、それは他の人と見比べて初めてわかったことだけどね」

「別に比べる必要は無いでしょ。そんな事しても良い事ないと思うけど」

 いまだに二人は俺が最初に聞いた時のやり取りをしていた。どうして同じことを何度も何度も聞いているのかが気になるのだが、いくら言い合ったところで急激に胸が成長するはずもないので無駄な事を繰り返しているようにしか思えないのだ。

 元魔王という立場の飛鳥君はなぜか二人の喧嘩に手も口も出そうとはしていなかった。何かを教えるという事もせず、ただ時間だけが過ぎていくのを見守っているようだった。

「そんなに小さいのが嫌なら大きい人と一緒にご飯とか食べればいいじゃん。私は昌晃君がそんな事をしても気にしないから。好きにしたらいいと思うよ」

「それだったら俺は愛かと一緒に食べるのってのを選ぶよ。たまに他の人と一緒に食べたりもしてるけど、愛華と二人で食べている時の方が美味しいと思うんだよな」

「え、今はそう言うことを話してるんじゃないけど」

 昌晃君の反撃は意外にも愛華さんの胸に響いていたようだ。小振りな胸ではあるが確実に昌晃君の言葉は届いていると思う。

「でも、そんなこと言っても私よりいい子がいたらそっちに行こうとしてるんじゃないの?」

「そんな事しないよ。俺は愛華がいればそれでいいと思うってるから。愛華以上にいい子なんていないと思うし、いたとしても魅力は無いと思うんだよな」

「え、それって、どういう意味?」

「どういう意味って、そう言う意味だけど」

「ごめん、ちゃんと言ってくれないとわからないよ。ねえ、どういう意味ですか?」

「どういう意味って、愛華が一番大切だって事だよ」

 突然の告白に周りの人達も言葉を失って棒立ちしているだけになっていたのだ。俺も飛鳥君も聞き間違えでもしてしまったのかと思ったが、昌晃君は誰もが思わないタイミングで正式に告白をしてしまったのだ。ちょっと回りくどい言い方をしていたようなのだが、愛華さんにはその言葉も十分に伝わっていたようだ。

 今の今まで喧嘩をしていた二人は何事も無かったかのように仲直りをし、正式に付き合うことになったようだ。このクラスに二組もカップルが誕生したことになるのだが、残る男子は俺と飛鳥君なのでこれ以上カップルが増えることも無いと思う。

「なんだかわからないうちに解決していたみたいだな。吾輩としてはもう少し喧嘩をしてコンビネーションが不発に終わるといいなと思っていたのだがな、不発どころか今年以上に破壊力がありそうな気がしていた。

「それにしても、今みたいに正式に付き合うことになったきっかけが吾輩のお陰だというのは誇っていい事なのだろうか。将浩はどう思う?」

「どう思うって言われてもね。言った張本人が名乗り出ずにうやむやにするというのは良くないと思うよ。二人が付き合うという事には賛成だけどさ」

「それだけがわかればよいのだ。吾輩はこれ以上迂闊なことを言いださないようにちょっとは考えて発言するようにするか。だが、あんな小さな独り言を聞き分けることが出来るなんて思ってもみなかったな。吾輩がついうっかり胸が小さいと言ってしまったがためにこんなことになって申し訳ないな。でも、解決はしたから問題なんて何も無かった。それでいいね?」

「良くないと思うわね」

 この場から立ち去ろうとしている飛鳥君の方をぎゅっと掴んだ愛華さんは飛鳥君の目をじっと見ていた。

 飛鳥君は出来るだけ目を合わせないようにはしていたのだが、気付いた時には飛鳥君が女子たちに囲まれていたのだ。逃げ出そうとすればなんの苦も無く逃げることも出来るのだろうが、逃げてしまうと次に会った時が辛いように思えたのだろう。だが、今も十分に不幸なことになっていると思われる。

「飛鳥君はさ、私の胸が小さいって言ってたんだよね?」

「え、何の事かな。よくわからないな」

 普段は誰にも干渉せずに生きている飛鳥君が明らかに動揺を隠せずにいるのだが、そんな事は全く気にしていない愛華さんは何も言わずに飛鳥君の肩を握りつぶしそうな勢いでつかむと、飛鳥君は痛みに耐えることが出来ずに叫んで暴れそうになっていた。それでも、愛華さんの手が飛鳥君の肩から離れることは無かった。

「じゃあ、後でゆっくり話をしようか。明日の放課後って、飛鳥君は予定無いよね?」

 この話には関係のない俺は何も言わずに席を立とうとしたのだが、愛華さんは俺の顔を笑顔のまま真っすぐに見つめてきた。

「将浩君にも聞きたいことあるからさ、飛鳥君の後に時間作ってね」

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