第6話 渋谷

 そういや、助けた女性と黒ぶち眼鏡の男の二人組がさっきここへ来たんだ。

「本当に助けてくれてありがとうございました!」とお礼を言ったかと思えば、二人は喧嘩。

 最後は「あ~!! こんな良い人と彼女さんが羨ましい!!」と隣の男へブチ切れ、別れを切り出して去っていった。


 それに這いつくばるように、目の前の男は「ちょっ...ちょっと待ってくれよ!! 俺も必死だったんだッ!!」と。

 えっと...俺のした事って間違ってなかったんだよな...?

 もちろん見過ごせば、あの女性は死んでいたかもしれないわけで。


「私、ルイの彼女だって」


 男が去った後、ユキはまた口を開いた。


「何回目だよ、これ言われんの」

「う~ん...何回目だろ」

「けどこれは初めてだな」

「これって..."これ"?」


 ユキは抱き着いてる手を少し上下させ、俺の腕をスリスリとした。


「渋谷まで、このままでもいい...?」

「まぁ...ユキがいいならいいけど」


 いつもと違う感覚に戸惑いながら、ビル群が続く景色を見る。

 ガラス越しに映るユキは少し寂しそうに見えた。

 次で品川に着く頃、他愛ない質問をユキにした。


「なぁユキ、電車がこんな"3階建て"に変わってるとか知ってた?」

「知ってたよ。テレビでもネットでも載ってた」


 知らなかった事を伝えると、少し笑われた。

 人がゲームしまくってる間に紹介しまくりやがって。


 日進月歩すぎて付いていけてるヤツ何人いんだよ。

 きっとこれさえも変化した一部なんだろうな。


 品川からは3階にも人がやってきて、同年代くらいの男からの鋭い目が何度も突き刺さった。

 "そんな可愛い彼女どうやってゲットしたんだ"みたいな鋭いヤツが。

 ...これも今まで何回くらってんだって話。


 そうこうしていると渋谷駅へと着いた。

 簡易型エスカレーターは主要駅のみ出るようで、東京、品川、その次は渋谷で用意された。

 狙ってやってるかは分からないが、まるでフライトから帰って来た気分になるぞこれ。


「やっぱいつもより多いな、人」

「はぐれないようにしないと」


 そう言うと、今度は手を握って来た。


「ちょっ!? そこまでしなくても!?」

「駅から出るまで、ね?」

「...」


 これって"恋人繋ぎ"ってヤツだよな!?

 さっきから積極的すぎないか?


 これで俺たち付き合って無いってのはなんだ?

 年齢イコール彼女いない歴の男だよ、悪かったな。


 俺は歩きながらL.S.を展開し、SNSを見る。

 すると"あの事件現場の前後"が動画として流され、既に記事にもなっていた。


 ― だが"謎の機械"の事が分からない


 あるのは死亡者について【松尾孝明(67)】と、秋葉原駅構内で起きたとあるだけ。

 それ以上の詳細は無く、原因はなんだったのか、作った会社はどこなのか、調べても最後まで不明のままだった。


 ...どういうことだ?

 こんなに何も出てこないなんて。

 こんな事今まで無かったよな?


 ちなみに、L.S.のホログラムディスプレイは他人に見る事は出来ない。

 基本的には本人のみが閲覧可能で、他が見ると【Not Seen】と出る。

 閲覧機能の解放や特定の人物への許可をすれば別だけど。


 ユキに「何見てるの?」と聞かれたが、適当にはぐらかしておいた。

 今"これ"について話すのは絶対良くないと思ったからだ。


 ハチ公改札から出る頃、ユキの方から手を離した。

 なんか少し名残惜しい気がするが、また変態とか言われそうだし黙っておくか。

 適当に考えていると、ユキが「ねぇ、あれ」と指さした。


 MIOの屋上から散々眺めた今話題の"アレ"。

 その渋谷バージョンだ。


 ほんとになんなんだ?

 スクランブルスクエアと並んで建設されている"謎の赤ビル"。


 秋葉で駅に向かう途中にも見たが、やっぱり横からじゃよく分からないな。

 分かるのは"とにかく赤い"って事だけ。


 見物客が何人もいるが、結局出来上がるまで何かは分からなそうだ。

 これも経済対策の"赤い発令"ってやつか?


