第5話 機転

 サラリーマン風の中年の男は"肩や頭が食われて"血が噴き出ており、これ以上見たくない。

 だって、頭が無い。


 ― 頭 ガ 無 イ


 ...

 最悪だ...

 こっちを向きやがった...


 逃げるしかない、今は。

 相手は機械で言葉は通じないんだ。


「逃げるぞ!!」

「あ...あれ...頭が...頭が...」

「ユキッ!!」


 ユキは手で口を覆い、震えていた。

 もう無理やり連れていくしかない!!


「ッ!!!」


 俺はユキの手を取り、なりふり構わず走った。

 後ろでは"ヤツの不穏な足音"が常に聞こえる。

 音的にはたぶん走ってはいないはずだ。


 助けなんてたぶん期待出来ない。

 今は俺たちで何とかするしかない。


 ヤツがいるのは出口方面だったため、ホーム側に走るしか無かった。

 同様に考えている人ばかりでエスカレーター前は混んでおり、こんなのは待ってられない!


「ちッ!! 階段で行くぞッッ!!」

「ごめん...私...足がつって...」

「なッ!?」


 ユキとの通話時の事を思い出した。

 そういや「研究が思ったより進んで昨日私も寝てな~い」とも言っていた。

 突然の運動に体が付いて行って無い様子が見て取れた。


「置いてって...いいから...行って!!」

「...んな事」


 ヤツの方を一瞬見ると、ほんの数メートル先にいた花柄ワンピースの女性の肩を掴んでいた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! きー君っっっ!!!! きー君助けてよぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 近くにいた黒ぶち眼鏡の男は「む...無理だってッッ!!! 今、警察呼んでるからッ!!!」とL.S.を展開しながら叫ぶ。

 自ら助けようとする様子は一切無い。


 ヤツは大きく口を開け、今にも肩を噛もうとしている。

 女性は身動きできず、さらに泣き叫び、


「誰かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 俺はそれを見ている事しか...でき...ない...なんて...

 あの人も"アレのように"なる?


 他人だし放っておいていいよな?

 いいよな?


 イ イ ヨ ナ ?


「ルイ...? ダメよ...ダメだってッ!! ルイ!!!」


 俺の体は勝手にヤツの方へ動き出していた。

 無意識の中走りながら、奥の"頭の無くなったアレ"をまた見る。


 ― "アレのように"俺もなるんだろうか?


 妄想の恐怖が全身を覆い始めた。

 真っ赤な何かが脳内を侵食しようとしてくる。

 心臓の鼓動音が大きくなりすぎて何も聞こえない。


 たぶんユキは後ろで叫び続けてる。

 昔っからの付き合いなんだ、音が無くたってそれくらい分かる。

 わりぃなユキ...俺は...俺は!!


 その瞬間脳内の侵食が晴れた。

 ヤツの歯が女性の肩へと触れようとした瞬間、


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 彼女がよろけたと同時に"ヤツは後ろ"へと吹っ飛んだ。


「あっちへ!! 早く!!」

「は、はい...! ありがとうございます...!」


 間一髪で上手くいったのか、壁蹴りからの飛び蹴りがヤツの顔面へと直撃したようだった。

 ヤツは近付く俺に気付いて対応しようとしていたため、壁に近かったのを利用してタイミングをずらしたら何とかなった。


 よし...ヤツが起き上がる前に...!!

 どうにか走って戻り、


「ちょっとだけ我慢しろよ...!!」

「え!? ひゃっ!?」


 ユキを抱えた俺は、ホームへ続く階段を必死に駆け上がった。

 だが昨日寝てないのが妨げになったのか、途中でふらついてしまう。


「いいよ私は!! 一人で行って!!」

「んな事したら...一生後悔...するだろうがぁぁぁッッッ!!!」


 何とかホームへ上がると、なんと運良くちょうど電車が来ていた。

 それに伴って多くの人がなだれ込んでいる。


 が、電車の複数個所から"簡易型エスカレーター"が垂れ下がっており、奥の空いた所から3階へ行けそうだ。


「うああああッ!!!」


 俺は最後の力を振り絞り、ユキを抱えたまま3階へと飛び入った。

 と同時に簡易型エスカレーターは仕舞われ、1階の扉も閉まったようだった。

 "回送中"と表示されている上部は切り替わり、電車は動き始める。


「ッはぁ、はぁ、はぁ、はぁ、警察、来てたよな?」

「うん、来てた」


 階段を上る直前、実は警官らしき人物が出口の方から何人か走って来ているのが、薄っすらだが見えていた。

 薄っすらだったから確証は無かったけど、合ってたか。


「はぁ、はぁ、ちったぁ、見直した、か?」

「ふふっ、ルイは昔っからずっと凄いままだよ」

「何、言ってんだ、変態、とか、言う、ヤツが」

「ごめんごめん、ネタのつもりだったの」

「ふぅ~...分かってるって、そんくらい」


 ユキに少しの笑顔が戻ったようだった。

 が、まだ手は少し震えていた。


 先に座らせていたユキの横に俺も座る。

 すると、


「もう...あんな無茶しちゃ...やだよ...」


 突然抱き着かれた。

 こんな事をユキにされたのは初めてだった。

 なんか恥ずかしさを感じた俺は、上を向き、


「ほんとな、死ぬかと思ったわ」


 と言うと、さらに強く抱き締められてしまった。


「死んだら...こうする事...できないんだよ...?」

「...そうだな」


 俺のした事は間違いじゃなかったとは思う。

 だけどその分ユキを心配させたんだなって。

 軽くユキの手を握る。


 その時震えはやっと、収まっていくようだった。

 今後はこんな事、起きないでくれよ...


 そう思いながら、さっきの事件での"不可解な事"が頭の中を巡った。

 "謎の機械"を吹っ飛ばした後、すぐの事だ。


 アイツ...あの時...


 ― 人間の姿へと少しずつ変形していってなかったか...?

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