第8話 計算高いカップル

 正樹君とみさきさんがお似合いの二人だという事は間違いないのだが、この二人以上に昌晃君と愛華さんはお似合いの二人なのかもしれない。この二人は常に一緒にいるわけではないのだが、気付いた時には誰よりも楽しそうな時間を過ごしているように見える。二人の中では完成された世界が出来ているのではないかと思うくらいなのであった。

 この二人の凄いところは、ただ単に二人だけの世界を創りだしているという事だけではなく、誰かが困っている時には誰よりも先にそれに気付いて手を差し伸べているというところもあるのだ。自分たちだけの世界ではなくそれ以外の事にもしっかりと目を向けることも出来ているという証拠である。

「神山君はさ、神谷さんと親戚とかではないんだよね?」

「うん、親戚とかじゃないよ。俺の父親が綾乃さんのお父さんに雇われてるって関係だよ」

「そうなんだ。噂では聞いたことがあるんだけどね、神山君のお父さんの料理って凄く美味しいらしいね。機会があれば僕たちもいつか食べてみたいなって思うんだけどさ、なかなかそういう機会ってなさそうだよね」

「俺が勝手に決められるような事でもないからね。でも、頼んでみることは出来ると思うよ。それが叶うかはわからないけどね」

「ありがとう。もしも叶うならさ、クラスのみんなも一緒が良いなって思うんだけど、さすがにそれはワガママすぎるよね」

「人数が増えるのはどうなんだろう。いつも神谷さんの家では大量に作ってるから大丈夫そうだとは思うけど」

 俺の父さんは毎日朝と夜に大量の料理を作っているので少しくらい増えても問題はなさそうに思うのだが、それは俺が勝手に思っているだけで今くらいの量が一番美味しく作れるという可能性もあったりするのだ。

 なんにせよ、父さんに聞いてみない事には何もわからないのだ。それと、父さんが良くても綾乃さんのお父さんである淳二さんがダメだと言ってしまったらそれまでなのである。ただ、淳二さんはそんなことを言わないような気もしているのだ。

「昌晃さんと愛華さんがそう言うんでしたらお父様にお願いしてみましょうか?」

 綾乃さんの突然の提案に俺は驚いてしまったのだが、昌晃君と愛華さんは綾乃さんがそう言ってくることを既に予想していたかのように即答していた。

「やっぱり神山君に頼んでよかったね」

「そうね。神山君は私達にはない素敵な魅力があるから信頼されているんだろうね」

 誰からも信頼されている二人にそう言われると俺も悪い気はしなかった。むしろ、何もしていないのにそこまで褒められるという事に若干のむず痒さを感じていたのも事実である。

 俺は本当に何もしていないので何か他に力になれることが無いかと二人に聞いてみたのだが、この二人は誰かと一緒に行動するという事があまり好きではないようだった。手伝うにしてもみんなと一緒の時だったり二人に俺が加わるのではなく他にも誰か呼んだ方が良さそうな感じではあった。とにかく、二人の中に誰か一人だけ入るという事を嫌っているようであった。


 昌晃君と愛華さんの願いから始まった俺の父さんの料理を食べたいという話はいつの間にかクラス全体を巻き込んだイベントになっていたのだが、それを実現させるためにうってつけの機会があったのだ。それは、綾乃さんの誕生会を開くという事だ。

 主役の綾乃さんがみんなを誘うのもおかしな話だと思っていたのだが、その話しを伸一さんにしてみると伸一さんが綾乃さんの誕生会を企画してクラスメイト全員を招待してくれることになったのだ。俺が伸一さんに相談するきっかけを与えてくれたのは昌晃君と愛華さんだったのだが、この二人が俺の父さんの料理を食べたいと言ってきたときには綾乃さんの誕生会を開催してもらうというところまで考えていたような気がしないでもないのだ。それくらいこの話がスムーズに進んでいってしまったという事なのだ。

 肝心の誕生会であるが、料理が喜ばれたのはもちろんうれしかったのだが、綾乃さんがみんなから祝ってもらえて伸一さんも淳二さんも京子さんもみんな喜んでいたのだ。あまりにも綾乃さんが嬉しそうにしていたのを見て機嫌が良くなった淳二さんはみんなの誕生会も神谷家で開催しようと提案してくれたのだ。当日は無理でも誕生日近くに予定が無ければという事だったのだが、俺たちみたいな普通の高校生には断る理由もあるはずもないので淳二さんのご厚意に甘えることになったのであった。