「これマジで謎すぎるよな」

「秋葉と渋谷...何ができるのかな」


 建設の速さからして、明日には何か一つくらい分かりそうだが...

 お、あれはタクシーじゃないか?


「まぁ一旦帰ろうぜ、疲れただろ」

「あ、うん」


 赤ビルが気になりつつも俺たちはタクシーに乗り込み、家へと向かった。

 タクシーの窓からは、いつもの景色が並び始めた。


 ♢


「おはよ」

「...? あれ、俺寝てた!?」

「めっちゃ寝てたよ~、5分くらい先に私が起きた感じです」


 時間を見ると"PM 19:14"だった。

 6時間も寝てたのかよ!?


 曖昧だった記憶が鮮明になってきた。

 そうだ。

 タクシー内でユキが眠そうだったから、俺の部屋に入り次第ベッドを使ってもらったんだった。


 昨日から今日まで研究で寝てないのと色々あったのとで、どっと疲れたんだと思う。

 秋葉原駅で"あんな事件"もあったし。


 んで「寝るまで一緒にいて欲しいな」って言うから、隣で新仕様のL.S.を適当に弄ってたら俺も寝ちまったのか。

 そうか、納得した。


「ずーっと寝顔見させてもらいました」

「なんだそれ、起こしていいんだぞ」

「う~ん、ルイも疲れてそうだったから悪いかな~って思って、ふふっ」

「案外疲れって気付かないもんだよな」

「だね」

「...気分はどう? まだ寝とくか?」

「いや、もう大丈夫そう。ありがとね」


 外を見ると、もう真っ暗だった。

 寝起きだからか、街の明かりが眩しく感じるな。


 ってか腹減ってきたぞ。

 朝と昼兼用でパスタを食べたからか、いつもより早く腹が減ってしまった。

 意外とユキも同じ気持ちだったのか、俺の晩飯を食おうという意見にすぐ賛成した。


 宅配で寿司を頼むと、ものの数分でドローンが来て置いていった。

 マジでドローン配達が便利すぎて病みつきになる。


 ♢


「さて、そしたらそろそろ"UnRule"やってみるか」

「どんなゲームなんだろうね」

「中身がずっと不明だったしな、一体どんなものやら」

「この"UnRule〔EL〕"ってのだよね」

「そうそう」


 とうとう"UnRule"をやれる。

 この"〔EL〕"ってのが普通のと何が違うのかは情報がまだ無い。

 ゲームの内容についても、なぜか全然出てこなかった。


 つまり、やってみるしかないって事だ。

 たぶんやれば理由も分かるはず。

 ...よし

 行くぞ!!


 ― その時


「あれ、ちょっと待ってルイ。君野先生から緊急メッセージが来たんだけど」

「は? 今?」

「うん...なんだろう」


 んだよこんな時に。

 ってか君野先生が緊急メッセージって珍しすぎだろ。


 今まで1回も無いぞ?

 なんでこのタイミングなんだ?


 君野先生は卒研で世話になってる"君野研究室"の先生だ。

 60代の白髪が似合うダンディーな感じで、学生からは謎の人気がある。


「ねぇねぇ、研究を手伝って欲しいから今からどうしても来て欲しいって...」

「今から!? マジで!?」

「...どうしよっか...」


 マジかよ...

 今からって、しかもユキだけ呼ぶって、一体なんだ?


「どんな内容か、一応聞いてみたらどうだ?」

「...そうだね、聞いてみる」


 ユキが返信すると、来たら説明する、バイト代も出すと先生は言ってるらしい。

 来たら説明する、か...


「君野先生には色々お世話になってるし...うーん...」


 そうだよなぁ。

 あの先生は優しいし、面倒見も良い人だ。

 俺も世話になってる。


「"UnRule"はまた後だ。俺も一緒に行く」

「いいの?」

「呼ばれてるのはユキだけだから、邪魔そうだったら俺は出てくけどな」

「ごめんね、なんか...」

「いいって、気にすんな」


 こうして俺たちは夜に"君野研究室"へと向かう事になった。


 ― ここでとんでもない事が待ってるとも知らずに

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