第9話 三人娘とお嬢様
転校してきて一か月も経てば大体の人間関係が把握できるというものだ。
飛鳥君はいつも一人でいることが多いのだが、時々昌晃君や正樹君と一緒に何かしていることがある。そんな時は俺も一緒にいることが多いのだが、昌晃君と正樹君が彼女と一緒にいる時は俺も飛鳥君も別々の事をしていることが多い。仲が悪いというわけではないのだが、飛鳥君は俺と二人だけになることを好んではいないようだ。
女子たちは基本的に三つのグループに分けられると思う。綾乃さんとメイド三人娘による神谷グループと沙緒莉さん陽香さん真弓さんの元気三人娘と愛華さんが昌晃君とみさきさんが正樹君と一緒にいるという仲良しグループに分類できると思う。ただ、男子も女子もそうなのだが、いつも同じ人達と一緒にいるというわけではなく、綾乃さんもメイドさんたちも元気三人娘も愛華さんもみさきさんもみんな別のグループと楽しそうにご飯を食べたり休み時間を一緒に過ごしていたりするのだ。ただ、飛鳥君だけは誰かと二人っきりになるという事を極端に避けているようで、俺と二人になるのが嫌という事ではなく誰であれ二人だけになるのは嫌なのだという事が少しだけわかってきたのだ。
楽しく明るい女子三人組は誰とでも仲良く出来るようで他のクラスにも友達が多くいるようなのだが、残念なことに綾乃さんも愛華さんもみさきさんも男子たちも他のクラスに友達はおろか知り合いと呼べるような人もいないのであった。メイドさん達は俺達に比べて話しかけられることも多いのだけれど、誰よりも綾乃さんの事を優先するがゆえに誰とも友達になれてはいないようなのだが、綾乃さんの誕生会をきっかけにしたのかクラスの女子たちとは普通に雑談をする事もあるようだ。三人いれば一人くらい手が余っているという事もあるのだろうが、同じ三人組の沙緒莉さん陽香さん真弓さんと楽しそうに話をしている姿をちょくちょく見かけるようになっていた。
綾乃さんも綾乃さんで最初のうちはクラスの中でもちょっと浮き気味ではあったのだけれど、こちらも誕生会をやったことで他の女子たちと心の距離も近付いたように見えていた。中でも愛華さんとみさきさんとは特に仲も良くなっているように見えるのだが、三人で俺の噂をしているような気がしてちょっとだけ複雑な気持ちになってしまっていた。
女子三人組も最初はみんな似ていると思っていたのだけれど、一か月も見ているとそこまで似ていないような気もしてきたのだ。三人とも誰とでも仲良くなれそうに見えるのだが、それぞれを動物に例えると沙緒莉さんは子犬のような人懐っこさで陽香さんは少し猫っぽいところがあり真弓さんは二人よりも少しだけ内気に見えるけど社交的なようにも感じていた。三人ともそれぞれ微妙に違うように感じていたのだけれど、言葉にして誰かに伝えるという事は俺には少し難しいことであった。
「神山君はさ、結構私達の事を見てるよね。もしかして、私達の中に好きな人でも出来たのかな?」
「ごめん、そういうつもりで見てたんじゃないんだ。何となくだけどさ、転校してきてすぐの時は三人ともそっくりだなって思ってたんだよ。見た目じゃなくて性格とか言動とかがね。でも、転校してきて一か月くらい経ってみたら、最初に感じてたほど似てないんじゃないかなって思うようになったんだよね。何となくだけど、三人ともタイプが違うような気がしてきたんだよ。で、それがどうしてそう感じたんだろうって思って見てたかもしれない。ごめんね」
「別に謝るような事じゃないよ。私達も似てるってよく言われるけどさ、神山君みたいにちゃんと見てくれる人っていなかったかも。もしかしてさ、やっぱり神山君は私達の事を好きなんじゃないの?」
「まあ、好きか嫌いかで言えば好きだとは思うけどさ、それは男女の間にある好きってのとは違うと思うんだよね」
「それは別にいいんだけど、真弓は神山君の事を好きだって言ってたよ」
「ちょっと陽香何言ってるのよ。それを言ったら陽香だって神山君の事を好きだって言ってたじゃない」
「私も神山君の好きと一緒で恋愛の好きじゃないんだもんね。真弓はちょっと奥手だから私達が背中を押してあげないといけないもんな。ほら、今から告っちゃいなよ」
「ちょっとやめてよ。そう言う意地悪良くないって。神山君も困ってるでしょ」
たぶん、陽香さんが言っていることは冗談なんだろうな。真弓さんが俺を好きになる理由も特にないだろう。三人の中でも真弓さんが二人から弄られていることも多いのでその延長なのだろうが、冗談だとわかっていても好きだと言われるのは嬉しいことであった。
