第7話 大学

 俺とユキは新東京大学の3年生だ。

 新東京大学は"東京大学の次世代校"として近くに作られた、文京区本郷の広い大学だが、大きく違うところがある。


 それは最初から"9割近くがリモート講義である上に、講義の時間が決まっていない"ところだ。

 L.S.等のARやVRの入ったデバイスを用い、24時間いつでも先生の用意している講義を受けられるという仕組みになっている。

 他大学よりも自由度が高い分、単位を取る難易度も高く、3年初めから卒業研究も始まるため、留年してしまう人もかなり多い。


 俺は肌に合っていたからか、今まで苦に感じた事は無い。

 最新の事を学べて、やりたい事もやり続けられるから面白いんだ。


 様々なAI搭載の設備も使えて、一人だろうが何だって実験出来る。

 時々はまり過ぎて、先生たちには迷惑かけてるかもだけど...


 そんな俺に君野先生は「是非研究室に来て欲しい」と、直にオファーをくれたんだ。

 普通は自分から志願して、行きたい研究室へと面接に行く。


 こんな逆推薦は新東大では初めての事らしい。

 でもこの時俺は、


「俺なんかより、新崎ユキさんの方がいいと思いますよ」


 オファーを蹴った。

 実際、ユキの頑張りを小さい時からずっと見てきたからな。

 そしたら先生は大笑いして、


「はははっ!! そうかそうか!! ならこうしようじゃないか三船君。君の推薦する新崎君と二人で研究室へどうだろう? 君たちのしたい事をそれぞれ研究としてやればいい。もちろん共同研究でもいい」

「え...本当、ですか?」

「あぁ、どうかな? 実はね、私は君たちが卒業する時にちょうど退職するんだよ」

「え!? そうなんですか!?」


 君野先生は小さく頷いた。

 まさかの事実だった。

 こんなに人気な先生が、もう定年退職するなんて知らなかった。


「それで最後に新しい刺激が欲しくてねぇ、君の力を貸してくれないかな?」

「...分かりました。でも一つだけ聞いていいですか?」

「何でもどうぞ」

「なぜ、僕が選ばれたんですか?」

「はははっ!! それはねぇ~、"君の両親と長い付き合いもあったり"で、小さい頃から君を知ってるんだ! 凄い子だって事もね!」


 マジかよって驚いたに決まってんだろ。

 親と君野先生ってそんな関係だったのかよってな。

 何一つ教えてくれなかったからな...


 つまりは小さい頃から世話になってるって事だ。

 んなの、"UnRule"より優先するしかないだろ?

 そんな事を考えながら、タクシー内で適当にL.S.を弄っているといつの間にか大学前に着いていた。


 ...ん?

 ちょっと待て。


「おい..."赤く光って"やがる」

「これ、中は何か変わってるのかな?」

「分かんねぇ...とりあえず行くか」

「うん」


 なんで大学が!?

 ここも"赤い発令"として使おうってのか?


 大学内はほんとに広い、無駄に広いと言ってもいいぞ。

 工学部、医学部、教育学部、総合科学部、薬学部他、それぞれの研究棟等、用が無ければ行かないところばかりだ。

 その上、大学院まで施設があるんだから広すぎだろ。


 俺たちが所属するのは、数年前に出来たばかりの"先見変革部"だ。

 "固定概念や常識に捉われる事無く、様々を組み合わせて考え、先を見抜いて変えていけ"という謎の理念がある。

 入ってしまえばどこでも一発で就職出来るとされ、実は一番倍率が高く、入るのが難しいと言われているが今はどうでもいい。


 俺たちは何度も来ているため、スムーズに"先見変革部の総合研究棟の向こう側の先見研究棟"へと入る。


「中もちょくちょく赤いな」

「こんな事になってるなんて、朝までいたのに全然気付かなかったわ...」

「まぁこんな周りとか、いちいち見ないしな」


 こっからまたややこしかったりするんだが、"先見研究棟がAからDまで"区別されてる。

 俺たちの所属する君野研究室は"先見研究棟Bの15階で一番端"だ。


 こんな場所、知らないと絶対迷うよな。

 先見変革部の総合研究棟の向こう側の先見研究棟のその中のBの15階、ってもう一種の呪文だろ。


 俺たちは先見研究棟Bの区域からエレベーターへと乗った。

 総合研究棟もそうだったが、どこもかしもやっぱり中も赤い。


 全体が光ってる訳じゃなく、それぞれの研究室前で光ってる感じだ。

 まるで街灯が順序良く置かれてるかのように。


 そして、エレベーターは"15"の数字を示すと開き、ユキが先に出る。


 ― その時


「ひゃぁぁ!? 何これ!?」

「なんだ!?」


 赤が反射する床に見えたもの。

 それは"黒い赤"だった。

 近くに行って見てみると、


「..."血"じゃないかこれ?」

「え!? "血"!?」


 この先見研究棟は血が出るような実験や研究をする事はまず無い。

 なぜなら、"AI搭載機器を使った情報学的な研究"をメインでやるところで、医療みたいな事をするところじゃない。


 じゃあこの"血"ってなんだ?

 誰かがケガでもしたのか?


「待ってルイ! この"血"、あっちに続いてる...」

「おい、あっちって」


 エレベーターの数メートル先はT路地のような曲がり角になってる。

 向かうべきは左角の一番奥なんだが、"血痕は曲がり角付近からその先へ"と続いていた。

 ここに一滴落ちてるわけじゃ無かった。


 ユキは血相変えて"血痕の示す先へ"と走り出した。


「ユキッ!! 待てってッ!!」


 俺の言う事を無視し、足を絶対止めようとしない。

 一番奥の君野研究室へと一人で行ってしまった。


 血痕は確かにその場所まで続いており、俺も後に次いで走る。

 君野研究室の入口の自動ドアは、なぜか既に開いていた。

 "L.S.をかざして認証"しないと入れないようになってるのになんで...?


 中へ入ると...

 ユキがいない!!


 ...血痕がここまで続いてる。

 この"君野教授研究分室"か!?

 これは先生専用の研究室だ。


 ...このドアもなぜか開いている。

 俺が走って中に入ると、


 ― そこには


「ユキッ!!! 大丈夫か!?」


 口を震わせ、尻もちをついているユキ。

 その目線の奥にいるモノ。


「イヒッ!? イヒヒヒヒハハハハハハハハハッッ!!?」

「ッ!?」


 突然謎の叫び声を上げる"ソレ"。

 "ソレ"の近くで寝ている人間には頭が無かった。

 周りには大量の血の水たまり。


「イッッヒィィィィィ!?」


 "頭を食べたであろうソレ"は...


 ― こっちへ向いた


 !?

 その瞬間、今まで感じた事無い感覚が全身を走った。


 なんで...

 どうして...


「...せん...せい...?」

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