第5話 3人の鬼女たち

「エレノアさん。聞いたわよ。昨日の舞踏会で殿下と踊ったんでしょう?殿下も物好きね。あなたみたいな陰気臭い令嬢のどこがいいのかしら」

 アン・ノーフォーク男爵令嬢が言った。


 いったいどこで、エドワード王太子殿下と踊ったことを知ったのだろう。

 しかもまだ昨日の今日なのに。

 お局たちの情報網の速さに、エレノアはゾッとした。 


「まったく最近の若い子は、すぐに勘違いするんだから。たった一度、殿下と踊っただけで【溺愛ルート入りました!】とか思っているんでしょう?自分だけは幸せになれると思い込んでいるね。おめでたいわねー」

 キャサリン・サフォーク公爵令嬢が言った。


 やれやれ。被害妄想もいいところだ。いくら喪女でロマンス小説が大好きなエレノアでも、一度のダンスで殿下と溺愛ルートに入ったとは思わない。

 このお局様は、若い頃に【溺愛ルート入りました!】と思って浮かれて、後で男に裏切られたのだろう。

 そう考えると、少し切ない気持ちになってしまうエレノアであった。


「そうよ!婚約破棄された令嬢だから、そこから成り上がって理想の旦那様と結ばれるとか思っているんでしょうけど、残念でした♡あなたには破滅フラグしかありません。【ジェーン ・ナーロウ】のロマンス小説の読みすぎよ。現実はそんなに甘くありませんわ!」

 ナタリー・ハワード子爵令嬢が言った。 


 ジェーン ・ナーロウは、王都の令嬢たちに大人気のロマンス作家だ。覆面作家で、誰もその正体を知らない。

 このお局様は、きっとナーロウのファンなのだ。

 ナーロウのロマンス小説のような人生を夢見ていたが、現実に裏切られてきたに違いない。

 もちろんエレノアも、ノーロウのファンだ。

 いつかセクシィに、ナーロウの作品を掲載したいと思っていた。  


「……熱烈なご挨拶ありがとうございます。まずは殿下からもらった資料を読みましょう。それから必要な作業をリストにして、各自に仕事を割り当てますので——」


「資料ならもう読みましたわ。まだ読んでいないのはシツチョーさん、あなただけですわね。わたくしたちの仕事は、王国の魅力を宣伝するパンフレットを作ることです。まずは王都の素敵なお店を紹介することにしました。仕事ができない人間が上司だと苦労しますわ」

 アンは意地悪な笑みを浮かべながら、勝手に仕切り始めた。


「わたくしたちは元王族秘書官よ。尊い方々の秘書をずっとやってきたの。選ばれた令嬢しかなれないんだから。エレノアさんみたいな無能とは違うのよ」

 キャサリンがドヤ顔で言った。


 王族秘書官は、貴族学校を優秀な成績で卒業した者しかなれない。

 優秀なだけでなく、家柄と美貌も兼ね備えてないといけない。だからプライドは超絶高い。

 ただし、いつも王族の近くにいるせいで、男を見る目が肥えまくる。

 普通の令息では満足できなくなり、婚期を逃す秘書官が多いらしい。

 キャサリンも男に求めるレベルが果てしなく爆上がり、婚期を逃してしまった。


「皆さん!わたくしこないだ旅行へ行って来たのよ。お土産にチョコを買ってきましたわ」

 ナタリーがチョコを配り始めた。


「わーい!ありがとう♡わたくしチョコ大好きですの!」

 大袈裟に喜ぶアン。

「とってもおいしいそうですわ!いつもありがとう。お返しに今度、ナタリーさんの好きなシフォンケーキをご馳走するわ♡」

 同じく、大袈裟に喜ぶキャサリン。


 当然、エレノアの分はなかった。


 やれやれ。貴族学校の教室を思い出してしまう。王宮は学校の延長らしい。

 しかし、呆れているだけではダメだ。エレノアはへ王太子殿下から大きな期待をかけられている。

 この3人のお局様こと【鬼女】たちを、なんとか上手く使わないといけない。


 さて、どうしたものか?

 エレノアは頭を抱えてしまった。


「調子はどうだ?」

ヘンリー王太子殿下が入ってきた。

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