第3話 王太子殿下「そなたは天才だ」

「わたしには無理です。そんな大役を担うなんて」 


 自分みたいな地味な女が、広報担当のような派手な仕事ができるわけない。


「そんなことはない。セクシィのきれいなレイアウト、美しい挿絵、付録も可愛くて役立つものばかりだ。そなたは天才だ。このままその才能を埋もれさせるのは勿体無い」


 王太子殿下に【天才】とまで言われ、エレノアは恥ずかしすぎて顔が赤くなった。


「殿下!たしかに見た目は可愛くできていますが、中身は酷いものですよ。令嬢の欲望垂れ流しで、あんなものに男が付き合っていたら破産してしまいます!」


 エドワードが口を挟んだ。


「そなたはちゃんと読んだのか?【彼専用セクシィ】は、男の年収ごとに最適な屋敷の規模や使用人の数が、わかりやすく表にしてある。自分勝手な男が家族のことをちゃんと考えられるように、啓蒙してるのだ。そなたにはそれがわからんのか?」

「いや、それは……」

「先月号の男の結婚式スーツ特集は読んでないのか?そなたはファッションセンスがなさそうだから読んで勉強したほうがよいぞ!」


 ヘンリー王太子殿下の熱弁ぶりに、エドワードは何も言い返せなかった。

 しかし、エドワードの言う通り、セクシィは令嬢たちの夢と願望(+妄想)を目一杯詰め込んだものだ。

 それが王太子殿下に【啓蒙】とまで評価を爆上げされてしまい、エレノアは苦笑いを隠せなかった。


「せっかく美しい才媛と出会えたのだ。一曲踊ってくれるかな?」


 ヘンリー王太子殿下が、エレノアの手を取った。


「いや、あの……」

「わたしとは嫌か?それとも、もう決めた相手がいるのか?」

「嫌じゃないです……」


 エレノアはダンスが苦手だった。貴族学校でのダンスの成績は散々だったし、エドワードと踊っていた時は、よく足を踏んで怒られていた。


「安心しろ。わたしがリードする」

「はい……」


 王宮の広間のど真ん中で、王太子殿下とワルツを踊る。

 招待客全員が、2人を見ていた。


「あれは、エレノア・キャンベル子爵令嬢じゃない?」

「うっそ!今日、エドワード・マッキノン公爵に婚約破棄されたばかりのはずじゃ……」

「あのエレノアが王太子殿下と踊るなんて……これはきっと夢よ!」


 貴族学校の同級生たちが、羨ましがる声が聞こえる。 

 貴族学校の令嬢内カースト下位だったエレノアが、まさか王太子殿下と踊るだなんて、同級生たちは信じられなかった。


 ヘンリー王太子殿下は、金髪と青い瞳、すらりとした細身の典型的なザ・王子様だ。

 王子様アレルギーのエレノアは、身体がガチガチになっていたが、ヘンリー王太子殿下の上手なリードのおかげで、外からは優雅に踊っているように見えた。


「もう!お姉様ばっかり!エドワード様、お姉様のことはもう放っておいて、わたしと踊りましょう?」

「いや、ご遠慮させていただく……」

「何ですって!ああ、これはお姉様の策略ですわ!DANZAI!DANZAI!」


 グレイスの断罪コールは誰にも聞こえなかった。あり得ない組み合わせの2人が華麗に踊る姿に、皆が心を奪われていたからだ。

 

 ◇◇◇


「踊ってくれてありがとう。楽しかったぞ」

「わたしも楽しかったです……」


 本当は緊張で頭が真っ白になり、楽しいどころではなかったのだが。


「では、明日から仕事を頼むぞ。朝に使いをやるから」

「はい……よろしくお願いします」

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