「どうしたの、三人で何か楽しそうにしてるじゃない。私と綾乃ちゃんも混ぜてよ」
先生に呼ばれて職員室に言っていた綾乃さんと沙緒莉さんが戻ってくるなり俺達の会話の輪の中に入りこんできた。もう少し遅く沙緒莉さんが会話に入って来ていたら変な沈黙が続いて気まずくなっていたような気がするのだ。
「で、何の話をしていたの?」
「あのね、真弓が神山君の事を好きだって話」
「へえ、そうだったんだ。私も神山君の事は好きだよ。陽香も好きでしょ?」
「え、まあ、そうだね。好きと言えば好きかも」
「そうだよね。綾乃ちゃんも好きでしょ?」
「どうだろう。学校で見る将浩さんと家で見かける将浩さんが別人のような気がしてるんだよね。そんな人を好きになっても良いものかとちょっと考えちゃうかも」
「って、真面目過ぎるよ綾乃ちゃん」
ちょっとだけ重い空気が漂っていた三人の中に綾乃さんと沙緒莉さんが加わっただけで重かった空気が明るく楽しい雰囲気に変わっていた。というか、学校に慣れてきてみんなのと一緒にいる時間が増えてきたからなのか綾乃さんが家にいる時よりも楽しそうに見えていた。神谷家がつまらないとか息苦しいとかではなく、やはり同年代の友達と楽しく過ごしているという事が綾乃さんにも影響を与えているのだろう。ただ、伸一さんやご両親がいる時は最初にあった時のような綾乃さんでいることもあるのだ。
「そう言えばさ、神山君って今まで彼女いた事とかあるの?」
「中学の時にいた事はあるよ。すぐに別れちゃって彼女がいた期間は凄く短かったけどさ、みんなはどうなの?」
俺が軽い気持ちで四人に話を振ってみたのだが、誰一人として俺と目を合わせようとはしてくれなかった。綾乃さんはお嬢様だし男女交際とかには厳しそうだなとは思っていたのだが、沙緒莉さんも陽香さんも真弓さんも可愛らしく愛嬌もあるので恋人がいた事もあったのだろうと思っていたのだけれど、三人の間にはさっきよりも重く暗いどんよりとした空気が漂っていた。
「そんな残酷な質問はしちゃダメだよ。私達三人は好きな人が出来てもすでにその人には相手がいたり、全く興味を持ってもらえなかったりって運命だからね。神山君はもしかしてさ、私達をいじめるのが好きだったりするタイプの人間なのかな?」
「そ、そんなことは無いって。三人とも可愛いし楽しいからモテるんじゃないかなって思って聞いただけだし」
「まあ、私達はぶっちゃけ男友達もそれなりにいるよね。でもさ、そういう人達って私達の事を恋愛対象として見てくれて無いんだよね。私達もそれは同じなんだけどさ、どうしてか私達が好きになる人って私達の友達を好きになることが多いんだよね」
「そうだよね。いつも私達は恋のキューピットでしかないもんね」
「もしかしたら、今回もそうかもしれないもんね」
三人が俺と綾乃さんの顔を交互に見た後に深いため息をついていたのだが、俺と綾乃さんは三人が想像しているような関係にはならないと思う。万が一そういう関係になるとするならば、俺の父さんが独立して自分の店を持つまで待たせることになってしまうんじゃないかなと思っていたりもするのだ。
「でも、私は将浩さんとは付き合えないと思うな。だって、私にはいろんな国に素敵なボーイフレンドがいるからね。フランスにもイタリアにもイギリスにもアメリカにもたくさんいるんだもん」
綾乃さんの衝撃発言に俺達四人は完全に目を丸くして戸惑っていた。誰も何も言葉を発せないくらい驚いていたのだが、空気を読まずにその沈黙を破ったのはメイドのフランソワーズさんだった。
「はいはい、綾乃お嬢様は世界中に素敵なボーイフレンドがいますもんね。今日だって帰ったらその方たちと過ごすんですよね?」
「そうなのよ。今から会えるのを楽しみにしてるのよね。今日は誰に会いに行こうかなって今から胸がときめいてるわ」
俺は神谷家に引っ越してから多くの人と会ってきたと思うのだが、綾乃さんが言っているようなボーイフレンドを見たことは無かったと思う。綾乃さんの部屋に何度か招待されて入ったことはあったのだが、写真だったり男性がいるような形跡はどこにも見当たらなかったと思う。もしも、その存在を完璧に隠し通していたとするのであれば、なぜこのタイミングで言いだしたのかさっぱりわからない。
「あ、皆さん誤解なさらないで欲しいのですが、綾乃お嬢様のボーイフレンドは現実世界の方ではなくゲームやアニメの中の登場人物ですから。それを聞いて将浩さんはちょっと安心したみたいですね」
