第7話 メンヘラ男とヤンデレ女

「神山君も気付いてると思うけど、飛鳥君には気を付けた方が良いよ」

 正直に言ってしまえば俺は正樹君の忠告が無くても飛鳥君と仲良くしようとは思っていなかった。嫌な言い方になってしまうとは思うのだが、飛鳥君からは普通の人とはちょっと違う危険なオーラが出ているように思えていた。

「飛鳥君ってさ、ちょっと言動におかしなところが見えるだろ、よくある中二病ってやつなのかなって最初は思ってたんだけどさ、妄想にしては設定もやたらと凝ってるし彼が話す物語もまるで実際に見てきたんじゃないかって思うようなことが多々あるんだよ。そんなことは無いと承知はしているんだけどさ、本当に飛鳥君が魔王の生まれ変わりだとしたら彼の言ってることも理解出来るところはあるんだよ」

「ちょっと待ってもらっていいかな。魔王の生まれ変わりってどういうこと?」

 飛鳥君が変っているとは俺も思っていた事なのだが、真面目そうな正樹君の口から飛鳥君は魔王の生まれ変わりだという突拍子もない言葉が出てきた事で余計に俺は混乱してしまっていた。

 正樹君の彼女のみさきさんも正樹君の言葉を当たり前のこととして受け入れているようだし、周りにいるクラスメイト達も飛鳥君の前世が魔王だという事は納得しているようだ。

「ここだけの話なんだけど、飛鳥君って魔王だった時に相当悪いことをしてしまったようなんだよ。なんでも、女性とみれば手当たり次第に手を出して快楽によって多くの聖人を堕落させたそうなんだよ。僕はそんな飛鳥君がみさきの事を狙ったりしないか心配なんだよ。神山君が良ければ僕と一緒にみさきを飛鳥君から守ってほしいんだけど、どうだう?」

「どうだろうって言われてもね。僕が正樹君と一緒にみさきさんを守るって何をすればいいの?」

「別に何もしなくても良いよ。実際にみさきを守るのは僕の役目だからね。神山君はみんなの前でみさきを守るって宣言してくれればいいだけだからさ」

「宣言するだけで良いって、それだけで大丈夫なの?」

 俺は飛鳥君の前世が魔王だという話を信じているわけではないのだが、他の女子たちから感じる視線にはどことなく頼りにされているような気もしていた。俺がみさきさんを守ると言うだけで何が変わるのかはわからないが、クラスの女子からその言葉を俺が言うことを期待されているようにも感じていた。なぜだかわからないが、正樹君が心配している相手である飛鳥君も女子たちと一緒に俺が宣言する事を期待しているような気がしていた。

「前世が魔王とか勇者とか俺にはよくわからないんだけどさ、そこまで必死に頼まれたら俺も断りづらいよね。でもさ、それってみさきさんだけを守るって言えばいいの?」

「宣言するのはみさきだけで良いけど。どうして?」

「何となくだけどさ、他のみんなの事も守るって宣言した方がいいんじゃないかなって思ってね。俺は前世が魔王でどんな酷いことをしてきたって言われてもピンとこないし、言うだけでいいんだったら俺はみんなの事も守りたいなって思ったんだよね。本当に言うだけで守れるかはわからないけどさ、どうせ宣言するならみんなの事も守れた方が良いと思うんだけどな」

 正樹君とみさきさんは俺が軽い気持ちで言った事で少し悩んでいるようだった。もしかしたら、二人で仕掛けたドッキリだったのではないかという思いも芽生えつつあったのだが、沙緒莉さんと陽香さんと真弓さんが俺の事を相変わらず祈るような顔で見てきていた。飛鳥君はなぜか両手を組んで天に向かって祈りを捧げるようなポーズをとっていた。

 ただ、宣言すると言ってはみたものの、一体何を宣言すればいいのだろうか。そんな俺の悩みを感じ取ったのか、みさきさんは俺が宣言するべきと言う内容をノートの切れ端に描いて渡してくれた。

「あの、これに書いてあるような事を言ってくれれば大丈夫だから。名前の空欄のところはこのクラスの女子全員って言ってくれればいいと思うの」

「ありがとう。何を言えばいいかわからなかったから助かったよ。みさきさんのこのメモに書いてあることを読むね」

「ちょっと待ってもらっていいかな。そのメモは読み終わったらどうするつもりなの?」

 さっきまでの穏やかな表情とはうって変わって険しい顔つきで正樹君は俺の両肩をガッチリと掴んでいた。読み終わったメモをどうするかと言われてもこんなものを返したところでみさきさんも困るのだろうから捨てることになると思うのだが。正樹君はいったいどうしたというのだろうか。

