第2話 王太子殿下が付録のバッグを持っていた件

煌びやかな王宮の舞踏会。

 大貴族のみが招待される特別な舞踏会だ。

 キャンベル子爵家は貴族ではあるが領地は小さく、大貴族ではない。

 しかし、どうやったかは知らないが、妹のグレイスが手を回し、招待状を手に入れた。

 貴族学校の令嬢内カースト最上位者は次元が違うなと、エレノアは苦笑いした。


 こうして、目がくらむほどキラキラした舞踏会へ無理やり連れて来られたエレノアは、なるべく目立たないように隅っこでじっとしていた。

 根暗な人間の趣味である「人間観察」をしていると、貴族学校の同級生たちの話し声が聞こえてきた。


「見て見て!ソールズベリー男爵令嬢よ。あの方、クロムウェル子爵とご婚約されたの!」

「うっそー!あり得ないわ。あんな貧乏貴族に嫁ぐなんて。惨めね!」

「しかも、結婚式の式場は、ローズ・フォレストよ!」

「セクシィの式場ランキング最下位の式場よね?わたしなら惨めすぎて自殺するわ!」

「きゃははは!かっわいそう♡」


 自分が作ったランキングが令嬢たちの「マウンティング」に使われて、心が痛むエレノアだった。

 エレノアとしては、式場ランキングは令嬢たちが自分に合った式場を見つけてもらうために作ったつもりだ。

 しかし、だんだんランキングだけが一人歩きし、今では令嬢たちのマウント合戦の道具になってしまった。


「お姉様!ここにいらしたの?探しましたのよ。早くエドワード様を紹介てしてください!それとも隅っこで隠れて、妹から逃げていたのかしら?なんてひどい姉なんでしょう!妹の幸せの邪魔をするなんて!そんな姉は断罪されるべきですわ!DANZAI!DANZAI!」

「わかったから断罪コールはやめて!ちゃんと紹介するから」


 エレノアとグレイスはエドワードを探した。

 広間の真ん中で、エドワードとエドワードの母上——メアリー・キャンベル公爵夫人を見つけた。

 二人は、ヘンリー王太子殿下とご歓談中であった。

 エレノアが「鬼婆あるいは糞婆」と心の中で呼んでいるメアリーと、さらに王太子殿下まで一緒にいる。

 これではとても、エドワードに近づけない。


「お姉様!何を躊躇しているのかしら?もしかして、まだエドワード様に未練がおありなの?わたしにエドワード様を譲るフリをして、やっぱりあーげない♡ってして、わたしをどん底へ突き落とすつもりね!妹が欲しいものは姉が与える義務があります。断罪してあげましょう。DAZ——」


 エレノアはグレイスの口を塞いだ。

 広間の真ん中で断罪コールをされたら一生の恥だ。


「わかった、わかったから!紹介するから一緒に来なさい!」


 血を吐くほど嫌だったが、エレノアはエドワードに話しかけた。


「エドワード様、ごきげんよう。今朝、あなたに婚約破棄されたばかりのエレノアでございます。こちらは妹のグレイスです。妹はあなたのお噂を聞いて、ずっとお近づきになりたかったそうなのです」


 エドワードとメアリーは、エレノアを睨みつけた。


「エレノア……君はいったい何を考えているのだ?婚約破棄されたばかりの令嬢が、舞踏会へ来て男漁りか?やはり君は私を愛していなかった!君は酷すぎる。私にセクシィとかいう奇怪な本を送りつけ、私の母上との同居は拒否し、別れた途端に男を探しに来て、さらにその様を私に見せつけるとは!どこまで悪趣味な女なんだ!」

「そうですわねえ。エレノアさん。わたくしとの同居がお嫌だったのなら、はっきりそう言ってくださればいいのに。陰でこそこそ息子を使って嫌がらせしてくるなんて。陰険なお嬢さんですこと。でも別れていただけてよかったわ。あなたのような【毒婦】と一緒にいたら、わたくしの愛するエドワードが汚染されてしまいます!」


 まるでドアマットのように2人に踏みつけられたエレノアは、絶句してしまった。

 婚約破棄したその日に舞踏会に参加しているのはエドワードも同じだし、婚約後に同居を要求する不意打ちをかましてきたのはメアリーだ。

 それなのに、どうして自分だけがこうも責められないといけないのか。


「あの……エドワード様!わたしはエレノアの妹のグレイス・キャンベル子爵令嬢です。可愛くない姉など放っておいて、あちらでわたしとお話しませんか?」


 エレノアたちの間になんとか割って入ろうとするグレイスだが、


「ああ、エレノアの妹さんね。今取り込み中ですから、あっちへ行ってください」


 エドワードは犬を追い払うかのように「しっし!」とグレイスをあしらった。


「なんですって!お姉様!やっぱりエドワード様に未練がおありなんですね!エドワード様を独り占めする様を見せつけて、わたしを羨ましがらせようと……。わかりました。お姉様がそのつもりなら仕方ありません。セクシィの作者は——」

「やめて!」

「エレノア・キャンベル子爵令嬢です!セクシィの作者はわたしの姉です!」


 グレイスは広間の真ん中で大声で叫んだ。

 辺りがしーんと静まり返った。


「そなたが、あのセクシィの作者か?」


 隣でエレノアたちの痴話喧嘩を呆れながら見ていたヘンリー王太子が問うた。


「はい……」

「あの式場ランキングや、両親へのご挨拶ハンドブックを作ったのも?」

「はい……」


 「あんな下品な本を作りよって!この愚か者!」と、怒られるのだろうか。

 エレノアは恐怖で顔がひきつった。


「素晴らしい!」

「は?」


 ヘンリー王太子はエレノアの手を握った。


「わたしはセクシィの大ファンだ!そなたの作った【彼専用セクシィ】も持っているぞ!それにこれも……」


 ヘンリー王太子が胸ポケットから取り出したのは——


「お買い物トートバッグだ!先月のセクシィの付録につけていただろう。私はこのバックを気に入っている。折りたたみができて、公務の帰りに少しお買い物したい時に便利だ」


 お買い物トートバッグは、エレノアとメイドのマリアで作った付録だ。薔薇の刺繍が入った小さなトートバッグ。

 セクシィでは毎号付録をつけている。セクシィの付録は、流行に敏感な令嬢たちの必須アイテムだ。

 まさか、ヘンリー王太子殿下が持っているとは思いもよらず、エレノアは驚きすぎて言葉を失った。


「そなたのような人材を求めていた」


「え?」


「そなたを、王宮の広報担当官に任命する。そなたの才能を我が王国のために使ってほしい」

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