フランソワーズさんの言う通りで俺はちょっと安心していた。たぶん、俺だけではなく沙緒莉さんも陽香さんも真弓さんも安心していた事だろう。というか、綾乃さんが特定多数の男性と付き合う事なんて無いだろうとちょっと考えればわかりそうなものなのだが、あまりにも自然な感じに言っていたので信じてしまったのだろう。
「良かったらさ、私達にも今度その彼氏たちを紹介してくれよ。そう言うのって陽香も真弓も好きだよな?」
「うん、好きだよ。綾乃ちゃんってそう言う話も出来る人だったんだ。ちょっと嬉しいかも」
「そうですね。私もそう言う彼氏だったらいっぱいいるんで今度紹介しますね」
今まで以上にこの四人の中が深まっているように俺の目には映っていた。フランソワーズさんはその輪の中に入ろうとはしていないのだが、ちょっと離れた位置で綾乃さんの事をメイド三人で見守っているのは変わりなかった。
「じゃあさ、神山君も彼女を紹介してよ。真弓も気になってるみたいだしさ」
「ちょっと陽香、そういうのやめてって」
「そうだよ。そう言ういじりは良くないと思うよ。でも、私も少し見てみたいかも」
「そんな風に言われてもな。俺は写真とか撮ったりしてないし、送ってもらったことも無いからね」
「ん、送ってもらうって、神山君は何を言ってるのかな?」
「何って、元カノ写真とか持ってないって話を」
「ああ、そういうのは良いから。現実の話なんかどうでもいいから。ね、綾乃ちゃんもそう言う話好きじゃないよね」
「うーん、あんまり好きじゃないけど、将浩さんの昔の恋人がどんな人なのか見てみたいなって思ったりするかも」
写真を見たくないと言われたりそのすぐ後に見たいと言われたり、女心というのはとても複雑なモノなのだとあらためて思い知らされて。
だからと言って、今まで一枚も誰かの写真を撮ったことなんてないので俺のスマホに元カノの写真なんてあるわけがないのだ。だが、萌香なら頼めば写真くらい送ってくれるような気もするんだよな。ちょっと頼んでみようかな。
四人で俺の知らない話題で盛り上がっているのだが、俺はその話題に入ってくことが出来なかったので黙って話を聞きながら萌香にラインを送ってみた。引っ越した後もちょくちょくやり取りはしているのだが、写真を要求するのは初めてだったのできっかけがつかめずにいた。当たり障りのない会話を何度かやり取りしつつ、ここぞというタイミングで写真を頼んでみたのだが、萌香は餡の抵抗も無く俺に写真を送ってきてくれたのだ。
今まで何度も見てきた萌香とは少し違う大人びた感じになっていたのだけれど、三枚目の笑っている顔は俺が良く知っている萌香そのものであった。
俺のスマホに萌香から写真が送られてきたのをなぜか察知した陽香さんがみんなに見えるように俺のスマホを向けていた。
「あ、思っていたよりも可愛い人だった」
「これって、加工入ってないように見えるけど」
「将浩さんの好きなタイプってこんな感じなんですね」
三者三様の感想をいただいたのだが、萌香は俺の彼女ではないのでそこまで誇らしい気持ちにはならなかった。でも、萌香が褒めてもらえているのはちょっと嬉しかった。
「え、めっちゃ可愛いじゃない。神山君も罪な男だね。よし、今から五人で写真を撮ってこの子に送っちゃおうよ。ね、神山君的には私達と一緒に写ってる写真を送っても大丈夫だよね?」
「うん、別にだいじょ」
俺が大丈夫と言い切る前にスマホを受け取ったフランソワーズさんが俺たち五人の写真を撮ってくれた。何枚か撮っているうちにどうせならクラスのみんなと一緒に撮りまくろうという事になってクラス全員と写真を撮ることになった。男子とは常に四人組で撮っていたのだけれど、なぜか女子と取る時はツーショットの写真を必ず一枚ずつは撮ることになってしまったのだ。
結局、百枚近くの写真を萌香に送ってしまったのだが、写真を送ってすぐに既読にはなっていたのだけれど、返事が返ってきたのはもう少しで寝るというタイミングであった。
「いっぱい写真が送られてきたから驚いたよ。でも、将浩君がクラスのみんなと馴染んで楽しそうにしているのが見れて嬉しかったよ。いつかみんなとも会うことが出来たら嬉しいな」
萌香になんて返せばいいのか悩んでいたのだが、悩めば悩むほど何を伝えればいいのかわからなくなってしまい。凄く簡潔に送ってしまったのを翌朝後悔していたのだ。
「みんないい人だから萌香も仲良くなれると思うよ」
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