某有名結婚情報誌を公爵に届けたら、婚約破棄されたのですが。〜作者が私とバレたら、なぜか王太子に溺愛されました〜

水間ノボル@『序盤でボコられるクズ悪役貴

第1話 彼専用セクシィを届けたら婚約破棄

「エレノア・キャンベル子爵令嬢、あなたとの婚約を破棄する。わたしに奇怪な本を届けただろう。まるで辞書のほどの分厚い本だ。あれに書いてあるすべてを私に求めているのか?そんな強欲な女とは結婚できん!」


 エドワード・マッキノン公爵が言った。


 セクシィ——王都の令嬢たちで人気の結婚情報誌だ。結婚式の費用の相場、結婚指輪の値段の相場、2人で住む屋敷の相場など、あらゆる事柄の相場がわかる。

 式場ランキングもあり、ランキング上位の式場で式を挙げるのが令嬢たちの夢だ。


「ええ、メイドに届けさせましたよ。あなたが結婚後のことを何も考えていないようでしたから、お勉強していただくために【彼専用セクシィ】を贈りましたわ」


 セクシィは令嬢のためのものだが、プロポーズしてから何もしせず令嬢に丸投げする貴族の男性が多いため、【彼専用セクティ】もあった。


「わたしが何も考えていない男だと?私だって結婚後のことはよーく考えている。馬を5頭は飼いたいとか、狩りするために新しく弓を買うとか、そういうことをな!」


「それは全部自分の楽しみのためでしょう?わたしは使用人の給金とか、近くにお医者様がいるかとか、子どもが産まれたら誰を乳母にしようかとか、家族のことをちゃんと考えていました。義母さんが同居するっておっしゃるからお部屋の間取りも考えて……あなたの義母様はうるさいから!」


「ああ、なるほど。やっと本音が出たか。私に奇怪な本を送りつけたのは、本当は母上と同居するのが嫌だからか。ならば、素直に母上と同居は嫌だ、と言えばいい。お前はいつも本音を遠回しで伝えて、もしわたしが気づかなければ察しが悪いとプリプリ怒り出す。私がどうして怒っているのか聞いても、お前はさらに怒り出すだけだ。まったく嫌味で面倒臭い女だ!」


 嫌味で面倒臭い女——この言葉を聞いて、エレノアはエドワードへの気持ちが一気に冷めてしまった。マイナス5000度くらいに。


「よおーくわかりました。私は嫌味で面倒臭いダメな女です。婚約前は聞いていなかった義母様との同居も受け入れられない、狭量なダメ嫁です。そんなにお気に召さないのなら私は出て行きますから!」


「……母上との同居が嫌なら、はっきりそう言えばいいだろう?」


「どうしてそんなこと言わなきゃわからないの?婚約後に急に義母様が同居するなんて言い出したらどんな令嬢だって嫌よ。普通ならあなたが私の立場を察して、義母様を止めるのが筋でしょう?それを何も考えず義母様の言いなりになって。ママと一緒に住めてボク嬉しい、とか思ったのかしら?あのうるさい義母様と気を遣いながら住む私の身にもなってください。そんなんだから弟に先を越されるのよ」


「このおおおおおおお!」


 エドワードは彼専用セクシィをエレノアに投げつけた。

 怒り出すと物を投げる癖があると知っていたエレノアは、華麗にキャッチした。


「素直で従順にあなたと義母様に従う令嬢と結婚してください。ダメで可愛げのない私は身を引きますので。ご立派なエドワード様なら私よりも何倍も素晴らしい令嬢がすぐに見つかるはずですわ。さようなら!」 


 投げつけられた彼専用セクシィを持ったまま、エレノアはマッキノン邸を飛び出した。


 ◇◇◇


「はあ……彼専用セクシィはいい企画だと思ったのになあ」

 エレノアは王都の実家に帰ってきた。原稿を前にしてため息をつく。

「お嬢様、もう少し殿方のお財布事情を考えませんと」


 メイドのマリアが紅茶を入れてくれた。


「そうよねえ。気を取り直して書き直すわ」


 セクシィの作者は、実はエレノアだった。

 もちろんみんなには秘密にしてある。知っているのはメイドのマリアと義妹のグレイスだけだ。


「お姉様!婚約破棄されたんですって!」


 義妹のグレイスが嬉しそうに部屋へ入ってきた。


「私言ったでしょう?絶対にエドワード様とお姉様は上手くいきませんって。私は正しかった!お姉様は殿方から見て可愛げがありませんもの。あーあ、勿体ない。せっかくマッキノン公爵家との縁談だったのに!マッキノン公爵は王族と親戚なんですよ。しかも王の次に大きな領地を持っています。エドワード様もあんなにカッコいい方なのに……」


「あの義母様と一緒に住むのは無理よ」


「じゃあ、今はエドワード様はフリーってことよね?お姉様という目の上のコブがやっと取れたですもの。今日の舞踏会はかわいいくして行かなくちゃ!」


 義理とは言え、姉を「目の上のコブ」扱いするとは、いったい妹は何を考えているのだろうとエレノアは思った。

 妹のグレイスは、姉のエレノアより貴族学校時代から殿方に大人気だ。今年16歳で社交界デビューの歳。すでに何人かの大貴族から目をつけられいた。

 エレノアがグレイスの姉だと知ると、人々は悪い意味で驚いた——本当に姉妹なの?


「今日の舞踏会にはエドワード様も来られるのよ。うふふ。お姉様と婚約破棄されたのにもう舞踏会に来られるなんて、きっとお姉様のことはずっとお嫌だったのね!チャンス到来です。お姉様、エドワード様を私に紹介してください。お姉様には、姉として妹を幸せにする義務がありますから!」


 やれやれ。これが婚約破棄されたばかりの姉に言うことだろうかと、エレノアは心底呆れてしまった。

 それに、エドワードもエドワードだ。自分との婚約を破棄したその日のうちに舞踏会へ参加するとは、世間体というものを気にしないのか。

 それとも、すべてはあの鬼婆ぁこと義母様の策略かもしれない。


「嫌よ。私は行かないわ。あなたは私より可愛いんだから、自分でエドワードとお近づきになれるでしょ」


「たしかに私はお姉様より可愛いけど、自分から殿方に声をかけるなんてはしたないことできませんわ。お姉様は元婚約者なのだから、言ってみれば旧知の仲でしょう?絶対に紹介してください!じゃないとセクティの作者はお姉様だってバラします!」


(バラされるのはまずいな。婚約破棄された令嬢が書いているとわかったら恥ずかしい……)


「わかった。紹介するからバラすのは絶対にやめて」


「ありがとう!さすがわたしのお姉様♡」

 グレイスはエレノアに抱きついた。 


 (本当に行くのやだなぁ)


 エレノアは胃がキリキリと痛んだ。  



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