 そこで不思議な偶然に驚いてしまったのだが、俺と昌晃君と正樹君は誕生日が全く一緒だったのだ。同じ学年なので生年月日が全く一緒なのは当然なのだが、血液型まで一致しているという事は驚くというよりも何か恐怖を感じさせるものであった。

「三人が同じ誕生日で血液型も一緒だなんて珍しいこともあるもんだな。でも、三人とも性格も考え方もバラバラだから面白いな。吾輩も同じ誕生日だったとしたらこのクラスの男子は誕生日で選ばれたという事になるのだろうが、そうではなくて良かったと思うよ。でも、吾輩だけ男子で誕生日が違うというのはやはり寂しいものがあるな」

 クラスの男子のうち飛鳥君だけ誕生日が違うのだが、明らかに俺達とは違う性格で前世が元魔王という事もあり一緒じゃないのも当然ではないかという思いが俺の中ではあった。ただ、元魔王という事が関係しているのか定かではないのだが、同じく人の上に立っている立場の淳二さんと飛鳥君はなぜか話が合うようで年の差を越えた友情が芽生えているようにも見えた。

 その様子を温かく見守っていた綾乃さんとは対照的にメイド三人娘は飛鳥君が淳二さんと仲良くしている姿をとても嫌だったようで、淳二さん達に背中を向けることは無かったが極力顔をそちら側に向けないようにしていたのであった。飛鳥君の噂を知っている伸一さんもいつもの笑顔とは少し違う笑顔のように見えたのは俺の気のせいかもしれない。


「僕たちの願いを叶えてくれてありがとうね。無理かもしれないと思っていたんだけどさ、神山君に頼んで良かったって思ったよ。お礼と言っては何だけどさ、僕たちに出来ることがあったら何でも言ってね。出来る限りの事はさせてもらうつもりだからさ」

「そんなに気にしなくても大丈夫だよ。俺もみんなと一緒に綾乃さんの誕生日を祝えて嬉しかったしさ、誕生会を開催するために伸一さんに協力してもらおうって言ってくれたのは昌晃君と愛華さんだからね。二人が伸一さんに相談するって提案をしてくれなかったら綾乃さんの誕生会は身内だけの集まりで終わってたかもしれないからね」

「いやいや、僕たちは神山君にお願いしただけだからね。料理を食べたいってのもそうだし、伸一さんに頼んで貰ったのも僕たちではそのチャンスさえなかったからね。僕たちが言った事を実現させることが出来たのは神山君だからなんだよ。僕たちには出来ない事をさらっとやってしまうところも凄いなって思っちゃうよ」

 褒められるのは嬉しいことではあるのだが、俺はどうもこの二人の手のひらの上で転がされているような気がしていた。それは考えすぎだと言ってしまえばそれまでなのだが、どうもこの二人が描いたシナリオを俺達がなぞっているような気さえしていたのだ。

「それにしてもさ、飛鳥君が綾乃さんのお父さんとあんなに仲良くなるとは思わなかったね。こんな言い方をしたら二人に失礼かもしれないけどさ、僕は飛鳥君が何を考えてるのかわからないし理解しようとも思わなかったんだよね。でも、飛鳥君と綾乃さんのお父さんの会話を聞いてみるとさ、二人とも経営者としての考え方が似てる感じだったんだよね。綾乃さんのお父さんは本物の経営者なんで疑うことは無いけどさ、飛鳥君は誰かを使って何かをしていたって事はさすがに無いと思うんだよね。でも、その割にはいろいろな場面での考え方が全て理にかなった素晴らしいものだと思ったんだよ。案外、元魔王ってのは本当で前世では色々な人を使う立場だったのかもしれないね」

「前世がどうとかは俺にはよくわからないけどさ、本当に前世が魔王だったとしてもそんな記憶が鮮明に残っているもんなのかな。もしかしたら、前世が魔王なんじゃなくて魔王がこの世界の普通の人に転生したのかもしれないね」

 俺は冗談のつもりで言ってみたのだが、昌晃君も愛華さんも俺の言葉を真剣に受け止めて考えているようだった。場を和ませるための冗談のつもりで言ったのだが、昌晃君も愛華さんもその可能性が正しいのか必死に考えているようだった。

 なぜなのかわからないが、飛鳥君が急に立ち上がって俺の事をじっと見ていたのだ。その表情からは何かを読み取るということは出来なかったのだが、とにかく驚いていたという事だけは理解出来たのだ。

 相変わらず綾乃さんは嬉しそうにニコニコとした笑顔を浮かべているのだが、あまり昌晃君たちの方を見ている感じは無かった。メイド三人娘も昌晃君と愛華さんの方を見ているようでその視界には入っていないような印象を受けてしまったのだった。

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