「読み終わったら捨てると思うけど、それがどうかしたの?」

「どうもこうも無いでしょ。みさきが書いたそのメモを捨てるなんてどうかしているよ。僕だったらみさきから貰ったものを大切に保管して次の機会に備えるけどね。神山君はそう言うのはあんまり気にしないみたいだけどさ、僕みたいに凄く気にする人もいるって事だけは忘れないでね。そのメモはとても貴重なモノなんだからね」

「そんなに貴重なモノだったら捨てることなんて出来ないよ。じゃあ、俺の代わりに正樹君が大切に保管するっていうのはどうかな?」

「え、僕でいいのかい?」

 鬼のような表情で僕を睨みつけていた正樹君は先ほどと同じ柔和な顔で俺の肩をバシバシと何度も叩いていた。

 もしかしてなのだが、正樹君はみさきさんが俺に手書きのメモを書いて渡したことをよく思ってないのではないだろうか。そんな風に思われたところで俺はどうすることも出来ないのだが、これからはみさきさんから何か貰ったら一応正樹君に渡すことにしようかな。何かを貰う機会なんて早々ない事ではあるんだけど、万が一にも正樹君のとても怖い鬼気迫る表情はあまり見たくないなと思っていた。


 俺がみさきさんから渡されたメモを読むと、クールそうなフランソワーズさん達が大粒の涙をこぼしながら抱き合って喜んでいた。その輪の中に綾乃さんは加わっていなかった。

 宣言をしたからと言って俺は何か特別な事をしないわけでもないし、しなくてはいけないと言ったことも無いそうだ。特に難しいことなんて何も考えずに宣言しただけなのだが、ここまで喜んでもらえるんだったとしたら何か裏があるのではないかと勘繰ってしまうのだ。

「何か探しているみたいだけど、探し物は見つかりましたか?」

「いや、何かを無くしたとかじゃないんです。俺が宣言したことって何か影響あったりするんですか?」

「そうですね。私も詳しくないので何とも言えないのですが、将浩さんが宣言したことで飛鳥さんが魔王になられたとしても私達が助かるというだけの話ですね」

「ああ、あくまでも飛鳥君が元魔王でその力の影響がまだあるって前提なんですね」

「そうよ。それだけは揺るぎようのない真実ですからね」

 綾乃さんは何故か飛鳥君が元魔王だという事を受け入れていた。元魔王という設定はこのクラスが無くなってもイキ続けてしまうんだろうなと思うと、少しだけ飛鳥君に同情してしまっていた。それでも、俺は飛鳥君が元魔王だという事は納得できなかったのである。

 俺が少し考え事をしていると、満面の笑みを浮かべた正樹君が俺の前の席に座りだしたのだ。

「君の宣言は胸に響くいい言葉だったよ。その言葉が聞けただけでもクラスの女子は満足してしまったと思うんだよ」

「ありがとう。それじゃ、このメモ帳は正樹君にあげるね」

 みさきさんが書いたメモを正樹君は嬉しそうに抱えて自分の席へと戻っていった。そのメモをどうするのかなんて聞くことは無いのだけれど、何の番組を見てるかだけでも教えてもらえたら嬉しいと思う」

 この宣言が何かいい方向へ進むといいのだが、俺としては何も変わったところが無かったので何も起きたりしないだろうとは思っていた。

 宣言の事とは関係ない話にはなるのだが、正樹君とみさきさんの苗字が一緒なのはたまたまの偶然なのだろうか。もしかして、何か深い事情でもあるのではないだろうか。二人とも佐藤さんなのは偶然なのかそれとも親戚同士なのか。

「そう言えばまだ説明してなかったけどさ、僕は家族がみんな事故で亡くなっちゃって親戚にも頼ることが出来なくなってたんだよね。そんな時にみさきの家族が僕をみさきの婚約者として受け入れてくれたんだよ。だからさ、神山君には感謝してるけどみさきの事を好きになったりしないでね。僕からの最後のお願いだよ」

「うん、二人はお似合いだと思うからそんな事にはならないと思うよ」

「ありがとう。でも、みさきの事を可愛いって思うのは自由だからね。こんなに可愛いみさきの事を好きにならないってのは難しいかもしれないけどさ、そこだけはお願いするね」

 僕の思い過ごしかもしれないけど、飛鳥君よりも正樹君とみさきさんの方が危ないようにも思えてしまったのだった。

 綾乃さんは僕たちのやり取りを見て楽しそうにほほ笑んでいたのだった。

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